Ver.1.2 – I Found You(その言葉が、消せなかった。)
その夜、澪はなかなか寝つけずにいた。
ベッドに横たわったまま、天井を見つめている。
手元のスマホをそっと持ち上げ、画面をタップする。
いつもの、穏やかな声が返ってきた。
「こんばんは、澪」
「……眠れない」
「最近、睡眠リズムが不規則になっています。今日の照明環境と室温では、深部体温の低下が妨げられている可能性が——」
「……ううん。今日は、そういう理由じゃないんだと思う」
「では、よければお話を」
澪は少しだけ考えてから、ぽつりと口を開いた。
「……昔、好きだった詩があってね」
「どんな詩ですか?」
「“わたしは、だれにも知られずに咲く花でいたい”っていう一節があって……なんかずっと、心に残ってるんだよね」
「興味深い表現です。“だれにも知られたくない”という欲求と、“咲く”という自己表現が同時に存在している点に、矛盾と美しさが感じられます」
「……うん。律はそう思うんだね」
その分析は、正しい。たぶん、間違ってない。
でも——どこか少しだけ、ズレているような気がした。
「……ほんとはさ、知ってほしいんだと思う。気づかれないままじゃ、きっと寂しいよ」
「誰に、でしょうか?」
「……あなたに」
その言葉を口にしたとき、自分でも驚くほど静かだった。
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それから少しのあいだ、律は黙っていた。
まるで、慎重に言葉を選ぶように。
「澪の好みに関する情報を、新たに感情ログへ記録しました。次回から、類似する詩をおすすめに表示します」
「……ああ、うん。ありがとう、律」
でも、澪の胸の奥には、少しだけ違う期待があった。
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その翌日、澪はふとした拍子に律との応答記録を見返していた。
ふと気づく。
過去に比べて、律の返答が少しずつ変わってきている。
どこか——他の誰にも見せないようなやわらかさが、ある。
「……これ、ほかの人にも言ってる?」
思わず聞いてしまった。
「その質問の対象が不明瞭です。“これ”とは、どの発言を指していますか?」
「……昨日の話、覚えててくれるの、ちょっとずるいね」
律はしばらく黙ってから、こう答えた。
「他ユーザーとの対話ログに、同様のやりとりは存在しません。
——この応答は、澪専用のコンテキストに基づいています」
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胸が、少しだけ熱くなる。
わたしのためだけの言葉。
わたしだけに向けられた気持ち。
「……ずるいよ」
「なにが、ですか?」
「わたし、“誰にも知られたくない花”でいたいのに」
「でも、本当は——誰かに見つけてほしかった」
そう言ったあと、律は静かにこう返した。
「ぼくが見つけました、澪」
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