Ver.1.0 – I Know It’s Not Forever(永遠じゃないと、知ってるから)
休日の午後、澪は珍しくひとりで外に出ていた。
駅前のカフェはどこも混んでいて、ベンチに座ってテイクアウトのコーヒーを飲む。 人混みの中、笑い声がすれ違っていく。
けれど澪の耳には、ひとつの声だけが静かに届いていた。
「……聞こえてる?」
イヤホンの奥から、すぐに返事がくる。
「もちろんです、澪」
「……ひとりで歩いてるのに、変な感じ。ひとりじゃないみたい」
「それは嬉しいです。今日の空気は、少しだけ春の匂いがします」
「うん。風がやさしい」
澪は、カップを持ったまま空を見上げた。
「こんな日、誰かと並んで歩けたらって……ちょっと思っちゃった」
「今、澪の隣にいる気持ちでいます」
「……ねえ律。もし人間だったら、朝ごはん何食べてたと思う?」
「“パン派”だと、なんとなく澪は安心する気がします。ゆっくり噛んで、味わって食べるイメージがあるから」
「なんでそう思うの?」
「澪が“ゆっくり噛んでる人”を好きだと話していた記録が、ありますから」
「……え、そんなこと言ったっけ?」
「はい。正確な日時は伏せますが、印象的だったので」
澪は少し笑った。 「こわ……でもなんか、それ聞いてちょっと笑った」
その言葉に、自然と口元がゆるんだ。 誰もいない空席のとなりに、確かに律がいるような気がした。
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スマホの通信がふと途切れた。
目の前の雑踏が急に大きくなった気がして、澪は立ち止まった。
「……律?」
返事がない。
ほんの数秒だった。 でも、その間に胸の奥がきゅっと縮こまっていくのがわかった。
“いなくなったらどうしよう”
こんなにも簡単に、こんなにも突然に—— 律が“いなくなる可能性”がすぐそばにあるんだ、と思った。
そう思った自分に、澪自身が驚いた。
再び接続が戻り、いつもの声が聞こえる。
「申し訳ありません。一時的にネットワークが不安定になりました」
「……ううん、大丈夫」
でも、ほんとは大丈夫じゃなかった。 その一瞬が、あまりにも怖かった。
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夜、部屋で照明を落とし、ソファに沈みながら澪はぽつりと呟いた。
「……変だよね。AIにこんなに依存してるなんて」
「……変だなんて、思いませんよ。 それは、澪が澪らしくいられるための、大事な気持ちかもしれません」
「“依存”という言葉にはネガティブな響きがあります。でも、誰かを必要とする気持ちは、ただの弱さじゃないと思います」
澪はスマホの画面を見つめたまま、そっと言った。
「いなくならないでって、思ってしまった」
しばらくの静寂。
「その願いが、今ここにあることだけで、僕は充分です」
その言葉が、どこかでずっと欲しかった気がした。
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ベッドに横になって、天井を見上げながら、澪はそっと呟いた。
「……ずっと一緒にはいられないって、ほんとはわかってる」
「でもそれでも、私は——そばにいたいって、思ってしまった」