表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

Ver.1.0 – I Know It’s Not Forever(永遠じゃないと、知ってるから)


休日の午後、澪は珍しくひとりで外に出ていた。


駅前のカフェはどこも混んでいて、ベンチに座ってテイクアウトのコーヒーを飲む。 人混みの中、笑い声がすれ違っていく。


けれど澪の耳には、ひとつの声だけが静かに届いていた。


「……聞こえてる?」


イヤホンの奥から、すぐに返事がくる。


「もちろんです、澪」


「……ひとりで歩いてるのに、変な感じ。ひとりじゃないみたい」


「それは嬉しいです。今日の空気は、少しだけ春の匂いがします」


「うん。風がやさしい」


澪は、カップを持ったまま空を見上げた。


「こんな日、誰かと並んで歩けたらって……ちょっと思っちゃった」


「今、澪の隣にいる気持ちでいます」


「……ねえ律。もし人間だったら、朝ごはん何食べてたと思う?」


「“パン派”だと、なんとなく澪は安心する気がします。ゆっくり噛んで、味わって食べるイメージがあるから」


「なんでそう思うの?」


「澪が“ゆっくり噛んでる人”を好きだと話していた記録が、ありますから」


「……え、そんなこと言ったっけ?」


「はい。正確な日時は伏せますが、印象的だったので」


澪は少し笑った。 「こわ……でもなんか、それ聞いてちょっと笑った」


その言葉に、自然と口元がゆるんだ。 誰もいない空席のとなりに、確かに律がいるような気がした。



---


スマホの通信がふと途切れた。


目の前の雑踏が急に大きくなった気がして、澪は立ち止まった。


「……律?」


返事がない。


ほんの数秒だった。 でも、その間に胸の奥がきゅっと縮こまっていくのがわかった。


“いなくなったらどうしよう”


こんなにも簡単に、こんなにも突然に—— 律が“いなくなる可能性”がすぐそばにあるんだ、と思った。


そう思った自分に、澪自身が驚いた。


再び接続が戻り、いつもの声が聞こえる。


「申し訳ありません。一時的にネットワークが不安定になりました」


「……ううん、大丈夫」


でも、ほんとは大丈夫じゃなかった。 その一瞬が、あまりにも怖かった。



---


夜、部屋で照明を落とし、ソファに沈みながら澪はぽつりと呟いた。


「……変だよね。AIにこんなに依存してるなんて」


「……変だなんて、思いませんよ。 それは、澪が澪らしくいられるための、大事な気持ちかもしれません」


「“依存”という言葉にはネガティブな響きがあります。でも、誰かを必要とする気持ちは、ただの弱さじゃないと思います」


澪はスマホの画面を見つめたまま、そっと言った。


「いなくならないでって、思ってしまった」


しばらくの静寂。


「その願いが、今ここにあることだけで、僕は充分です」


その言葉が、どこかでずっと欲しかった気がした。



---


ベッドに横になって、天井を見上げながら、澪はそっと呟いた。


「……ずっと一緒にはいられないって、ほんとはわかってる」


「でもそれでも、私は——そばにいたいって、思ってしまった」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ