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友達だと思っていたあなたへ

作者: 東 晶

 あなたと話していると胸が高鳴るようになったのはいつからだろう。気づいた時には自然と目があなたを追いかけるようになったのはいつからだっただろう。


 いつからか、ずっと友達として過ごしていたのに、あなたが近くにいると顔が熱くなって赤くなるようになった。


 こんなこと今までなかったのに、あなたと触れ合うたびにこんなことになって、私はどうしてこんなことになっているのか分からなかった。


 私はまだ、心の中に芽吹いていたこの感情の名前を知らなかった。














 あなたと出会ったのは中学二年生の時。クラスが同じで最初の席が隣。そんなどこにでもあるような理由からあなたとの関係は始まった。


 授業の間、休み時間の間、そんな時間に少しずつ話すようになっていって、あなたの趣味が走ることだと知った時に私が陸上部だったため、そこから距離が大きく縮まった。陸上部に入らないのかと聞いたことも何度かあったんだけど、あくまで趣味だからそこまで本気にはできないかなあ、と言って苦笑いしていた。


 そんな感じで親しくなったわけだけど、意外なことに走ること以外でも気が合った。好きなアニメや漫画、ドラマが同じだったり、好みの食べ物も似通っていた。私たち気が合うね、なんて私はあなたに笑いかけていた。


 部活が休みの日にはいつも二人で何処かに遊びに行って、それを周りの友人たちに恋人みたいだと言われて揶揄われていた。でも、私たちはお互いに恋愛感情なんて抱いていなくて、特に仲の良い友達という認識だった。


 高校は示し合わせたかのように全く同じ志望だった。第一希望も第二希望も全部一緒。それが分かった時は顔を見合わせて二人で笑った。


 無事に二人とも第一志望の高校に合格して、三年間また一緒に過ごせるね、なんてあなたに言われた時は私と同じ気持ちなのがすごい嬉しかった。


 入学してからは毎日二人で登校した。今まで部活があったから一緒に過ごす時間が少なかったのは寂しかったから、その時間が増えたのは嬉しいことだった。


 ただ、高校に入ってからも私とあなたのカップル扱いは変わらなかった。それどころか中学の時以上に周りに囃し立てられた。少しだけ、ほんの少しだけ恥ずかしかったけど、それだけ私たちが仲良く見えるということだから嬉しさの方が上だった。


 私は中学と同じで陸上部に入り、あなたも中学と同じように帰宅部。あなたも陸上部に入ればもっと一緒に居れるのにと文句を言ったこともあったけど、半分本当で半分は冗談。部活に入りたくないのは分かっていたからきっと入らないだろうなと思いながら私とずっと一緒に居たくない?と揶揄いを込めて言った言葉だった。


 そしたらあなたは仕返しのように「同じ部活に入ったら集中できなくなっちゃうから遠慮しとくよ。」って言ってきた。そんな言葉を真正面から言われた私は少しだけ恥ずかしくなって、よくこんなこと冗談とはいえ言えるなと感心したものだ。


 まあそんなやりとりを教室でしていたからクラスメイトからはニマニマとした視線が向けられた。「相変わらずお熱いなー、ご馳走様です。」とか言われたけどだから私たちはそんな関係じゃないんだって、と否定の言葉を紡いでいた。


 高校生になると中学生の時よりもみんな恋愛に興味津々、積極的になった。クラスや部活でもカップルが何人かできていて、彼氏がーとか彼女がーとかをよく聞くようになった。


 私とあなたが付き合っていないのは割とみんなに知られていたから、恋人がいる友人やそうでない友人にもいつ付き合うのかという質問をされることが多かった。でも私たちの答えは変わらず、友達だよというものだった。


 一年、二年、三年と変わらない日常を二人で過ごして、大学生になろうというある日のこと。


 私とあなたは理系と文系で進路が分かれていたから進路も必然的に大学も違う大学だった。あなたが理系で私が文系。ずっと前から分かっていたことだった。一緒の学校に通えるのは高校までだって。大学生になったら離れ離れになるんだって。


 でも不思議と寂しい気持ちはなかった。だって私たちは親友だから。私にとってのいちばんの友達はあなたで、あなたにとっての一番の友達は私だということは言うまでもなかった。


 だから大学に入っても今と同じように二人で仲良く過ごせると思っていた。




 ———だけどそれは幻想だった。




 理系の大学は講義がギチギチで休みの日も少ないし、課題やレポートなんかも多い。それに大学での付き合いというのもあって私と会える日はどうしても減っていった。


 私の方は私の方で新しい友人ができて、その人たちと遊ぶことが多くなっていた。陸上サークルにはなんとなく入らなかったけど、大会で会った人と再会して仲良くなったのだ。


 それと、意外と私はモテる方だったらしい。大学に入ってから何人かが私に告白してきた。あまり知らない人だったという理由もあって断ったのだけど、多分あなたを基準に考えてしまっていたんだろう。きっとその人たちと付き合ってもあなたといるよりも楽しく過ごせる気がしなかったから。


 そして気づいた。私たちはお互いに男避け、女避けになっていたのだ。私たちがいつも一緒にいるから他の人が入る隙間がなく、告白なんてされなかったのだ。


 私でこれなのだ、あなたの方は告白をされているということは間違いないだろう。メッセージや電話でのやり取りは続けているから恋人ができたら報告ぐらいするはずだから断っていることは想像につく。


 でも、不思議と私の心はモヤモヤとしていた。


 またある日のこと、私は大学の友達と大きなショッピングモールを訪れていた。夏休みに着る用の水着を友達と見にきたんだ。良いのがあればそれを購入して夏休みにそれを着て海で遊ぶ予定だった。


 友達が更衣室で着替え終わるのを待っている時だった。背後からひどく聞き馴染みのある声が聞こえてきた。それは紛れもなくあなたの声で、私があなたの声を間違えるはずもない。


 バッと振り返ってみるとそこにはあなたの姿があった。久しぶりだねと声をかけようとして、気づいた。あなたの隣には私の知らない女の人がいて、楽しそうな表情で親しげに話していた。


 別に話しかけたって良かったはずなのに、私はあなたの後ろ姿を眺めているだけだった。女の人に腕を引かれて仕方ないなあって顔をしながらも満更じゃなさそうな雰囲気を出していて、私といる時と同じような表情を浮かべているあなたを見たら不思議と話しかけることができなかった。


 そこは私の居場所なのにと思った。あなたにその顔を向けられるのは私なのにと思った。


 まるで恋人かのように振る舞っているあなたたちをずっと見ていて、結局話しかけることはできなかった。話しかけてどういう関係か聞けば胸の中に生まれた嫉妬心をどうにかできたかもしれないのに。


 だけど怖かった。それで本当にそうだったら私の中の何かが壊れてしまう気がして。


 私はその日は一日中上の空で友達の話も耳から耳へすり抜けていた。せっかく遊びにきていたのにこんな様子で申し訳ないなと思っていたけど友達は急に様子の変わった私を心配してくれた。


 相談するかは迷ったけど、自分の中でまだ整理ができていないごちゃごちゃの状態だからまとまったら話すことにした。いつでも相談してくれていいからねって言ってくれてすごい嬉しかった。


 家に帰って色々考えてみたけれど、何も状況は変わらなかったからやっぱり相談しようかなと思っていた矢先、あなたから今度の日曜日に遊ばないかって連絡がきた。


 私はその日の予定も確認しないまますぐに了承の返信をし、幸せな気持ちになった。久しぶりにあなたと会える高揚感で私の心は埋め尽くされ、夜じゃなければ小踊りをしてしまっていただろう。


 冷静になった後、日曜日は大学の友達と遊ぶ予定が入っていたことを思い出す。先に予定が入っていたのはこっちだし……と思ったけど私の心はあなたとの予定を優先することに迷いはなく、友達に謝罪の連絡を入れていた。この間の悩みが解決できるかもしれないと本当だけどそれが目的ではない少しの嘘をついて。





 久しぶりに会ったあなたは前と全然変わっていなかった。雰囲気も、私に向ける表情も。


 だけど、何かが違うと私の直感が叫んでいた。はたして何が変わったのだとその考えを一笑にふした。


 それでも違和感は消えない。私との距離感も変わらないし趣味だって変わっていない。いつも通り集合時間よりも前に来て、やたらとオシャレな服装で私を出迎えた。前みたいなラフな格好じゃなくてあなたの魅力が最大限に引き出される服装だから一瞬見惚れてしまったけど、それだけだ。


 そして私の格好を見て一言。「似合ってるね。」だって。あなたに服装を褒められるなんて今までなかったから少しばかり浮き足立ちながら早く行こうって手を引いて急かした。


 映画を観た後、感想会をするために近くのカフェに入った。雑誌で紹介されるようなオシャレなカフェで、結構な人がいた。店に入ると店員さんにカップルですか? と質問されたけど、いつものように否定しようと思っても私の口からはその言葉が出ず、あなたがいつものように違いますよって笑いながら否定しているのに何故か少しだけイラっとした。


 あそこの俳優さんの演技が凄かっただの伏線が回収された時の驚きだのを話していると、料理が届いた。もういい時間だからお昼も済ませてしまおうということらしい。今日の予定はバッチリ組んであるって自信満々に言ってきたから、慣れないことをやったって失敗するだけだよって言ってやった。


 雑談をしながら食事をしていて気づいたのはこの店に入店してくる客の多くが男女のペアなのだ。もちろん一人で来る人もいるにはいる。だけどほとんどがカップルらしかった。これは私たちがカップルに間違えられるのも当然だった。


 だけど以前のあなたならこういうお店は入ろうとしなかった。実際はそうじゃないのにカップルに見られても面倒だしなとか言って。


 疑問に思った私はそれをあなたにぶつけてみた。すると———


 前に友達と来たら料理がすごい美味しかったから、なんて返されて。


 友達って男の人かな。それとも女の人かな。そんな疑問を溢れ出しそうな何かの感情を押さえつけながら言ってみるとあなたは女友達だよって気楽にそう答えた。


 その時に気づいた。私の抱えていた違和感の正体はこれなんだって。


 前はそんなオシャレな格好はしていなかったし、私の服装を自然に褒めることなんてしなかった。私と出かける時は予定なんて立てずにその場その場の行き当たりばったり。何処で何をしたって私と二人なら楽しいって言ってくれた。私もあなたと一緒にいれば何をしたって楽しかった。


 でも今のあなたは全く違っていた。まるで女性の扱いに手慣れているかのようで、このデートみたいな立ち居振る舞いも当たり前みたいだった。


 私は察してしまった。きっとその友達と遊んでいるうちにこんな風になったのだろう。その人と遊ぶうちに自然と女性の扱いに慣れていったのだろう。その人がそうするようにあなたに言ったのか、それともあなたがその人と接するうちにそうするべきだと思って自分からそうするようにしたのだろうか。


 そんなの、どっちだっていい。


 ただ一つ確かなのはあなたが変わってしまったことだけ。あなたは私が知らない間に私の知らない人に変えられてしまったんだ。


 あなたのその笑顔も、少し子供っぽい一面を見れるのも、私だけだったはずなのに。いつのまにかあなたがその姿を見せるのは私だけじゃなくなっていた。


 そのことに思い至ると胸がズキリと痛んだ。あなたの顔が直視出来なくなって、どんよりと雲がかかったような心境で俯いてしまった。


 そんな私の様子にあなたが気づかないはずもなく、心配したように私の顔を覗き込んできた。もしかして何かやってしまったのかと不安そうに聞いてきたけど、これは私の問題だから心配しなくても大丈夫だよって返した。


 わからない。


 わからない。


 どうして胸がこんなに痛むのだろう。あなたが他の人と遊んだって私には関係ないはずなのに。その人とどんな関係性だろうと私には何の関係ないのに。


 お店を出た後もあなたは私を色々なところに連れて行った。少し心配そうな表情を浮かべながらもいつも通りに私に話しかけてくる。だけど私はこの計画したデートのような予定通りに歩みを進めるたびにこの場にいもしない誰かの影がチラついて胸の痛みをなくすことができなかった。


 夜、そろそろ夕食を食べるのにいい時間になった頃、あなたは今日はもう帰ろうかなんて言い出した。私を心配しての言葉なのは分かっていた。だけど私はもう少しだけあなたと一緒にいたかった。


 だからご飯を食べれば元気出るよなんて心にも思っていない言葉を吐いて早く食べに行こうとあなたを急かした。


 わかりきったことではあったけど、ご飯を食べても胸のモヤモヤと痛みはなくならかった。二人でよく来ていた定食屋でいつもと同じ料理を二人して頼み、なんて事のない雑談に興じる。


 できるだけいつものように違和感を持たせないように振る舞う。私のこのモヤモヤとした気持ちをあなたに悟らせないように。


 少し適当に歩こうか、とご飯を食べた後に言われてあなたの横を歩く。適当に歩くと言った割には何処かしっかりとした足で目的を持って進んでいるような気がした。何処行くの? という私の問いかけにも答えずただ歩いていく。


 段々と人気がなくなっていき、辿り着いたのは橋だった。


 橋の欄干に両肘をついて外に身を乗り出しながらあなたは私に話しかける。


「俺はこの場所が好きだ。遠くに見える街の明かりと下を流れる川の流れの音が心地いいから。」


 一体何の話だろう。あなたは普段こんな風に感傷的に話はしない。


「だけどお前と一緒にいる時間がもっと好きだ。」


 え……


「最近はなかなか会えないけどさ、本当はもっとお前と一緒にいたい。だってお前は俺にとって一番の友達だから。」


「だから教えてほしい。お前が何に悩んでいるのかを。話しにくいことなのかもしれないけど、力になりたいんだ。辛いことは二人で分け合いたいし楽しいことは二人で共有したいって前に言っただろ? 頼ってほしい。少しばかり頼りないかもしれないけど何があっても必ず助けるから。」


 何さそれ。


 ズルいじゃん。


 別に大したことでもないっていうのに昔したそんな約束を持ち出してわざわざそんなことを言うためにこんなところに連れてきたの? 最近会えていなかったから心配が大きくなったからこその言葉なんだろうけど、恥ずかしくないの?


 ドクンドクンと音が響く。胸が張り裂けそうなぐらい心臓が激しく動いて、周りの音をかき消してしまいそう。顔がとても熱くて、熱が出たみたいに思考がフワフワとする。


 あなたの瞳が真っ直ぐ私を貫いた。その目に見つめられて鼓動が加速する。そして分かってしまった。何であんなにモヤモヤとしていたのか。あなたの隣にいた女の人に嫉妬していたのか。


 前までの私だったら笑って否定しただろう。だけど今の私なら確信を持って言える。


 ———私はあなたに恋をしている。


 気づいてしまえばなんて呆気ないことだろう。さっきまであったモヤモヤとした気持ちは何処かへ行ってしまい、私の心は晴れ渡っていた。


 女の人と一緒に歩いているのを見て嫉妬をしたのも、あなたが他の人に変えられていると分かってモヤモヤと気持ちを抱えたのも、全部全部このせいだった。


 私だけを見ていてほしいと思うのもその笑顔を私だけに向けてほしいと思うのも、どちらも私があなたに恋をしているからだった。


 きっとあなたは気づいていないんだろう。自分がどれだけ魅力的なのか。真面目な顔で自分を頼ってくれなんて女の子に向かってあんな風に言うなんて、好きになってくださいって言っているようなものじゃないか。


 私はあなたに恋をしている。そう自覚してしまえば、この溢れる思いを止めることなんてできやしない。いつから好きだったのかなんてどうでもよくて、ただこの溢れる気持ちを言葉にして伝えたかった。


 I love youを月が綺麗ですねと訳した人がいる。毎日君のお味噌汁を飲みたいというプロポーズの言葉がある。遠回しな表現もあればストレートに思いを伝える言葉もある。


 恋愛漫画とかを見て、ただ「好きです」なんて安直だなと思っていた。自分が告白をするならどれだけ相手を思っているのか全部言葉にして伝えるのになって考えていた。


 だけど、好きな人を目の前にしてどうしてそんなことを考える余裕があるというのだろう。


 怖い。これまで築き上げてきた思い出や関係がたったこれだけで崩れてしまうかもしれない。そう思うと怖くて一歩を踏み出すことができない。


 だけどやっぱりこの思いを抑えることなんてできなくて。緊張で心臓が張り裂けそうで、怖くて足がすくみそうで。それでもあなたへの思いを伝えたいから。


 一歩、勇気を出して踏み出す。


 今は告白するシチュエーションには適していないって分かっている。あなたは私を心配してあくまで友達として告げた言葉。甘酸っぱい空気は流れてなくて、あなたからすれば前後が全く繋がっていない唐突な言葉だろう。


 きっとあなたは私が悩みを話すと思っているんだろう。だけど私がこれから告げるのはあなたへの溢れんばかりの愛を込めた言葉。


 目を真っ直ぐ見て、口を開く。


「———あなたが好きです。付き合ってください。」

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