第23話 未練との付き合い方
「なぜだ!」
グランピング施設に戻ってシャワーを済ませた後。
テラスでひと休みしていると、菫さんの不満の声が響いた。
「海に一日いたのに……一度もナンパされないのはどういうことだ。おまえたちにパスしてもらった男たちも、私と見るや否や、驚くような、もしくは怯えるような表情をして去っていく。くそ……どいつもこいつも、そんなに若い女がいいのか……!」
「「「「…………」」」」
お通やみたいな空気に言葉もない俺たち。
さすがに不憫すぎて励ましの言葉も浮かばない。
そんな菫さんは缶ビールを片手に絶賛やけ酒中。
酔いが回ってきたのか次第に不満はエスカレートしていく。
「思えば元彼の浮気相手もそうだった……会社の同期とはいえ相手は高校を卒業したばかり、少し前まで制服を着ていた小娘。なぜ男は若さに拘るんだ! いや、男が若い女を求めるのは理解できる……自分の子孫を残すために若さを求めるものは生物としての本能だろう。それは子育てに専念するため、経済力のある男を求める女と同じ、言わば自然の摂理。だが……だが、私とてまだ二十四歳で若いだろう!」
そう吐き捨てると缶ビールを一気飲み。
缶を握り潰しながらテーブルに叩き付けた。
「なぁ凛久、私のなにがいけないと思う!?」
悲しそうな表情を浮かべて縋りついてくる菫さん。
夏鈴も悠香も莉乃さんも、菫さんを励ましたい思いは一緒。
だけど、菫さんよりも若い三人がなにを言っても藪蛇だとわかっているからか、今はフォローすることよりも黙って話を聞いてあげることに終始している。
つまり、この状況を打開できるのは俺だけってこと。
荷が重いけど放っておくわけにもいかない……。
「えっと、ですね……」
はてさて、どうしたものか。
正直に言うと、その理由は今日一日菫さんを見ていて気づいている。
お世辞ではなく、誰が見ても美人の菫さんがナンパをされない理由。夏鈴たちが何度アシストしても、話した途端に怯えるように逃げていった男たちの本音。
この場で理解しているのは男である俺以外にいないはず。
でも……正直に伝えるのはさすがに酷な気がする。
そんな心境が顔に出てしまっていたんだと思う。
「頼む。思い当たる節があるなら教えてくれ」
お酒が入っているせいもあるのかもしれない。
いつもは冗談交じりに愚痴っている菫さんも真剣そのもの。
今日はみんな楽しみにしていた海水浴旅行だから、あまりしんみりした話はしたくないんだけど……切実な姿を前に、俺もはぐらかすような真似はできなかった。
「わかりやすく言うと、がっつきすぎなんだと思います」
「が、がっつきすぎ……?」
菫さんは愕然とした様子を浮かべる。
「ひと昔前に、ロールキャベツ男子なんて言葉が流行ったのを知ってますか? 一見すると草食系に見える大人しい男性が、実は女好きの肉食系。つまり、見た目と中身が異なる男性の例えなんですけど、菫さんも似たような感じなんですよ」
ナンパ待ちをしている時は笑顔の似合う穏やかな大和撫子。
その実は、巣を貼って獲物が掛かるのを待つハングリースパイダー。もしくは草食動物の皮を被った百獣の王。一人だけ貞操逆転世界のヒロインみたいになっている。
結果、身の危険を感じた彼らは一目散に逃げ出したってわけ。
男性視点の本音を包み隠さず伝えると。
「確かに……そうかもしれないな」
心当たりがあるのか、菫さんはあっさり認めた。
となると、なぜそこまで必死なのかという疑問が浮かぶ。
その疑問も、俺だからこそ気づいていた。
「菫さん、元彼に未練があるんじゃないですか?」
「そ、それは——」
俺の一言にわかりやすく狼狽える菫さん。
これまで菫さんは元彼のことを散々酷い男だと言ってきた。
元彼への怒りに嘘はないんだろうけど、それだけ気にしている証拠。
よく好きの反対は無関心なんていうように、本当に割り切れているのなら愚痴を零すこともない。ことあるごとに元彼の話題を出すのは未練と後悔の裏返し。
「無理して新しい彼氏を作ろうとしているのは、元彼のことを忘れるため。裏を返せば忘れられないからです。元彼の愚痴を零して嫌いになろうとしているのは、今も変わらず好きだから。人は誰しも、平気じゃない時ほど平気な振りをするんです」
俺も三人への未練が消えるまで似たような感じだった。
当時は忘れようとするほど考えてしまっていた。
だから菫さんの気持ちは痛いほどわかる。
「凛久の言う通りだ……」
菫さんは鼻を啜りながらポツリと零す。
「言う通りだが、じゃあ、どうすればいいんだ!」
その瞳はまるで初恋に破れた少女のよう。
「未練があってもいいじゃないですか」
「未練があってもいい……?」
三人への未練を消すことができた俺だから思うんだ。
「なぜでしょうね……失恋したことを誰かに相談すると『縁がなかったんだ』とか『もっといい人がいる』とか『早く忘れろ』とか、まるで未練があるのは悪いことのように言うんです。でも……それだけ本気だったってことじゃないですか。何ヶ月も何年も引きずって、ずっと忘れられないくらい誰かを本気で好きになれたことは幸せなことのはず。それを無理やり新しい恋で忘れる必要なんてないと思うんです」
それでもいつか、思い出になる日がやってくる。
時間は時に優しく、時に残酷なまでに想いの熱量を奪っていく。
それが幸か不幸かはさておき、いずれ自分が大切にしていた恋心へ別れを告げる日が来るまで、未練がましく思い出に縋っていたっていいと思う。
「だから、無理に忘れようとしなくてもいいんです」
未練がないとはいえ、後悔は残っている俺が偉そうに言えたことじゃない。
自虐的すぎて苦笑いを浮かべる俺の横で、神妙な面持ちを浮かべている莉乃さん。まるで自分のことのように俺と菫さんの話を聞き入っていた。
「やはり私には凛久しかいない。私と付き合ってくれ!」
「勘弁してください!」
反射的にお断りしたのは防衛本能だと思う。
「凛久ほど私を理解してくれている男はいない。今すぐは無理でも、凛久が傍にいてくれれば元彼のことを忘れられるはず。付き合えないならセフレでもいい!」
「いやいや、余計ダメでしょ!」
「せめて一晩、私を抱いて慰めてくれ!」
「担任教師の言う台詞じゃないでしょうが!」
酔いが酷いのか男女交際における感覚が支離滅裂。
その後も菫さんに口説かれまくり断り続けること三十分。
「わかった……諦めるつもりはないが、今日のところは許してやる。その代わり、今夜は酒が尽きるまでとことん付き合ってもらうぞ!」
五本目の缶が空いた頃、ようやく諦めてくれた。




