第20話 ほぼ喘ぎ声
「ひ、日焼け止め——!?」
狼狽える俺をよそに夏鈴は背中向けてくる。
瞬間、試着の時にも見た美しい背中に目を奪われた。
シミ一つなく、まるで陶器のような白さと艶やかさを誇る肌。
あまりにも芸術的すぎて逆にいやらしさを感じないのは前に見た時と同じ。
髪をアップにしていることで露わになっている魅力的うなじは、男子高校生厳選・夏の三大風物詩の一つ。へそチラに続いて二つ目のお目見え。
まさに芸術的な背中と魅力的なうなじが織りなすひと夏のコラボレーション。
感動のあまり心の中でガッツポーズをしながら天を仰ぐ。
「背中は手が届かなくて困ってたんだよね」
「でも、さすがにそれは……」
困る俺に日焼け止めを手渡してくる夏鈴。
「じゃ、お願いね♪」
「…………」
なんでもすると言ったのは俺。
今さら断るという選択肢はないらしい。
「し、失礼します……」
思わず丁寧語で答えたのは緊張しているせいだろう。
日焼け止めを手に取り夏鈴の背中に触れた瞬間だった。
「おおぅ……」
あまりにも滑らかな肌に思わず変な声が漏れてしまった。
もちろん日焼け止めがヌルヌルしているのもあるんだけど、それにしたって滑らかすぎる。初めて触れる女の子の肌の感触と温もりにドキドキせずにはいられない。
だめだ……あまりの興奮に理性が弾け飛んでしまいそう。
こういう時は別のことを考えて気を紛らわせるに限る。脳内で因数分解を解くことで強制的に賢者タイムに突入し、無心で塗り続けていた時だった。
「あんっ……!」
夏鈴が絶妙にアウトな声を上げた。
「頼むから変な声を出さないでくれ!」
「だ、だってくすぐったいんだもん!」
それはわかる。
わかるんだけど、なんだろう。
なにもやましくないのに不健全なことをしている気がする。
「んんっ……ああんっ!」
いやもう完全に喘ぎ声だろ!
「夏鈴、頼むって!」
「りっくんの手つきがいやらしいからだもん!」
「い、いやらしくなんて——」
ないだろと言いたいけど心当たりゼロじゃないから否定できない。
一度くすぐったいと思うと無限にくすぐったく感じるもの。砂浜に響く夏鈴の艶っぽい声が周りの視線を集める中、俺は大急ぎで日焼け止めを塗っていく。
ようやく夏鈴の喘ぎ声が収まった頃。
「ただいま——って、なんか二人揃って息が荒くない?」
浮き輪を手に戻ってきた悠香が不思議そうに首を傾げた。
「「あ、荒くないから!」」
「そ、そう……?」
悠香に見られていたらなにを言われていたことか。
戻ってくる前に終わってよかったと安堵に胸を撫で下ろす。
「じゃあ、行こ」
悠香は俺に手を差し伸べる。
その手を取って立ち上がろうとしたんだけど。
「……みんなで先に行っててくれ」
「どうして? 凛久も一緒に行こうよ」
悠香はまたまた不思議そうに首を傾げる。
一緒に行きたいんだけど、健全な男子の不健全な生理現象のせいで立ち上がれない。そんな事情を無垢な悠香が気づくはずもなく心配そうな表情を浮かべる。
「もしかして体調が悪いんですか?」
「だ、大丈夫です。心配ありません」
仕舞には莉乃さんまで心配してくれる始末。
本気で心配してくれるのは嬉しいんだけど事情が事情なだけに心が痛い。
本当のことを言うわけにもいかず、かといって言わなければ一人にさせてもらえない状況に、いい加減『お願いだから誰か助けて!』と心の中で叫んだ時だった。
「二人共、りっくんなら大丈夫だから先に行こ」
夏鈴が二人の背中を押して場を離れる。
すると数歩先でくるりと振り返り。
「りっくんも収まったら来てね♪」
「…………」
さすが思春期男子の下心に理解がある夏鈴は気づいたらしい。
ありがたいような恥ずかしいような……気まずい気分で見送る俺。
こうして一足先に波打ち際ではしゃぎ始める女子三人。
ハイテンションの夏鈴が真っ先に海へ駆けて行き、後に続く悠香と莉乃さんに水を掛ける。悠香がやり返すと、莉乃さんも一緒に二人掛かりで夏鈴を追い詰める。
びしょ濡れになりながらキャッキャしている三人を見て思うこと。
「なんていうか……」
女子高生が水着姿で無邪気に遊んでいる姿って尊いよな。
メイクの崩れや髪が乱れるのを気にしない、あと先を考えない無敵感はまさに青春。特に夏鈴はギャルらしく、全力で今を楽しんでいる感じがして眩しいくらい。
そんな姿を眺めていると、ふと三人に向けられている視線に気づく。
それは煩悩にまみれた男たちの視線だった。
しかも、それが一つや二つじゃないから思い知らされる。
この三人が浜辺で注目を集めるほどの美少女だということを。
大人びた容姿とスタイルを誇る金髪ギャルの夏鈴と、天真爛漫で無邪気な笑顔が似合う美少女の悠香。莉乃さんは穏やかな雰囲気が魅力の黒髪清楚な和風美人。
人の好みは十人十色。
だけど、三者三様の美少女が一緒にいたら大半の男の好みに刺さるのは間違いない。このワンチャン狙いの下心にまみれた視線の多さがなによりの証拠だろう。
改めて三人が美少女だと実感していた時だった。
二人組の成人男性が夏鈴に声を掛けた。
「いやいや、ちょっと待て——」
気づけば生理現象のことも忘れて立ち上がる。
夏鈴のもとへ駆け寄ると男が必死に夏鈴を口説いていた。




