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第6話 半裸で抱き着く理由

「りっくん……?」


 苦い過去に思いを馳せていたせいだろう。

 俺を見上げる夏鈴の表情に不安の色が滲んでいた。


「あ、ああ……なんでもない。びっくりしてさ」

「そっか。そうだよね。あたしもびっくりしたもん!」


 そう言って夏鈴は笑みを浮かべ直す。


「でも、どうしてりっくんがここにいるの?」

「その前に……いつまで抱き着いてるんだ?」


 なにげに俺たちは抱き合ったまま。

 冷静になった瞬間、思い出すように恥ずかしさが込み上げてきた。


「ていうか、なんでいきなり抱き着いてきたんだ?」

「それは再会できた喜びっていうか、感極まったっていうか……それにほら、中途半端に離れた場所で身体を隠すより、こうしてくっついてた方が見えないでしょ?」

「なるほど……」


 部屋に入った時は下着姿を全身くまなく眺めることができた。

 でも夏鈴の言う通り、こうして抱き着かれていると視界が限定されて肩回りしか見えない。思春期男子的には少し残念だけど、裸を見られない方法としては悪くない。

 おかげで柔らかな感触を堪能できているから文句は言えないよな。

 むしろこっちの方が嬉しいまである。


「りっくんのエッチ♪」

「な、なにを言って——」


 そんな下心が見え見えだったんだろう。

 夏鈴はからかうように悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「別に減るもんじゃないし、りっくんだからいいけど」


 さらっとすごいことを言われた気がする。

 気がするというか、耳を疑わずにはいられない。

 本当に……この金髪ギャルが俺の知っている一色夏鈴?


「それで、どうしてりっくんがここに?」

「そうだな。どこから話せばいいか——」


 俺は夏鈴の変化に困惑しながら猫まみれに来た経緯を説明する。


 小学校の卒業と同時に父親の転勤で他県に引っ越していたこと。

 父親の赴任期間が終わり、高校進学を機に三年ぶりに帰ってきたこと。

 猫まみれに挨拶に行こうとしたら当時の友達に閉店したことを聞かされ、いてもたってもいられず、自分の目で確かめようと足を運んだらあげぱんと感動の再会。

 まさか夏鈴とも再会するとは思わなかったと伝えた。


「そっか。りっくんも最近帰ってきたんだ」

「俺もってことは、夏鈴もこの春に?」

「うん。花女に合格したから帰ってきたの」

「花女って、花崎女子高校だよな?」

「そうだよ」


 花女は誰もが知る県内トップクラスの女子高。

 当時、夏鈴は猫まみれで勉強ばかりしていたし、俺もよく一緒にしていたから頭が良いのは知っていたけど、まさか花女に合格していたとはさすがに驚き。


「あたしも帰ってきてすぐに猫まみれに来たんだけど、まさか閉店してるなんて思わなくって……でも、昔と変わらないりっくんに会えただけでも嬉しいな♪」

「俺はともなく、夏鈴はずいぶん変わったな」

「ほんと? 変わったと思う!?」


 すると夏鈴は妙に嬉しそうに声を上げた。

 まるでそう言われるのを期待していたかのよう。


「別人すぎて、りっくんって呼ばれなきゃ気づかなかったよ」


 まさに見違えたという言葉が相応しい変わりよう。

 わかりやすいのは髪色だけど、控えめだった性格はハイテンションになっているし、俺の目を見て話せないほど照れ屋だったのにスキンシップが過剰になっている。

 さっきの『別に減るもんじゃないし』というエロに寛容な発言もそう。

 一言でいえば、お嬢様から金髪ギャルへジョブチェンジした感じ。

 マジで劇的ビフォーアフターすぎて割と困惑中。


「えへへ……そう言ってもらえて嬉しいな♪」


 夏鈴は頬に両手を添えながら照れ笑いを浮かべる。

 なんだか妙に喜んでいるけど理由はさておき。


「夏鈴の方こそ、ここでなにをしてたんだ?」

「えっとね、猫まみれを片付けてたの」

「片付けてた——?」

「あたしにとって猫まみれは大切な思い出の場所。そんな場所が荒れ果てたままになってるのを見たら、いてもたってもいられなくなっちゃってさ……せめて綺麗な状態で残してあげたいと思って、新学期が始まる前から空いてる時に来て掃除してたの」


 なるほど……微妙に片付いていたのはそういうことだったのか。


「綺麗にしたからって昔には戻らない。ただの自己満足なんだけどね……」


 夏鈴は今までのハイテンションが嘘のようにトーンダウン。

 まるで初めて会った時のように寂しそうな瞳を浮かべた。


「自己満足なんてことはないさ」


 思わず零したのは、俺も夏鈴と同じ気持ちだったから。

 夏鈴も猫まみれを大切に思ってくれていたことが嬉しかった。


「実は俺、猫まみれを再建しようと思ってるんだ」

「猫まみれを再建……?」

「あの頃みたいに子供たちや猫たちが集まれる場所にしたい。おじいちゃんとおばあちゃんの代わりに、いつか俺が猫まみれを経営したいと思ってる。今日ここに来たのは、そのために現状を確認するためだったんだ」


 夏鈴は驚いた様子で言葉を詰まらせる。

 次の瞬間、『あたしも手伝う!』と言って表情を咲かせた。


「あたしにできることなんて、せいぜい掃除して綺麗なまま残してあげることくらいだと思ってた。でも、りっくんが猫まみれを再建するなら手伝いたい!」

「夏鈴……」


 正直、猫まみれで夏鈴と再会するなんて夢にも思わなかった。

 初めて女の子の下着姿を目にした興奮でそれどころじゃなかったけど、初恋相手の悠香に続き、二番目に好きになった夏鈴とも再会して気分は複雑を極めている。

 でも、大切な思い出の場所を残したいという想いは一緒。

 瞳を輝かせる夏鈴を前に断る理由なんてなかった。


「一人じゃ無理だと思ってたんだ。夏鈴が手伝ってくれると助かるよ」

「やった。ありがとう!」

「ぐぁっ——」


 夏鈴は感極まったのか、さらに強く俺を抱き締める。

 押し付けられる胸の柔らかさと背骨が折れそうなほどの痛みで天国と地獄。

 わずかに天国が地獄を上回り、図らずも鼻の下が伸びかけた時だった。


「凛久……なにしてるの?」


 生気の感じられない乾いた声が店内に響く。

 声の先に視線を向けた瞬間、背筋が凍りついた。


「ゆ、悠香……?」


 玄関には表情を歪めている悠香の姿があった。

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