第15話 海水浴旅行
「よし。全員揃ってるな」
そして迎えた海水浴旅行当日の朝。
俺たちは荷物を手に猫まみれに集まっていた。
「忘れ物はないか? 出発したら戻れないぞ」
菫さんの忠告を受け、念のため忘れ物がないか最終チェック。
財布もスマホも持ったし、水着と二泊分の着替えに各種アメニティ。
俺は男だから大した荷物はないんだけど、女子三人はいったい何泊するつもりなんだろうと突っ込みたくなるほど大きなバッグやキャリーケースを持参。
まぁ女の子が大荷物なのは旅行に限った話じゃないか。
女の子って大変だよなと思っていると。
「あっ……」
莉乃さんが思い出したように声を上げた。
「どうかしましたか?」
「一つ、とても大切なことを忘れていました」
「とても大切なこと?」
莉乃さんはカウンターの上で寝ているあげぱんに視線を向ける。
「旅行中の餌やりのことを忘れていました」
「「「ああ……」」」
思わず声を漏らす俺と夏鈴と悠香。
もともと猫まみれでお世話をしていた猫たちの多くは地元の人が引き取りお世話をしてくれているんだけど、一部の猫は半分野良のまま気ままに過ごしている。
だから地域猫としてみんなでお世話をしているんだけど、未だに猫まみれに住み着いているあげぱんとのりべんは、ずっと莉乃さんがお世話をしてきたらしい。
再建活動を始めてからは、俺もお世話をしているけど毎日はさすがに無理。
だから日々の餌やりは莉乃さんが登校前や帰宅後にしてくれている。
「さすがに明々後日の夕方まで餌をやらないのは心配ですよね」
「はい。成猫でも一日二回は餌をあげないといけません」
みんなでどうしようかと頭を悩ませる。
ご近所さんにお願いしようかと相談していると。
「それなら心配しなくていい」
菫さんはそう言うと外へ出ていく。
どういう意味だろうと思いながら待つこと数分。
見慣れない円柱状の機会を持って戻ってきた。
「それはなんですか?」
「猫用の自動給餌器だ」
「じどうきゅうじき?」
夏鈴は頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。
字面で見ればわかるけど言葉だとピンとこなくても仕方がない。頭が良くて大人びている夏鈴だけど、幼い子供みたいなリアクションをしているのが少し可愛い。
不意に感じるギャップに男心をくすぐられる。
「自動で餌やりをしてくれる機械のことだよ。指定した時間に決めた量の餌を自動で与えてくれるから、独り暮らしでペットを飼ってる人の必需品なんだ」
「すごい便利じゃん!」
「猫まみれに置いてやろうと思い、車に載せておいたのを忘れていたよ」
さっそく菫さんは自動給餌器に餌を入れてセットする。
さらに自動給水機も車から持ってきてスイッチオン。
「「「「おおお~!」」」」
思わず感嘆の声を漏らしながら拍手をする俺たち。
すると餌に釣られて飛び起きたあげぱんが餌をもぐもぐ。お腹が満たされると、給水機から噴水みたいに溢れている水を舌でぺろぺろ舐めながらご満悦。
これは確かに便利だけど——。
「どうして菫さんが自動給餌器を持ってるんですか?」
なんて聞いたのが失敗だった。
「元彼の飼っていた猫のために買ったんだ」
「ああ……」
聞かなきゃよかったと後悔したところで後の祭り。
菫さんは感傷に浸るように虚空を見つめながら語り出す。
「元彼のアパートに通い妻よろしく半同棲をしていた頃、あいつの飼っていた猫のために給餌器と給水機を買ってやったんだ。私にもよく懐いてくれていてな……別れた後も元気にしているだろうかと心配していたある日、あいつは私がプレゼントした物を全て段ボールに詰めて送ってきたんだ! こっちは貰った指輪を未だ捨てられずにいるというのに……別れた途端に全部返品するなんて冷たいじゃないか! そもそも給餌器と給水機は猫に買ってやった物で、おまえに買ってやったわけじゃない!」
「「「…………」」」
毎度お馴染み菫さんの悲惨すぎる元彼話。
相変わらず可哀想すぎて同情するけどタイミングが悪すぎる。
出発前なのにお通やみたいな空気が漂う……日に日に明らかになっていく元彼のクズっぷりはさておき、掛ける言葉を見つけられずにいた時だった。
「そんな元彼のことなんて早く忘れましょ!」
夏鈴のハイテンションな励ましに重い空気が霧散した。
「海に行けば男の人なんてよりどりみどり。菫さんほどの美人なら男が黙ってないですって。素敵な出会いの一つや二つありますからテンション上げていきましょ!」
「夏鈴……」
いつもは俺がフォロー役なんだけど夏鈴が代わりに慰める。
優しい言葉を掛けられたからか、菫さんも元気を取り戻した。
「朝から気まずい空気にして悪かったな。確かに夏鈴の言う通り、せっかくの夏休みと海水浴旅行だ。テンションぶち上げていくとしよう!」
気を取り直し、菫さんの車こと六人乗りのミニバンに荷物を載せていざ出発。
俺の将来のためにも、どうか菫さんに素敵な出会いがありますように。
そう心の底から願わずにはいられなかった。




