第5話 夏鈴との出会いと別れ
一色夏鈴と出会ったのは小学四年生の初夏だった。
当時、初恋を引きずっていた俺の前に現れたお嬢様のような女の子。
梅雨が迫る六月頭、母親に連れられて猫まみれに来たのが最初の出会い。
夏鈴の両親が離婚して母子家庭になり、それまで専業主婦だった母親が就職。その勤務先が近くだったこともあって猫まみれのお世話になり始めた。
学区が違い別の小学校に通っていた夏鈴は猫まみれに友達がいなくて、いつも独り寂しそうに勉強している姿が気になって声を掛けたのがきっかけ。
その日から、俺たちは少しずつ一緒にいる時間が増えていった。
特に会話をするわけでもなく、二人並んで勉強し、わからないところがあれば教えてもらう——夏鈴は本当に頭がよくて、いつも宿題を手伝ってもらっていた。
あまりにも勉強ばかりしているから心配になったある日。
「勉強もいいけど、たまには外で遊ばない?」
「テストで良い点を取らないと、お母さんに怒られるから……」
そう言った時の寂しそうな顔は今も鮮明に覚えている。
それからの日々も、俺たちは変わらず一緒に勉強して過ごした。
夏鈴に教えてもらうだけじゃなく、俺も得意な教科を教えてあげる——幼心に夏鈴の事情を察した俺は、生まれて初めて誰かの力になりたいと思ったんだろう。
かけがえのない時間は当然のように心の距離を縮める。
お互いに似た家庭環境なのも惹かれ合った理由だと思う。
失恋の悲しみは次の恋が癒してくれるとはよく言ったもの。
だけど……夏鈴のことを好きだと自覚した頃に事件は起きた。
「俺が好きなのは夏鈴と真逆のタイプだから!」
ある日、俺と夏鈴の関係を冷やかされて思わず口から出た言葉。
小学四年生にもなれば異性を意識しだす年齢なのもあったんだろう。猫まみれで遊んでいた時、友達から『凛久って夏鈴のことが好きなんだろ?』とからかわれた。
あれほど口は災いの元という言葉を痛感したことはない。
恥ずかしがって心にもないことを言うんじゃなかった。
まさか傍に夏鈴がいて聞かれているなんて思わなかった。
あの時の驚きに満ちた表情は五年半が経った今も忘れられない。
「私みたいな地味な子はつまらないよね」
「違う、そうじゃないんだ——」
その後、俺は夏鈴への申し訳なさから猫まみれに行けない日が続いた。
そのまま長期休み入り会うことはなく、このままではダメだと思い、新学期が始まってすぐに猫まみれに足を運んだ時だった。夏鈴が転校したことを知らされたのは。
こうして、俺は自らの手で二度目の恋をぶち壊してしまった。