エピローグ
夏祭りから三日後、七月の最終日。
今日も今日とて猫まみれの片付けをしていた午後。
「それで、叶わなかった恋の答え合わせをした感想は?」
縁側で水分補給をしていると、不意に現れた菫さんに尋ねられた。
俺の隣に腰を掛けると電子タバコを取り出して一服しだす。
「その前に、猫まみれは禁煙です。タバコは控えてください」
手にしている電子タバコからスティックを引っこ抜く。
「悪いな。これも全て元彼のせいってことにしておいてくれ」
「辞めた方が元彼のことを忘れられると思いますけどね……」
「わかってはいるが、思い通りにいかないのが恋というものだろう」
最近実感しているせいか、そう言われると返す言葉が見つからない。
俺は隣で昼寝をしていたわたあめを持ち上げて菫さんに差し出す。
「タバコの代わりに猫を吸うのはどうですか?」
「そんな一本どうぞ的に勧められてもだな……」
少し困惑しながらもわたあめを受け取る菫さん。
莉乃さんに勧められた時の俺と同じリアクションで笑える。
「騙されたと思って一度吸ってみてください」
「そこまで言うなら試してやらんこともない」
菫さんはわたあめのふわふわなお腹に顔をうずめて深呼吸。
わたあめも慣れたもので抵抗することなくされるがまま。
「ふむ……これは、なかなかどうして」
しばらく吸うとお腹から顔を離す。
すると満足そうに笑みを浮かべた。
「なるほど、ニコチンならぬネコチンといったところか」
中毒性があるという意味では当たらずとも遠からず。
絶妙に上手いような上手くないようなボケはさておき。
「以前、菫さんが言っていた言葉の意味がわかった気がします」
再会当初、喜んでいた三人とは対照的に困惑していた俺に掛けてくれた『凛久と彼女たちで当時の想いに対する向き合い方が違っただけの話』という言葉。
あの時はさっぱりだったけど今ならわかる。
「一言で言えば、過去形と現在進行形の違いだったんですね」
つまり、失恋したと思っていた俺と、恋をし続けていた悠香の違い。
悠香が再会を喜んでいたのは会えない間も俺のことを好きでいてくれたからで、俺が気まずさを覚えたのは失恋したと思っていたからだった。
そりゃ違って当然だよな。
「それに気づけただけでも再会したことに意味はあるさ」
「本当に、心からそう思います」
あんなに気まずかったのが嘘のよう。
今では再会できて良かったと思っている。
「悠香と付き合うのか?」
俺は小さく首を横に振る。
「悠香の気持ちは嬉しいです。正直……今でも好きと言われて意識してないと言ったら嘘になります。あれだけの美少女ですから、昔の話がなくても男なら惹かれますよ。でも、今のままじゃ想いに応えることはできません」
「確かに……答えを出すには少しばかり尚早だろう。なにしろ凛久が失恋した回数は三回——叶わなかった恋の答え合わせは、まだ二つも残っている」
菫さんは顔を上げて物置小屋に目を向ける。
視線の先には片付け中の夏鈴と莉乃さんの姿があった。
「愛の形は人それぞれ、故にすれ違う。だが、お互いの想い確かめ合うことはできるはずだ。サボテンのマスターみたいな名をしたロックバンドはこう歌った——『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』と。過去の話だとしても、わかり合えないことはない」
菫さんの言う通り、そんな機会を得られた自分は幸せだろう。
俺は夏鈴と莉乃さんとも答え合わせをしたいと思っている。
「おまえたちの昔を知る一人として、恋路を応援しているよ」
「ありがとうございます。菫さんには色々と感謝しています」
「そして誰とも結ばれなかった暁には私と付き合ってもらおう!」
嬉々として語る菫さんを前に思わずうなだれる。
「……半分は冗談って言ってましたよね?」
「安心しろ。今は三割冗談だ」
「以前より本気度が増してるじゃないですか!」
「そもそもボランティアじゃあるまいし、なぜ私が相談に乗っていると思う。気づけば恋愛相談していた相手を好きになっていたなんて話はよくあるパターン。どうだ? 少しは私の好感度も上がってきただろう。いや、きっと爆が上がりに違いない!」
黙っていれば上がっていたのに断崖絶壁から飛び降りる勢いで急降下。
どこまで本気で言っているんだろうと溜め息を漏らした時だった。
「りっくん。ちょっと手伝って!」
夏鈴が手を振りながら助けを求めていた。
「ああ。今行くよ」
俺は菫さんから逃げるように夏鈴のもとへ駆けていく。
気づけば八月、青空と白い雲が広がる夏真っ盛り。
今年の夏休みは暑くなりそうな予感がしていた。




