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第48話 伝えられなかった言葉

 しばらくして悠香が落ち着きを取り戻した後。

 俺たちは高台を後にしてバス停に向かい歩いていた。


「大丈夫か?」

「さすがに心配しすぎだよ。普通に生活するぶんには大丈夫なの。継続的な運動や激しい運動がダメなだけ、体育の授業だって普通に参加してるんだから」

「それはわかってるんだけどさ」

「凛久もお母さんに負けないくらい過保護だよね」

「悠香の両親に約束したからな。過保護にくらいならせてくれ」

「私の人生に責任を取ってくれるんだもんね」

「……それは忘れてくれ」

「やーだ!」


 悠香はからかうように笑ってみせる。

 そんな冗談を言いながら歩いていると。


「痛っ——」


 不意に悠香が声を上げてしゃがみ込んだ。


「どうした——!?」

「……足が痛いと思ったら鼻緒ズレしてたみたい」


 隣にしゃがみ、スマホのライトで悠香の足元を照らす。

 すると親指の付け根あたりの皮がめくれていた。


「だいぶ派手にめくれてるな」

「さっきまで気にならなかったのにな」


 なるほど、悠香は夢中になっていると疲れや痛みに鈍感になるらしい。

 いつだったか、菫さんが屋上で口にしていた不謹慎な言葉が頭をよぎる。

 病人とメンヘラの言う『大丈夫』は大丈夫じゃない——あの頃の件といい、今回の件といい、悠香が心から楽しんでいる時の『大丈夫』は信じちゃいけない。

 さすがにメンヘラと一緒するのは怒られそうだけど似たようなものだろう。


 今後は嘘を吐いていないと思っても鵜呑みにしないように気をつけるとして、怪我の程度を見る限り歩いて帰るのは厳しそう……となると方法は一つだよな。

 俺は悠香に背中を向けてしゃがみ込む。


「おぶっていくよ」

「……えっと」


 なぜか困惑した様子をみせる悠香。


「おんぶされるのは嫌か?」

「嫌じゃないよ。お礼をするチャンスだし、お願いしたいくらいだけど……」

「……お礼をするチャンス?」

「でも私、夏鈴ほどスタイル良くないし……」


 いったいなんの話で、なんの心配をしているんだろうか?


「実はね、夏鈴に相談したの……たくさん凛久に迷惑を掛けたし、なにかお詫びっていうか、お礼っていうか、仲直りの印になにかしたいって。そうしたら『これだからお子様は……いい、男の子はおっぱいの一つも押し当ててあげれば喜ぶものなの。チャンスがあれば思いっきり押し当ててやればいいわ!』って教えてくれて」


 夏鈴の奴……純真無垢な悠香はなんでも信じると知ってバカなことを教えたな?

 昔なら違うと教えてやるところだけど、間違っていないから否定できない。


「期待外れでお礼にならなかったらごめんね」

「……妙な心配はしなくていいから乗ってくれ」


 悠香は暗闇でもわかるほどに顔を紅くしながら身体を預ける。

 立ち上がった瞬間、背中が柔らかな感触に包まれた。

 うん……これはまぁ、なかなかどうして。


「心配するほどのものでもないと思うぞ」

「……凛久のエッチ」


 フォローしたつもりが両のほっぺをつねられた。

 言い出したのは悠香なのに女心ってわからない。


「凛久、私も一つ聞いていい?」

「この際だ。なんでも聞いてくれ」

「あの日、私に伝えたかったことってなに?」


 その質問を悠香がしてくるのはわかっていた。

 悠香の母親を説得すると決めた時からわかっていたこと。

 母親と向き合えば嫌でもあの日の話になり、あの日の話になるということは、俺が悠香を夏祭りに誘った理由——つまり、伝えたかったことの話になって当然。


 だから俺は、未だ抱える後悔を晴らすために覚悟を決めてきた。


「俺は——」


 でも、いざ口にしようとすると言葉が喉元で引っ掛かる。

 何度も言おうとするけど口だけが動いて息が漏れる。

 それでも勇気を振り絞って想いを伝える。


「俺は悠香のことが好き——だった」


 言葉にした瞬間、灰色の記憶が彩りを取り戻すような感覚を覚えた。

 今日という日を迎えられた満足感か、想いを伝えられた達成感か、それとも後悔を晴らすことができた安心感か……言葉にし難い感情で心が満たされていく。


「嬉しい……」


 悠香の腕に力がこもる。


「私も……凛久のことが好き」


 耳元で囁く愛は、今まで聞いたどんな言葉よりも甘く響いた。


「病気でみんなと遊べなくて、いつも独りぼっちだった私に声を掛けてくれた男の子。いつも気にかけてくれて、気遣ってくれて、笑わせてくれた、初めての友達……凛久と一緒にいる時だけは病気のことを忘れて楽しく過ごすことができたの」


 悠香の告白に当時を思い出しながら耳を傾ける。 

 そんなの俺だって一緒だ……小学生になってすぐに母さんを亡くした俺にとって、悠香と一緒にいる時だけは、母さんのいない悲しみを忘れることができた。

 俺たちはお互いに悲しみを埋め合っていたんだと思う。


「そんな私が凛久に惹かれるのは当然だったと思う」


 俺が悠香に惹かれるのも必然だったと思う。


「初めは一緒にいられるだけでよかったの。凛久と出会えて、好きになれて、それだけでよかった。でも、いつからか思ってしまったの……凛久にも私のことを好きになってほしいって。その瞬間に気づいたんだ。ああ……これが『恋』なんだって」


 悠香は想いを噛み締めるように呟いた。

 その声音から笑みを浮かべていると気づく。


「だから、八年ぶりに再会できた時は嬉しかった。ずっと好きだった初恋の男の子と同じ高校に進学して、同じクラスになれるなんて、運命だと信じて疑わなかったくらい。あの時は想いを伝えることはできなかったけど、今度こそ伝えられる」


 それは本来、あの日に伝え合うはずだった想い。


「私は今でも、凛久のことが好き——」


 八年前に聞きたかった言葉だった。


「でも——」


 その声音は一転、わずかに影を落とす。


「でも……凛久にとっては思い出なんだよね?」


 悠香と再会してから改めて気づいたことがある。

 それは、俺にとって悠香への想いは過去形であるということ。

 自分でも悲しくなるほど、すでに過ぎ去りし思い出であり想いだった。


「悠香に再会できたことは本当に嬉しく思っているし、見違えるほど綺麗になっていてドキドキさせられた……素直に可愛いと思うし魅力的な女性になったと思う」


 だけど、俺は八年かけて想いに決着をつけてしまった。

 振られたと勘違いしていたが故に思い出にしてしまったんだ。 

 あの頃のときめきや胸を焦がす想いは今も鮮明に覚えている。だけど、好きだったことを伝えた今、寂しさを覚えるほどに当時の熱量がないことを実感している。

 幸か不幸か、心の整理はついてしまっていた。


「本当に、ごめん……」


 謝罪の言葉が口から零れる。

 一瞬、自分の声が震えた気がした直後——。


「あれ……?」


 気づけば涙が頬を伝っていた。


「凛久……?」

「悪い……なんでもないんだ」


 不思議な感覚だった。

 涙は溢れているのに、どこか他人事ように感じている。

 もちろん、お互いに当時の想いを伝え合って思うところはある。

 だけど泣くほどのことじゃない……いや、泣くとも少し違うように思う。

 声は漏れず、表情も崩れず、心は驚くほど平静を保ったまま、想いだけが雫となって溢れ落ちる。まるで思い出の中の幼い自分が泣いているような感覚。

 あの日、置き去りにしてしまった幼い恋心の慟哭。


「大丈夫だよ」


 悠香は耳元で優しく囁く。


「私、こう見えて諦めが悪いの」

「……どういう意味だ?」

「今の凛久にとって思い出なのはわかってる。今はもう、私のことを好きじゃなくてもいい。もう一度好きになってもらえるように頑張る。だから泣かないで」


 まるで小さな子供に語るような優しく穏やかな声音。


「これからは今まで以上に積極的にいくから覚悟してね」


 覚悟してね、か……。

 こんな美少女に告白されて意識しない男はいない。

 いつかまた、悠香のことを好きになるかもしれないと思った。


「ありがとうな……俺のことを好きになってくれて」

「私の方こそ、好きになってくれてありがとう」


 こうして俺たちは八年の時を越えて想いを伝え合う。

 ずっと抱え続けていた後悔が晴れたからだろう。


 心に刺さり続けていた棘の一本が抜けたような気がした。

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