第46話 花火
「いっぱい遊んだね!」
「遊んだのもそうだけど、少し食べすぎたな」
「チョコバナナにクレープ、かき氷も食べたもんね」
指を折りながら数える悠香は今もりんご飴を食べている。
女子が甘い物は別腹なんて言っているのを聞くけど『帰ったら食べる』と言って買ったタコ焼きとじゃがバターを見る限り、別腹なのは甘い物に限らないらしい。
食欲があるのは元気になった証拠だよな。
「そろそろ花火の時間だけど、どこで見ようか」
辺りを見渡すとシートを敷いて場所取りを始めているお客さんの姿。
花火の打ち上げ場所が少し下流の川沿いということもあり、多目的広場の芝生にシートを敷いて寝転がりながら花火を見るのがお勧めの観覧方法らしいけど。
「もう場所は決めてあるんだ」
俺は悠香を連れて会場を後にする。
会場どころか公園の外まで足を運ぶ。
「凛久、どこまで行くの?」
「実はタクシーを呼んであるんだ」
「タクシー?」
するとタイミングよく一台の普通車が公園の入り口に到着。
窓が開くと運転席には見慣れた女性の姿があった。
「待たせたな」
「え……菫さん?」
悠香が驚きながら口にした通り現れたのは菫さん。
「歩くには遠い距離だから、菫さんにお願いして車を出してもらったんだ。お祭りの屋台で売ってるベビーカステラ五十個をタクシー料金の代わりに」
俺は持っていた紙袋を菫さんに渡す。
「うむ。確かに約束のぶつは受け取った」
すると菫さんは満足そうにベビーカステラを口に放り込む。
ベビーカステラくらい自分で買いに行けばいいのにと言ったら『二十歳を過ぎた女に独り寂しく祭りに行けと言うのか?』と怒髪天を衝く勢いで睨まれた。
まぁ引き受けてくれるなら喜んで買うけどさ。
「そんなわけで、私は夏祭りだというのに今の今まで家に引き籠っていたわけだ。私に一緒に花火を見る彼氏がいなくてよかったな。さぁ遠慮せず乗るがいい」
「「なんかすみません……」」
絶妙に気まずさを覚えながら後部座席に乗り込む俺と悠香。
五分ほど坂道を登って訪れたのは山道沿いにある高台だった。
「本当に帰りは迎えに来なくていいのか?」
「登りに比べれば楽ですし、バス停まで近いので」
「そうか。くれぐれも気を付けて帰るんだぞ」
「「ありがとうございました」」
お礼を言いながら車から降りる。
菫さんを見送り、振り返った瞬間だった。
「綺麗……」
悠香は眼前に広がる景色を前に感嘆の声を漏らした。
ここは夜になると煌びやかな街の明かりが望める穴場の夜景スポット。
太陽が沈んだ直後の今、そびえ立つ山と空の境界が滲むようにぼやける。
空は燃えるような茜色から深い藍色へと色合いを変え、自然の生み出すグラデーションは息を呑むほどに美しい。
黄昏時、昼と夜の狭間、儚くも美しいマジックアワー。
わずかな時間しか見られない幻想的な風景が広がっていた。
「確かに、ここなら花火がよく見えそうだね」
「親水公園よりも標高が高いから、花火を横から見ることができるんだ。芝生に寝転がりながら見上げる花火もいいけど、正面から眺める花火も悪くない。開始時間まで夜景も楽しめるお勧めの場所なんだ」
「よくこんな素敵な場所を知ってたね」
「母さんが亡くなる前……家族三人で来たことがあってさ」
あれは俺が小学校に上がる前だったと思う。
家族で出掛けた帰り、偶然ここを通りかかり夜景を見て感動した思い出。その時に『夏祭りの時に来たら花火がよく見えそうだね』と母さんが言っていたんだよな。
一度しか来られなかったけど、あの時の光景は今も鮮明に覚えている。
「幼心に、悠香にも見せてあげたいと思ったんだ」
「嬉しい……ありがとう」
悠香は夜景を眺めながら感極まるように呟く。
その瞳が滲んで見えたのは輝く街明かりのせいだろうか。
そう思った次の瞬間だった。
「「————!?」」
一筋の光が地上から昇り、暗闇に染まる夜空が閃光に包まれる。
一瞬遅れて大きな音が響いた直後、大気を激しく震わせた。
夜空に咲く大輪の花火に見惚れる俺たち。
「綺麗だね……」
「ああ……」
その言葉を最後に、俺たちは花火が終わるまで目を奪われた。
絶え間なく打ち上る鮮やかな花火の数々。その美しさもさることながら、すぐ傍で打ち上げているから迫力が凄まじく、身体の芯まで響くような音圧に圧倒される。
幼い頃の記憶と変わらない光景を前に図らずも息を呑む。
あの日、一緒に見ることは叶わなかった花火。
気づけば瞬きも忘れて夜空を眺めていた。




