第45話 夏祭り
そして迎えた約束の日。
夏祭り当日の七月二十八日。
日が傾き始めた頃、俺は公園の入り口で悠香を待っていた。
お祭り会場のここは、猫まみれから歩いて十五分の場所にある親水公園。
広大な敷地には夏季限定で営業する複数のプールと、様々な遊具を取り揃えた中央広場があり、その奥にはステージを併設する芝生敷きの多目的広場と続いている。
すぐ隣に川が流れていて、子供の頃に水遊びをしていたのを思い出す。
春には満開の桜で埋め尽くされるお花見スポットでもあった。
「そろそろ来る頃かな……」
待ち合わせ時間の十七時まであと十分。
会場から流れてくる祭囃子を聞きながら悠香を待つ。
浴衣に身を包んだカップルや親子連れ、友達と来ている学生など、途切れることなく訪れるお祭り客の流れに目を向けていると、列の中に見慣れた姿を見かけた。
「凛久——!」
悠香は手を振りながら駆け寄ってくる。
「走ると危ないぞ」
「凛久の姿を見つけたら嬉しくなっちゃって」
悠香は『気を付けるね』と言いながら笑みを浮かべる。
息を整えると、珍しい物でも見るように瞳を輝かせた。
「凛久……今日は浴衣姿なんだね」
「前に悠香と掃除用品を買いに行った時、適当な格好で行ったのを申し訳なく思ってたんだ。悠香は浴衣で来ると思ったから、せっかくだし合わせようと思ってさ」
「いいね。すごく似合ってるよ!」
「あ、ありがとうな……」
さすがに面と向かって褒められるとくすぐったい。
「……私はどうかな?」
悠香はたおやかに一回転してみせる。
どうもなにも、あまりの美しさに会った瞬間から見惚れていた。
悠香が着ていたのは夏空を思わせる澄んだ青色を基調とした浴衣。
目の覚めるような鮮やかな青と彩とりどりの紫陽花をあしらった一枚は、落ち着いた雰囲気の中にもほどよく華やかさを残し、見る人の目を楽しませてくれる。
柄に合わせた紫陽花の髪留めには羽根を休めるアゲハ蝶の飾り。
始めて見る悠香の浴衣姿に目を奪われずにはいられない。
見ている俺の方が照れてしまうほど綺麗だった。
「……凛久?」
見惚れすぎて返事を忘れていたからだろう。
悠香は少し不安そうに俺の顔を覗き込む。
「もちろん、よく似合ってる」
「ふふっ……ありがとう」
悠香は頬を赤く染めながら照れくさそうに笑みを浮かべる。
これからが本番なのに恥ずかしさがピークに達しそう。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
さっそくメイン会場の多目的広場へ向かう。
すると想像以上に多くのお客さんで賑わっていた。
なにかのイベントを行っているらしくステージの前には多くの観客がいて、広場の端に軒を連ねる屋台の前には、家族連れを中心に多くのお客さんで溢れていた。
「花火の時間には早いのに人がたくさんいるね」
「ああ。時間が迫るにつれてもっと増えるだろうな」
少し不安を覚えていると不意に右手が温もりに包まれる。
視線を落とすと、悠香が俺の手をそっと握っていた。
「えっと……はぐれたら大変だなと思って」
「そうだな。しっかり掴まってろよ」
再会してから悠香と手を繋ぐ機会は何度かあった。
でも、今日の悠香はいつもより積極的な気がする。
「とりあえず順番に見て回ろう——」
「凛久、あれ見て!」
さっそくなにかを見つけたらしく声を上げる。
掲げる指の先に視線を向けると、そこには昔懐かしのお面屋さん。ゲームやアニメの人気キャラクターのお面が並ぶ中、悠香はとあるお面の前で足をとめた。
「これ、のりべんに似てない?」
手に取っていたのは白い口元と黒い頭をした猫のお面。
隣にはこんがりとした焼き色を彷彿とさせるお面も。
「こっちは、あげぱんにそっくりだな」
「お揃いで買っちゃう?」
「そうだな」
お面なんてお祭りが終われば邪魔なだけと思う人もいるだろう。
でも、こういうのはノリと勢いが大事。お祭りを全力で楽しむには『見たい食べたい遊びたい』は迷うことなく即行動。考えている間に売り切れるのがオチ。
迷わずお面を購入して被る俺たち。
「にゃうにゃう!」
のりべんの鳴き声を真似する悠香。
俺にもやれと言わんばかりに『にゃうにゃう』圧を掛けてくる。
「う……うにゃうにゃ?」
あげぱんの真似をすると悠香もにゃうにゃう猫語で会話。
高校生にもなって人前で猫の真似とか……傍から見たらバカップルがすぎる。
羞恥のあまり顔が熱くなるのを抑えきれない俺とは対照的に、悠香はとても楽しそう。八年越しの約束を果たしながら精神年齢まで八年前に戻ったような感じ。
悠香が満足そうだから我慢してうにゃうにゃしよう。
それから俺たちは会場を順番に見て回った。
会場が広いだけあって他のお祭りと比べても屋台は多い方。
かき氷やクレープにチョコバナナ、お好み焼きや焼きそばなど定番の食べ物の他、射的に金魚すくいに型抜きなど、昔ながらの古き良き屋台の数々が軒を連ねる。
そんな中、俺たちは失った時間を取り戻すように遊び回る。
たくさん食べて、あれこれ見て、遊び疲れたらベンチに座ってひと休み。
子供たちに交じって本気で楽しんでいる自分に驚かされるけど、たまには童心に返るのも悪くない。なにより楽しそうにしている悠香の姿を見られて嬉しい。
どれくらい時間を忘れて遊んでいただろう。
気づけば花火の時間が迫っていた。




