第44話 いつもの四人
「ごめんなさい」
夏休みを来週に控えた週末。
期末テストも無事に終えた七月中旬。
猫まみれの店内に頭を下げる悠香の姿があった。
「都合のいいことを言ってるのはわかってる。でも私、やっぱりみんなと一緒に猫まみれを再建したい。二人さえよければ、もう一度仲間に入れてください」
「「…………」」
夏鈴と莉乃さんは静かに口と閉ざす。
莉乃さんは夏鈴に判断を任せるつもりなんだろう。
一歩引いたところで向かい合う悠香と夏鈴を見守っていた。
「二度と抜けるなんて言わない。作業が遅れた分も頑張るから——」
「別に、頑張ってくれなくていいから」
夏鈴は悠香の話を遮るように言葉を被せる。
「そうだよね……今さら私の居場所なんて……」
「作業が遅れた分はみんなで協力すればいい。頑張りすぎて倒れられる方が迷惑だから頑張らないで。せいぜい無理せず、自分のペースでのんびりやれば?」
辛辣な物言いは夏鈴なりの優しさの裏返し。
「夏鈴……ありがとう」
「貸し一つだからね!」
そう言って夏鈴は照れ隠しのように背を向けた。
不器用な優しさを微笑ましく思いながら場を仕切る。
「今日から仕切り直しだな。来週から夏休みが始まるし、作業時間も多く取れるようになるだろうから、今月中には片付けを終わらせられるように頑張ろう」
全員揃うのは一ヶ月半振りだから残りの作業を再確認。
店内の片付けは終わり、庭も先日終わらせたから残すは物置小屋のみ。
みんなでやろうと言いたいところだけど、梅雨が明けて夏本番。今日は暑くなるから、悠香にはエアコンの効いている店内で一足先に掃除をお願いすることにした。
「私だけ涼しい場所で掃除とか申し訳ないな……」
「気持ちはわかるけど我慢してくれ」
さすがに夏場の物置小屋は灼熱だから作業をさせられない。
「わかった……キッチンの掃除をしたかったし我慢する」
なんでキッチンの掃除をしたかったかはさておき。
「じゃあ、さっそく作業を始めよう」
悠香をなだめて物置小屋へ向かった。
その後、俺は夏鈴と莉乃さんと三人で片付けを開始。
俺が物置小屋から物を運び出し、夏鈴と莉乃さんに仕分けをお願いする。
中には工具や家庭菜園用の小型の農機具、使わなくなった食器やグラス。その他にも古い玩具や絵本など、まさに物置という名の通り色々な物が出てくる。
三人で相談しながら片付けを続けること二時間ちょっと。
額に滲む汗をシャツの袖で拭っていた時だった。
「凛久——!」
不意に呼ばれて振り返ると、ペットボトルを手にしている悠香の姿。
「暑くなってきたでしょ? これ飲んで頑張って」
「ちょうど喉が渇いてきたところだったんだ」
「はい。夏鈴と莉乃さんも」
「ありがと」
「ありがとうございます」
俺たちはペットボトルを受け取り口を付ける。
思いのほか喉が渇いていたのか半分以上飲んでしまった。
「ありがとうな。生き返る感じだよ」
「暑いから無理しないでね」
「悠香こそ無理してないか?」
「うん。大丈夫」
真っすぐな瞳を見る限り本当だろう。
「大丈夫だからって調子に乗らないの。ダメだと思う前に休んでよね」
地面に腰を下ろしながらお茶を飲んでいた夏鈴が釘を指す。
口調は文句なのに言葉は心配しているのがツンデレすぎる。
「夏鈴の言う通り、疲れる前に休むのが大事だからな」
「そういうこと。悠香は涼しい場所で休んでなさい」
「はーい……」
心配してくれているとわかっていても少し不満そうな悠香。
店内には戻らず縁側に座り、つまらなそうに足をぶらぶらしている。
やっぱり一人で店内の掃除をさせるのは可哀想だったかも。
スマホで時間を確認すると十一時半を過ぎたところ。
「少し早いけどお昼休憩にしよう」
「仕方ないなぁ」
夏鈴も悠香の心中を察したんだろう。
「お昼はどうする? みんな持ってきてるのか?」
「それなら準備してあるから大丈夫!」
「「「準備してある?」」」
声を揃えて疑問を漏らしながら悠香に続いて店内へ。
すると、テーブルの上にたくさんの買い物袋が置いてあった。
「これは……?」
袋を開けて中を覗くと大量の食材が入っていて言葉を失くす俺たち。
旬の野菜にお肉に卵、他にも食用油や各種調味料など。今日にも猫まみれのランチタイムがオープンできそうなほどの量に、驚きを越えて軽く引く。
おまけに某猫が夢中になる猫缶も入っていた。
「やば……めっちゃ多くない?」
「どれも新鮮なものばかりですね」
「こんなに大量の食材、どうしたんだ?」
作業を始める前は置いてなかったはず。
「お母さんが持ってきてくれたの」
「悠香のお母さんが?」
「本当はみんなの分もお弁当を作るって言ってくれたの。でも、前に莉乃さんが料理を教えてくれるって言ってたでしょ? 冷蔵庫があるから保存もできるし、キッチンの掃除が済めばガスコンロも使えるって言ったら、後で食材を届けてくれるって」
「だからキッチンの掃除をしたかったって言ってたのか」
笑顔で頷く悠香を前に、嬉しさで胸が詰まりそうだった。
これは俺たちへの差し入れという意味だけじゃなく、母親が悠香を応援しよう思うようになってくれた気持ちの表れ——そう思うと嬉しくてたまらない。
「お母さんはもう帰ったのか?」
「うん。食材を置いてすぐ帰った」
「そうか……お礼を言いたかったんだけどな」
「気にしないで。たぶん照れくさかったんだと思う」
お礼は次に会う時まで取っておこう。
「そうと決まれば、さっそくみんなでお料理をしましょう」
こうして急遽開催される、莉乃先生による料理教室in猫まみれ。
これまた悠香の母親が用意してくれた猫柄のエプロンを着けてキッチンに並ぶ三人。俺はカウンター席に座り、みんなが作っている様子を見学させてもらうことに。
「参考までに、お二人の得意料理を教えてください」
「「えっと……」」
莉乃先生の質問に言葉を濁す二人。
「では悠香さんからどうぞ」
「えっと……ウインナーとか?」
「……ぷぷっ」
口を押えながら笑い声を漏らす夏鈴。
「ウインナーとか炒めるだけじゃん」
「そんなことない! タコさんにしたり塩を振ったりするから!」
「それで料理をした気になってるとかウケるんだけど♪」
バカにする夏鈴と言い返す悠香の問答が始まる。
「そこまで言うなら夏鈴は料理できるんだよね!?」
「もちろん。少なくとも悠香よりはね」
「得意料理を言ってみて!」
「め、目玉焼きとか……?」
「焼くだけじゃない!」
「はぁ!? 蓋もするしコショウも振るでしょ!」
こういうのをどんぐりの背比べって言うんだよな。
「まぁまぁ、そう争わずに仲良くしましょう」
困った様子で二人をなだめる莉乃先生。
さすがに見かねたのか、あげぱんとのりべん、わたあめも二人の間に割って入る。前の二匹は半分野良猫だからいつもいるけど、今日はわたあめもいるんだよね。
まさに猫の手を借りながら二人の仲裁をする莉乃先生。
すると、なにやら閃いた感じで手を打った。
「では、今から作るお料理で対決してみてはどうでしょう?」
名案とでも言うように提案するんだけど……さすがに火に油では?
まぁ好きにやらせておけばいいや思い我関せずお茶を飲む。
「もちろん、審査員はりっちゃんです」
「ぶはっ——ちょ、莉乃さん!?」
まさかの飛び火に飲みかけたお茶を全部噴き出した。
「そうね……悠香とは上毛かるたの引き分け以来、白黒つけなくちゃと思ってたの」
「私の方こそ、もう二度と邪魔する気が起きないくらいこてんぱんにしてあげる!」
久しぶりの一触即発の空気に頭を抱える。
まぁでも、これも日常と思えば悪くもない。
喧嘩するほど仲が良いってことにしておいてほしい。
ちなみにお料理対決の結果は……二人仲良く要努力ってことで。




