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第37話 悠香の嘘と、悠香への想い

「どうしてそう思うんだ?」

「悠香とは出会った頃から喧嘩してばっかりだし。ていうか、あたしが食ってかかる方が多いし……嫌な気持ちにさせてたよねって。抜けたくなっても仕方ないなって。もしそうなら謝らなくちゃいけないって思うんだけど、連絡しても返事がなくて……」


 夏鈴は瞳に涙をにじませながら声を震わせる。

 そんな夏鈴を慰めるように頬を舐めるあげぱん。

 ずっと一人で責任を感じていたのか……。


「夏鈴のせいじゃないから心配するな」

「りっくん……」


 俺は夏鈴の頭を撫でてやりながら続ける。

 幼い頃から菫さんが俺にしてくれていたように。


「確かに二人が衝突することは多かったけど、最近は頻度も減ってたし、むしろ仲良くしてたじゃないか。夏鈴だって悠香のことは嫌いじゃないんだろ?」

「もちろん。嫌いだったら悩んでないよ」

「それは悠香も同じだよ」

「ほんとにそう思う?」

「賭けてもいい」


 二人は衝突する理由がなければ親友にだってなれると思う。

 その理由である俺が言うのも変な話だけど、本心でそう思っている。


「じゃあ、なんで抜けるなんて言い出したの? この前も言ったけど、あたしには悠香の言葉が本心だとは思えない。どうでもいい人があんなに頑張れるはずないもん」

「たぶん、そうすることが俺たちのためだと思ってるんだろうな」

「あたしたちのため……?」


 思えば昔からそうだった。


「悠香は子供の頃、病気のこともあって今みたいに天真爛漫な女の子じゃなかった。大人しく穏やかで、言葉の通り裏表のない素直な女の子だった。純真無垢という言葉が相応しいほどに清らかで、幼心に両親から大切に育てられたんだろうなって思ったよ」


 母親を早くに亡くした俺にとって羨ましい限りだった。

 幼心に嫉妬を超えて憧れすら抱くほどに。


「子供なんてずるがしこいもんでさ、割と平気で嘘を吐く。悪いことをしても自分は無関係みたいな顔をして誤魔化すんだ。善し悪しの話はさておき子供なんてそんなもの」


 誰だって胸に手を当てれば心当たりの一つくらいはあるだろう。


「でも、悠香は一度も嘘を吐いたことがなかった」

「一度もって……ほんとに?」

「少なくとも俺の知る限りはな」


 それこそ嘘みたいな話だけど本当のこと。

 そんな悠香が初めて嘘を吐いたのは小学二年の春。


「久しぶりに友達と外で遊んだ時のことだった。自分の体調を気遣ってくれる大人を心配させまいと、本当は苦しいのに『大丈夫』と嘘を吐いて目を逸らしたんだ。それ以来、悠香に体調を尋ねても大丈夫以外の言葉が返ってくることはなかったよ」


 それは再会してからも同じ。

 相手を心配させたくないという理由で吐き始めた嘘。

 それでも、優しすぎる悠香にとって嘘を吐くのは辛かったに違いない。

 大切な人に安心してもらうには嘘を吐くしかなく、でも大切な人に嘘を吐きたくないという思いが交錯し、結果、罪悪感を覚えながら目を逸らすようになった。


 それが今回も嘘を吐いていると確信している理由。


「人は平気で嘘を吐く。その全てが悪いとは思わない。でも、自分の胸を痛めてまで嘘を貫くことができる人は多くない。俺は、悠香のそんなところが——」


 思っていたことを言葉にしすぎたせいかもしれない。

 気持ちが溢れそうになるのを必死に堪える。


「……好きだったんだね」


 そう——。

 俺は悠香の裏表のない性格に惹かれ、病気を患いながらも前向きに生きる強さに憧れ、人を疑うことを知らない無垢さを危うく思い、相手を想う心の美しさを愛しく思い——なにより自己犠牲的なまでの優しさが心配で、でも好きだった。


「気づいてたのか……?」


 ゆっくりと頷く夏鈴。


「初恋の女の子って感じ?」

「もう昔の話。終わった恋だよ」

「そっか……」


 夏鈴は目を伏せながら小さく呟く。

 その表情は頬を舐めるのりべんに隠れて見えなかった。


「つまり、悠香が嘘を吐いたのはあたしたちを心配させないため?」

「そうだと思う。まだ本人に聞けてはいないんだけどさ」

「同じクラスなんだよね? 口を聞いてくれない感じ?」

「視界にすら入れてもらえなくて困ったもんだよ」


 嘆息交じりに苦笑いを浮かべる。


「そっか……」


 すると夏鈴はなにやら考え込むようにあげぱんを撫でまわす。

 あまりにも一心不乱に撫でくり回すせいであげぱんも困惑気味。


「どうかしたのか?」

「あ、ううん。なんでもない」


 なんでもないって感じにはとても見えない。

 でも、その表情にはさっきまでの迷いはなかった。


「色々聞かせてくれてありがとう。ちょっと気持ちが落ち着いたかも」


 そう口にする通り、夏鈴の表情は来た時よりも晴れやかだった。

 まるで心の整理がついたように瞳は輝きを取り戻す。

 これならもう心配ないだろう。


「さて、そろそろ作業に戻るかな。夏鈴はどうする?」

「あたしは帰る。やらなくちゃいけないこともあるし」

「そうか。じゃあ、またな」

「うん。頑張ってね!」


 夏鈴はあげぱんを縁側に降ろすと笑顔で猫まみれを後にする。

 その姿を見送った後、俺は片付けを再開した。

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