第33話 悠香の母親
「なにかあれば呼んでくださいね」
「はい。ありがとうございました」
救急車が到着した後、俺は悠香に付き添い病院まで同行。
搬送されたのは県内でも一番大きな国立大学の付属病院だった。
悠香は普段からこの病院に通院しているらしく、すぐに見てもらえることに。
検査が終わると看護師さんに呼ばれ、家族じゃないから詳しくは教えてもらえなかったけど、心配しないと説明を受けながら病室に案内されて今に至る。
悠香はベッドの上で眠ったままだった。
「……俺のせいだ」
自己嫌悪のあまり吐き気がとまらない。
作業に夢中で悠香の体調を気にかけていなかった。
なにが『俺がフォローできるよう傍で作業をさせたかった』だ……これじゃあ、なんのために夏鈴に我慢してもらってまで悠香と作業をしていたかわからない。
「ん……」
「悠香——!」
「…………凛久?」
悠香は俺の名前をぽつりと呟く。
すると確認するように辺りを見渡した。
「ここは……病院?」
「ああ。なにがあったか覚えてるか?」
「そっか……私、倒れちゃったんだね」
悠香は瞳を閉じると気まずそうに溜め息を吐く。
その表情は隠し事がバレてしまった子供のようだった。
「もしかして……病気は完治してないのか?」
悠香が寝ている間、ずっと考えていたこと。
今にして思えば、そう思う心当たりはいくつかあった。
日帰り温泉施設に行った帰り、俺を追いかけてきた悠香が妙に息を切らしていたこと。買い出しに行った際、心配になるほど辛そうに坂道を上っていたこと。
芝桜公園の帰りに体力不足を口にしていたこともそう。
悠香は治ったと言っていたけど本当は——。
「病気が完治はしたのは本当なの」
悠香は首を横に振りながら俺の考えを否定した。
「ただ、身体が弱いのは相変わらずで……日常生活に問題はないんだけど、激しい運動や継続的に身体に負担が掛かるような活動は控えるように言われててね」
猫まみれの片付け作業や掃除は俺でもきつい場面が多々あった。
それだけじゃない……悠香はテスト期間中も一人で片付けをしてくれていた。夜じゃないと集中して勉強できないと言っていたし、睡眠不足もあったのかもしれない。
そうして蓄積した疲労が限界を超え倒れてしまったんだろう。
「大丈夫だと思ってたんだけど、少し無理しすぎたみたい」
そう言って笑顔を見せるのは俺を心配させないためだろう。
だけど笑みを浮かべることすら辛そうなのは明らかだった。
「俺のせいだ……悠香の体調に気づいていたのに無理をさせた」
「凛久は悪くない。ちゃんと話しておかなかった私がいけないの」
それでも責任を感じずにはいられない。
「本当にごめん——」
「——悠香!」
頭を下げようとした時だった。
謝罪の言葉を遮るように悠香を呼ぶ声が響く。
振り返ると、入り口には見覚えのある女性の姿があった。
「悠香、大丈夫——!?」
「お母さん、どうしてここに?」
「病院から連絡をもらったの。悠香が倒れて運ばれたって」
そう——悠香が呼んだ通り、この人は悠香の母親。
あの頃、猫まみれに迎えに来ていたから面識があった。
「心配かけてごめんね。少し無理しただけだから」
「そう……よかった」
母親は安堵に胸を撫でおろす。
隣にいる俺に気づくと深々と頭を下げた。
「あなたが悠香を介抱してくれたんですよね?」
「介抱といっても救急車に乗って一緒に来ただけです」
「そうですか。でも、一緒にいてくれてありがとうございます」
「そんな、お礼なんて……」
むしろ怒られて然るべきなのに。
「失礼ですが、お名前は?」
ああ、そうか……俺に気づいていないのか。
俺が悠香と再会した時に気づかなかったように、母親が気づかないのも当然だろう。むしろ八年ぶりの再会なのに、俺に気づいた悠香がすごいだけ。
「ご無沙汰しています。小学生の頃、悠香さんと一緒に猫まみれのお世話になっていた天崎凛久です。何度かお会いしたことがあるんですけど覚えていませんか?」
「天崎……凛久……?」
悠香の母親が俺の名前を呟いた直後だった。
穏やかな表情は一変、亀裂が入るように歪んだ。
「じゃあ……悠香が倒れたのはあなたのせい?」
その顔に明確な怒り色が滲み出す。
「また、あなたなの?」
——また?
「あの時だって、あなたのせいで悠香は——」
「お母さん。やめて!」
悠香の声が母親の言葉を遮る。
「凛久は悪くないの。私が無茶をしたから——」
「悠香は黙っていなさい!」
母親は悠香の言葉に耳を貸すことなく一蹴する。
あまりも剣幕すぎて言葉の意味を尋ねることすらできない。
「あなたがいなければ悠香が辛い思いをすることはなかった。ようやく病気が治って元気になったのに、今さらどの面を下げて悠香の前に現れたのよ。帰って……もう二度と悠香に関わらないで!」
向けられる怒りの激しさに動揺を超えて恐怖すら覚える。
母親が口にした『また』という言葉の意味すらわからない。
唯一わかっていることは、俺は母親に酷く嫌われているということ。
頭の中は疑問だらけだけど悠香が倒れたのは疑うべくもなく俺のせい。
「……すみませんでした」
今にも泣き出しそうな顔をしている悠香を前に謝ることしかできない。
病室を出ようとドアを開けと、目の前にスーツを着た男性の姿があった。
「——君は?」
状況的に悠香の父親が仕事を抜け出して駆けつけたんだろう。
俺は会釈をしながら横を通り過ぎ、病室を後にした。
病院からの帰り道。
俺は夏鈴と莉乃さん、そして菫さんにもメッセージで状況を報告した。
報告といってもわかることの方が少ないけど、大事には至っていないこと。両親が駆け付けたことを伝えると三人とも安心した様子だった。
ただ……母親が俺に対して怒りを露わにしたことは言えなかった。
俺自身が『また』という言葉の意味を理解していないこともあるけど、悠香が倒れて少なからず動揺している三人に余計な心配をさせたくなかったから。
ひとまず明日の活動は休みにして詳しいことは来週末。
今はただ、悠香のことが心配で仕方がなかった。




