第32話 救急搬送
「そろそろお昼にしようか」
「うん。私もお腹が空いてきたところ」
物置小屋を片付けている夏鈴と莉乃さんにも声を掛ける。
「みんな、お昼は持ってきたのか?」
「私はお弁当屋さんに買いに行くつもり」
「あたしもコンビニで買えばいいかなって」
俺も悠香と夏鈴と同じく買いに行くつもりで持ってきていない。
「それなら俺が、みんなの分もまとめて——」
「それには及びません」
買ってくると言い掛けると、莉乃さんが言葉を被せて俺をとめる。
すると持参した大きめのバッグの中から重箱と水筒を取り出した。
「みなさんの分も作ってきたので一緒に食べましょう」
「「「いいんですか!?」」」
思わず歓喜の声が重なる。
莉乃さんは優しく微笑みながら頷いた。
「今日は天気がいいので縁側に座って食べましょう」
みんな猫柄のマグカップを手に縁側に移動すると四人並んで腰を掛ける。
莉乃さんはランチパックからおにぎりを取り出して俺たちに配ると、おかずの入った重箱を一つずつ、俺と悠香、夏鈴と莉乃さんでシェアするように間に並べた。
「「「おおお……!」」」
蓋を開けた瞬間、思わず感嘆の声が漏れる。
中には美味しそうなおかずが敷き詰められていた。
「さあ、どうぞ」
「「「いただきます!」」」
みんな頑張って作業をしたからお腹が空いていたんだろう。
おにぎりの包みをはがすと悠香と夏鈴が揃ってかぶりつく。
「んんん~♪」
もぐもぐしながら足をパタつかせて訴える夏鈴。
感情表現が豊かすぎて動きで美味しさが伝わってくる。
「おにぎりの具に卵って意外だけど、めっちゃ甘くて美味しい♪」
「こっちは海苔の佃煮と塩昆布。私好みですごく美味しいです!」
「ありがとうございます。はい、お茶もどうぞ」
莉乃さんはマグカップにお茶を注いで二人に渡す。
さて、俺のおにぎりにはなにが入っているんだろう。
期待しながらかぶりついた瞬間、食べ慣れた味が口の中に広がった。
「この旨味の強い肉汁と酸味のある調味料は……唐揚げマヨですか?」
「りっちゃんは昔から、唐揚げのおにぎりが大好きでしたよね」
「覚えていてくれたんですね……」
当時、莉乃さんが猫まみれのお手伝いをしていた頃。
ランチタイムを過ぎてご飯が余っていると、よく莉乃さんが子供たちにおにぎりを作ってくれていた。しかも一人一人のリクエストに応えて好きな具材を使って。
俺の好みを覚えてくれていたことに感動を覚えずにはいられない。
あの頃と変わらない懐かしい味にぺろりと平らげる。
「でも不思議ですね……俺、唐揚げが好きで色々食べてきましたけど、莉乃さんの作るおにぎりの唐揚げが一番美味しい気がします。なにか秘訣があるんですか?」
「はい。もちろんです」
莉乃さんは当然のように言い切る。
期待を込めて答えを待っていると。
「一番の秘訣は愛情です」
「愛情……」
予想外の一言に思わず顔が暑くなる。
でも、それは料理において定番の答えでもある。
「りっちゃんが美味しいと言ってくれる姿を想像しながら、一つ一つ愛情を込めて作りました。唐揚げの下味や浸け置く時間、マヨネーズの種類はもちろん、お米を炊き上げる固さから握る強さまで、りっちゃんの好みを考えて作ったんです」
いやいや、そこまで細かな好みなんて自分でも知らないんだけど。
なんだろう……料理は愛情という言葉の意味を初めて理解した気がする。
それは単に想いを込めるということではなく、美味しく食べてもらおうと思えばこそ妥協することなく、好みの味に近づくように一つ一つの作業に拘り丁寧に作る。
なんだか無性に照れくさくて返す言葉に困ってしまった。
でも、たぶんこれが正しい返事だと思う。
「もう一つ貰ってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
おにぎりを受け取り、今度はしっかり味わいながら食べる。
うん……作ってくれた人の想いを知るとさらに美味しい。
「やっぱり莉乃さんのおにぎりが一番です」
「うふふっ。ありがとうございます」
そんな俺と莉乃さんを若干不満そうに見つめる悠香と夏鈴。
「もちろん、悠香さんと夏鈴にも愛情を込めて作りました」
「「え……?」」
二人は毒気を抜かれたように目を丸くする。
「お二人の好みはわかりませんけど、今まで食べていたものを参考にしました。のり弁が好きな悠香さんには、海苔の佃煮と塩昆布を。甘い物に目がない夏鈴さんには、砂糖をたくさん入れた卵焼きを。おにぎりの塩気で甘みが引き立つんですよ」
「「…………」」
びっくりした様子でおにぎりを見つめる悠香と夏鈴。
自分にも愛情が込められていたと知れば驚いて当然だよな
「もう一つ食べていいですか?」
「あたしもお代わりください!」
「もちろん。たくさん食べてくださいね」
莉乃さんお手製のおにぎりに舌鼓を打つ俺たち。
おにぎりの具材もおにぎりごとに違うから軽く宝探しをしている気分。
おかずも美味しく、ウインナーにアスパラベーコン。ポテトサラダにお漬物など、栄養が偏らないように野菜も豊富な上に、デザートの果物も敷き詰められている。
彩り豊かなおかずが並び視覚的にも食欲をそそられる。
特に感動していたのは夏鈴だった。
「莉乃さんって、ほんとに料理が上手ですよね」
「そう言ってもらえると早起きした甲斐があります」
「あたし、料理は食べる専門で作るのは苦手だから羨ましいです」
夏鈴は苦笑いを浮かべながらプチトマトを口に運ぶ。
「私でよければ教えましょうか?」
「ほんとですか!?」
めちゃくちゃ前のめりに声を上げる夏鈴。
「猫まみれのキッチンの掃除が終われば、ここでお料理もできるでしょう。そうすれば今日のように集まる際、一緒に作りながら教えてあげられると思います」
「片付けが終わったら最初にキッチンの掃除をしよ!」
「夏鈴だけずるい。私も教えてほしいです!」
「もちろん、ぜひ悠香さんもご一緒に」
みんなで料理をしながら活動か。
それも悪くないと思った。
その後、料理談議に花を咲かせながら昼食をいただく。
これはどうやって作るのか、味付けはどうしているのかなどなど。
悠香と夏鈴と莉乃さんは普通の友達のようにガールズトークで盛り上がる。
元々面識はなく、猫まみれの再建という目的のために始まった関係だけど、一緒に過ごす時間が増えるにつれて友達と呼べるほどに仲良くなっている。
最初はどうなることかと思っていただけにひと安心。
これならきっと再建活動も上手くいく。
心からそう思っていた。
昼食後、少しの食休みを挟んで作業再開。
「いくら片付けても終わりが見えないな……」
溜め息交じりに見つめる先には落ち葉の入ったゴミ袋の山。
まだ三分の一も終わっていないのに十袋近くある。
「でも着実に進んでるよ。もう少し頑張ろ!」
「そうだな」
こういう時、悠香の前向きさに励まされる。
悠香も大変なのに不満の一つも言わないのは素直に尊敬する。
俺も愚痴を吐いてないで頑張ろうと思うものの、午後になり日が高くなると気温が上がって結構きつい。ただでさえ過酷な作業なのに暑さで徐々に体力を奪われる。
しっかり水分を取らないと夏には早いけど熱中症になりかねない。
「悠香。きつかったら日陰で休んでいいからな」
「うん。ありがとう」
こまめに水分を取りながら続けていた時だった。
不意に倒れるような鈍い音が辺りに響いた。
「ん——?」
振り返った瞬間、目にした光景に息がとまる。
そこには力なく地面に伏せている悠香の姿があった。
「悠香——!」
すぐさま悠香に駆け寄って抱き上げる。
見るからに顔色が悪く辛そうな表情をしていた。
「悠香、大丈夫か。聞こえるか!」
「うん……大丈夫……」
誰がどう見たって大丈夫じゃない。
悠香は絞り出すように答えると意識を失った。
「りっちゃん、どうかしましたか——?」
「急いで救急車を呼んでください!」
「え——は、はいっ!」
莉乃さんに手配を頼み悠香に声を掛け続ける。
「悠香、しっかりしろ!」
だけど返事は帰ってこない。
救急車が到着するまでの時間。
まるで永遠のように長く感じていた。




