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第30話 デートした感想

「それで、昔の女たちとデートをした感想は?」

「テストの出来を聞かれるのかと思ったら……その話ですか」


 中間テスト最終日の放課後。

 俺は菫さんから話があると屋上に呼び出されていた。

 屋上と聞いた時点で連れタバコだろうなとは思っていたけど……タバコのついでかタバコがついでかはさておき、独りで吸うのが寂しいんだろうか?

 教師なんだから未成年をタバコに誘わないでほしい。


「ていうか、なんで菫さんがデート……出掛けたのを知ってるんですか?」

「私が猫まみれで何年アルバイトをしていたと思っている。今も地元の方々と繋がりがあって当然だ。貸し切り風呂でイチャコラしていたことも、芝桜公園で手を繋いで散歩をしていたことも、猫の集会に参加したことも知っている。ちなみに図書館の司書は私の友達、夏鈴と公然わいせつよろしくちゅっちゅしていたのも聞いている」

「さすがにちゅっちゅはしてませんよ!」


 あの毒舌司書が菫さんの同級生なのは驚きだけど話を盛りすぎ。


「いやはや、あれだけの美少女を三人も侍らしているなんて羨ましい限りだ。こっちは先日、いよいよ元彼にメッセージアプリをブロックされたというのに」

「……一応聞きますけど、なにがあったんですか?」

「こちらに未練があると思っているからだろう……自分から振ったくせに、浮気女と喧嘩したら『やっぱり俺には菫しかいない』なんて思わせぶりな言葉で誘ってくる。下心も下半身も丸出しなのが見え見えだから断ったらブロックされたんだ!」

「う、うーん……」

「しかも一度や二度じゃない……前なんて会いに行こうと高級ホテルを取ったら、当日になって『仲直りしたから会えない』とかほざいてドタキャンされたんだ! なにがホテルは代わりにキャンセルしておくだ……浮気女と泊まってよろしくしたくせに。その証拠に私のカードで事前決済しておいたホテル代は全額請求された。私と泊まるはずだったホテルをラブホ代わりに使って……むしろブロックしてやりたいのはこちらの方だ!」


 菫さんは『でも、ブロックできないんだ……』と泣き崩れた。


 なるほど、これが惚れた弱みというやつらしい。

 なんかもう……あまりにも悲惨すぎて目も当てられない。

 それにしても、菫さんも大概アレだけど相手の男もガチでクズだと思う。

 むしろ菫さんを昔から知る身としては別れてくれて良かったと思う。ていうか、俺の恩人をこんなにした元彼には機会があれば一言物申してやりたいくらい。

 相手が菫さんじゃなくても同じ男として許せない。


「そう落ち込まないでください。そんな男と別れて正解ですよ」

「なぁ凛久……私はどうしたら結婚できると思う?」

「えっとぉ……」


 瞳に涙を浮かべながら縋るように見つめてくる菫さん。

 どんどん本題から離れていくし、菫さんと話していると毎度話が脱線するのが困りものだけど、さすがに放っておくのは可哀想だからフォローしてあげたい。

 捨てられた子犬みたいな目をされたら放っておけない。


「とりあえず、俺に意見を求める理由を聞いてもいいですか?」

「誰もが羨む美少女を三人まとめて虜にする凛久に、男としての率直な意見を聞かせてほしい。最近マッチングアプリに登録したから参考にしようと思う」


 さっきの侍らしている言い草といい虜にしているつもりはない。

 ていうか、マッチングアプリこそヤリ目の男たちの巣窟だと思うけど、本人なりに元彼と決別して前に進もうとしている努力を否定するのも忍びない。


「そうですね」


 なるべく言葉を選んで答えようと心がける。


「菫さんは昔から面倒見がいいですよね。今だって俺を心配すればこそ話を聞いてくれているわけですし。だから、年上女性の包容力に癒されたい年下男性には需要があると思います。逆に可愛らしい年下女性が好きなタイプとは相性が悪いでしょうね。次にお付き合いする人は、菫さんの姉さん女房的な良さを理解してくれる人がいいと思います」

「なるほど……さすが私と付き合いが長いだけあるな」


 菫さんは感動した様子で瞳を輝かせた。

 そんなに褒められると少し照れる。


「もしや、私の一番の理解者は凛久なのでは?」

「えっ……?」


 ホラーよろしく背筋が凍るようなことを言い出す菫さん。

 なにやら頬を赤らめているのは気のせいだと思いたい。

 いや、どうか全力で気のせいであってくれ。


「以前も親身に話を聞いてくれたし慰めてもくれた……」


 そんな願いも空しく、菫さんは恋する乙女みたいな瞳を浮かべる。


「うむ。そうに違いない——女に生まれて二十三年、これほど自分のことを理解してくれている男に出会ったことはない。なぁ凛久、いっそ私と付き合わないか!?」

「いや、さすがにそれは——」

「なにも今すぐにとは言わない。凛久が三人の誰とも結ばれなかった時の最後の選択肢に私を加えてほしい。その時は失恋した者同士、傷を舐め合おうじゃないか!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 あとずさる俺と逃がすまいと迫りくる菫さん。

 昇降口の壁に背をぶつけると手をついて行く手を阻む。

 まさに壁ドン状態で口説かれる俺。


「生徒に手を出したら教育委員会が黙ってないと思います」

「安心しろ。こう見えて私は仕事よりも愛を取る女だ」

「それは安心しちゃいけない気がします!」

「凛久が望むならタバコもやめよう」

「それは俺に関係なくやめた方がいいです」

「こう見えて私は尽くすタイプだぞ」


 まさか余計な恋愛フラグが立つとは思わない。

 このままだと本当に口説き落とされてしまいそう。


「なんて、半分は冗談だから安心しろ」


 ……半分は本気だから全く安心できません。

 なんて言ったら話が終わらないから黙っておく。


「それで、実のところ三人とはどうなんだ?」

「たぶん……菫さんが言っていた通りなんだと思います」


 つまり、俺と三人で過ごした時間の意味が違った。


 俺にとっては失恋を思い出にしようとした時間。

 未練はなくとも告白できなかったことを後悔していた数年間。

 それが三人にとって違ったのは、これまでの態度からも明らか。どう違ったのかはわからないけど、俺とは対照的にポジティブな気持ちで過ごしていたんだろう。

 そうじゃなければ三人の態度と距離感の近さは説明がつかない。

 鈍感な振りをするつもりはないけど。


「わからないんです……あんな別れ方をしたのになって」

「本人たちに理由を聞く勇気はないといったところか」

「…………」


 図星すぎて返す言葉が見つからない

 知りたいと思う反面、怖いとも思う自分がいる。


「そう暗い顔をするな」


 菫さんは俺の頭に手を載せて優しく撫でてくれた。

 子供の頃、なにかあると頭を撫でくれていたことを思い出す。

 悠香や夏鈴が知らない間に引っ越していたことを知って落ち込んでいた時。莉乃さんから拒絶された理由がわからず独り隠れて泣いていた時もそう。

 こうして俺を抱き寄せながら頭を撫でてくれた。


「いずれ向き合う時がくる。平成のポップスターはこう歌った——『もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対』と。恋を諦めるにはいささか早い。恋愛以外の青春を謳歌するのも悪くないが、叶わなかった恋の答え合わせをしてからでも遅くはない」

 菫さんは『今度は後悔のないようにな』と言って屋上を後にした。


「もう恋なんてしない……か」


 菫さんの言う通り恋を諦めるのは早いのかもしれない。

 でも、その先のフレーズを口にする気にはなれなかった。


 もう終わったこと——そう割り切ったのに、まるで恋の続きが始まるかのように再会を果たした俺たち。この気持ちは失恋した理由を知れば晴れるんだろうか?


 もう初夏なのに頬を撫でる風が妙に冷たく感じた。

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