第21話 悠香とデート①
掃除用品の買い出し当日、土曜日の午前中。
俺は悠香と猫まみれの近くにあるホームセンターで待ち合わせをしていた。
全国展開をしているこのホームセンターは特に地方に力を入れていて、田舎に行くほどコンビニはなくても、このホームセンターはあるという田舎住まいの強い味方。
あとは食品を扱うようになってくれたら完璧なんだけど。
「凛久——!」
なんて無理なお願いをしていると、俺を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
すると視線の先、手を振りながら駆け寄ってくる悠香の姿が目に留まった。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
「まだ約束の時間前だから気にすることはないんだけど……」
悠香の姿を間近で見た瞬間、あまりの可愛らしさに言葉を失くす。
ふわりと広がるフレアスリーブのブラウスにロングスカートのコーディネート。
大人可愛い着合わせと、いつもより落ち着いた印象のメイク。ブラウン系のアイシャドウが普段の天真爛漫な印象とは対照的に大人びた雰囲気を漂わせている。
まさかのギャップに見惚れずにはいられない。
「どうかした?」
「なんていうか、いつもと雰囲気が違うと思ってさ」
「それは喜んでいい意味かな?」
「ああ、なんていうか……大人っぽくて驚いたよ」
女の子を褒め慣れていないから気の利いた台詞の一つも言えやしない。
少し照れながら感想を伝えると、悠香も照れくさそうな笑みを浮かべながらくるりと一回転。遠心力でロングスカートの裾が危うい高さまでふわりと浮かぶ。
「そう言ってもらえると頑張って準備した甲斐があるな」
「まるで今からデートでもするみたいな言い方だな」
なんて、照れ隠しのつもりで冗談っぽく言うと。
「え……」
悠香は顔を赤くしながら言葉を詰まらせた。
「そ、そのつもりで来たけど……改まって言われると照れるね」
「なっ……」
瞬間、今度は俺の顔が赤くなるのを自覚する。
マジか……まさか本気でデートのつもりだとは思わない。
「「…………」」
不意に漂う甘い空気に揃って俯く俺たち。
「……掃除用具を買いに来るデートとか雰囲気の欠片もなくて悪いな」
「そ、そんなことないよ。お買い物だって立派なデートだもん!」
そこまで言われたら意識せずにはいられない。
適当な格好で来たのが申し訳なくなった。
「さっそく見てみよう」
「うん!」
今度二人で出掛ける時はもう少しお洒落をしよう。
そんな反省しながら悠香と並んでホームセンターの中へ入る。
土曜日の午前中なだけあって店内は多くの買い物客の姿で賑わっていた。
入って左側にはレジが並び、その奥には園芸用品とDIY用品と続き、中央には工具や電化製品。右側に掃除用品、右奥には木材などの資材コーナーになっていた。
カートにカゴを乗せ、まずは掃除用品コーナーから見て回る。
「こうして見ると、掃除用品ってたくさんあるんだね」
「一概に掃除といっても場所によって使い分けが必要だからな。同じ汚れ落としでもお風呂用とトイレ用は別だし、床だってフローリング用とキッチン用で別だし」
もちろん共通で使える洗剤もあるけど強力な物ほど別な場合が多い。
流用する場合は使用不可の場所と併用不可の洗剤だけは要確認。
「凛久って詳しいんだね。もしかしてお掃除好き?」
「嫌いじゃないけど、スマホで調べておいたんだ」
そう返しながらスマホを片手にメモアプリを開く。
メモしておいた内容をメッセージアプリで悠香に送信。
「事前に必要な物はピックアップしておいたけど、他にもあった方がいいと思う物があれば買っておこう。多めに用意しておいて損はないからな」
「うん。でもリストを見た感じ……結構お金が掛かりそうだね」
「お金なら俺が出すから心配ならしなくていい。子供の頃から使い道のなかった小遣いやお年玉がある。掃除用品を買うくらいなんてことないから大丈夫だ」
「私にも出させて」
バッグから財布を出そうとする悠香の手をとめる。
「気持ちは嬉しいけど、今日のところは俺が出すよ。先々なにかとお金が掛かることもあるだろうし、その時は遠慮なく相談させてもらうからさ」
「わかった。でも足りなかったら言ってね」
「ああ。ありがとうな」
俺たちは手分けしてメモにある物を探してカゴに入れていく。
まずはキッチン周りの洗剤や漂白剤、それとスポンジやたわしも。
箒や塵取りの他にも高いところの埃を取るためのハンディモップや、窓の拭き掃除に使うガラスクリーナー。雑巾やダスターは多めにあって困ることはないだろう。
ひと通り必要な物を揃えた後、俺たちは園芸用品コーナーへ。
「お掃除用品を買いに来たのに園芸用品を見るの?」
「正確には庭の手入れに必要な道具だな」
「確かに必要だよね……」
悠香が言葉を濁したのは庭の状況を思い浮かべたからだろう。
いや、状況というよりも惨状といった方が伝わりやすいと思う。
新緑の季節ということもあり、庭を埋め尽くすほどに雑草が伸び放題。植えてある庭木も二年間放置されていたせいで枝が伸び、隅には落ち葉も溜まっている。
「掃除は室内よりも庭の方が大変そうだね」
「そうなんだよな。庭一面が芝生だから除草剤を巻くわけにはいかないし、掃除を始める夏頃にはさらに伸びてそうだし……木の枝も剪定しないといけないからな」
ふと、おじいちゃんが庭の草むしりをしていた姿を思い出す。
今にして思えば、よく二人で管理できていたよな。
「とはいえ、今日のところは見るだけだけどな」
すでにカートに乗せたカゴは二つとも山盛り。
さすがに二人で持って帰れなくなる。
「また買いに来ればいいよね」
「そうだな」
その後、俺たちは時間も忘れて店内を散策した。
こうして色々相談しながら楽しく買い物をしていると思う。
悠香の言う通り、買い物も異性と一緒なら立派なデートかもしれない。
一人ではなんてことのない買い物も女の子と一緒だと楽しくて、共通の話題について話しながら過ごす時間は二人の距離を少しずつ、でも確実に近づけてくれる。
こんな風に悠香と過ごせる日が来るなんて思わなかった。
そんなことを考えていると、俺たちを見つめる主婦の姿が目に留まる。
なにやら微笑ましそうな表情をしているなと思ったら。
「一緒に日用品を買いに来るなんて仲が良いわね」
「今日から同棲を始めるカップルだったりして」
「あらあら。今夜はお楽しみね♡」
「うちはレスなのに……(怒)」
……さすがに気まずい。
特に最後のコメントは別の意味で気まずい。
聞かなかったことにしようと思ったんだけど。
「……同棲?」
悠香の耳にも届いていたらしい。
棚に手を伸ばしたまま頬を赤くして固まっていた。
「さすがに同棲はないよな……ははっ」
空気を和ませようと笑って誤魔化したんだけど。
「う、うん。せめて大学生になってからだよね!」
まさかの返事に浮かべていた笑みが引きつった。
「えっと……年齢的に早いって話じゃなくてさ」
「え? 凛久は高校生でもありな感じ……?」
いやいや、なんでそうなる?
もしこの場に菫さんがいたら、きっとこう言っていたに違いない。
アニソン界の大型新人にして、今年でデビュー四十五周年を迎えたラブソングの帝王はこう歌った——『違う、そうじゃない』と。
意外と『こう歌った構文』の使い勝手がいいのはさておき。
「なんで同棲する前提の話になってるんだ?」
「あっ……」
悠香は頬どころか耳まで真っ赤にして茹でダコ状態。
そんなやり取りを見ていた主婦たちは小声で続ける。
「あの感じだと付き合ってないんじゃない?」
「友達以上、恋人未満ってところかしら」
「あらあら。今が一番楽しい時期ね♪」
「童貞ざまぁ!(喜)」
最後の人の情緒が不安定すぎてちょっと心配。
それはさておき、お願いだからそっとしておいてほしい。
悠香はやかんよろしく頭から湯気が出る勢いで羞恥の極み。
「必要な物も揃ったし、このくらいにしておくか」
「そ、そうだね……もう充分だよね」
こうして主婦たちから逃げるようにレジへ向かった。




