第20話 帰り道
「いい湯だったねー♪」
日帰り温泉施設を出ると、すでに辺りは暗かった。
「莉乃さんは歩いて帰れる距離だけど、夏鈴と悠香はどうやって帰るんだ?」
ていうか、そもそも二人が住んでいる場所を知らない。
いい機会だからついでに尋ねてみると。
「あたしは花崎問屋町駅の近く。帰ってきた時、花女に近いマンションを借りたんだ。今日は自転車できたんだけど、猫まみれに置いてあるから取りに戻る感じ」
「花崎問屋町か……結構遠いな」
たぶん自転車で三十分は掛かるはず。
「私は北花崎駅近くの住宅街。お母さんに電話して迎えに来てもらうつもり」
「そっか。じゃあ、みんな気を付けてな」
みんなに別れを告げて日帰り温泉施設を後にする。
夜道を歩きながら最寄りのバス停に向かっていると。
「凛久——!」
不意に俺を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
すると暗闇の中を走ってくる悠香の姿があった。
「よかった……追いついた……!」
悠香は立ちどまると胸に手を当てながら深呼吸を繰り返す。
走ってきたとはえ妙に苦しそうに息を切らしていた。
「大丈夫か?」
「うん……急いで走ってきたから息が上がっただけ」
悠香は視線を逸らしながら息を整える。
心配になって背中を軽くさすってあげた。
「ありがとう。もう大丈夫」
「迎えに来てもらうんじゃなかったのか?」
悠香は悪戯っぽい笑みを浮かべながら舌を出す。
「本当は凛久と一緒にバスで帰りたかったんだけど、それを言うと夏鈴がうるさいと思って……ごめんね。それにほら、買い出しの相談をしたかったのもあるし!」
悠香は照れ隠しのように買い出しの話題を取って付ける。
そんなガチ目の照れ顔を向けられると俺の方まで恥ずかしくなる。
「夏鈴も悪気があるわけじゃないんだ。あまり邪険にしないでやってくれ」
「夏鈴のことが嫌いなわけじゃないから安心して。明るくて行動力もあるし、普通に良い子だと思ってる。ただ、それとこれとは話が別ってだけだから」
それとこれがなにを意味しているかはあえて聞かないでおく。
今さら鈍感ぶるつもりはないけど当事者としては触れづらい。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
俺は車道側を、夏鈴の歩幅に合わせてゆっくり歩く。
まだ夏には早いのに頬を撫でる風が妙に暖かく感じるのは、温泉に入って身体が火照っているからか、それとも昔好きだった女の子の想いに当てられたからか。
胸の奥がうずくような感覚を覚える。
「こうして歩いてると子供の頃を思い出すね」
「そうだな。よく一緒に歩いて帰ってたよな」
当時、悠香は病気のこともあり母親が仕事帰りに迎えに来ていたんだけど、残業で遅くなる時は一人で歩いて帰ることもあり、俺は悠香を家まで送ってあげていた。
こうして並んで歩く空気感は八年経った今も変わらない。
「一つ……聞いてもいい?」
悠香はポツリと呟く。
「ああ。なにを聞きたいんだ?」
「夏鈴と莉乃さんとの関係について」
「えっ——」
思わず漏れた声が裏返る。
まさかの質問に背中に冷や汗が滲んだ。
「えっと……関係もなにも、前に紹介した通りだよ。悠香が引っ越した後、猫まみれで出会った女の子たち。猫まみれに通っていた仲の良い友達の一人ってだけさ」
最初に言葉を濁した時点でなにを言っても後の祭り。
我ながら苦しい言い訳だとはわかっていた。
「ふーん。なるほど」
女の勘は恐ろしい……。
悠香は察した様子で目を細める。
「凛久が好きだった女の子ってことね」
「うぐっ……」
ノーコメントすら貫けずに喉の奥から変な声が漏れる。
もはや隠すことに意味はなく、むしろ無言は肯定と同義だった。
「凛久って昔からわかりやすいよね」
悠香はからかうように笑ってみせる。
「でも、凛久が二人を好きになるのもわかる気がする。子供の頃の二人がどんな女の子だったのかは知らないけど、きっと魅力的だったんだろうなって想像がつくし」
「まぁ、なんていうか……子供の頃の話だよ」
「そう思ってるのは凛久だけかもよ?」
「まさか——」
そんなわけないだろう。
そう言い掛けて、ふと菫さんが口にしていたワンフレーズが頭をよぎる。
壊れるほど愛しても三分の一も伝わらない——相手の気持ちなんて恋人同士ですらわからないのに、何年も疎遠だった俺たちが相手の気持ちを察するなんて無理な話。
二人の想いを知らない俺が悠香の言葉を否定することはできない。
それは二人に限った話じゃなく悠香にも同じことが言える。
「まぁ、それならそれでいいんだけどね」
「えっと……どういう意味だ?」
「どういう意味だと思う?」
悠香は思わせぶりな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
返す言葉が見つからずにいる中、ほどなくして到着したバスに乗り込む俺たち。
バスを降りるまでの間、もう悠香が夏鈴と莉乃さんの話題に触れることはなく、週末の買い出しについて相談しながら帰路に就く。
本当、女の子ってなにを考えているのかわからないよな。




