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第11話 再会した感想

 週明け、月曜日の放課後。

 俺は菫さんと一緒に屋上に足を運んでいた。


「それで、かつて好きだった女たちと再会した感想は?」

「その前に、こんなところでタバコを吸っていいんですか?」


 指摘した通り、菫さんは電子タバコをふかしていた。


「ダメに決まっているだろう。今のご時世、どこもかしこも禁煙ばかりで職員室も例外じゃない。屋外でバレずに吸える場所といえば立ち入り禁止の屋上くらいだ」


 とても教師とは思えない台詞に溜め息が漏れた。


「ていうか、菫さんタバコ吸うんですね」


 俺が引っ越した当時、菫さんは二十歳だった。

 あの頃はまだ吸ってなかったと思うけど。


「元カレの影響で吸い始めたんだ」

「あぁ……」


 聞いたのを後悔した頃には時すでに遅し。

 菫さんは感傷に浸るように空を見上げて語り出す。


「あいつと付き合い始めた当初、なんでも一緒がよかったんだ。お揃いのアクセサリーを着け、お揃いの服を着て……あいつが吸っているという理由で同じ銘柄のタバコを吸い始めた。会えない時もタバコを吸っている時だけは一緒にいられるような気がしてな」


 これだけ聞けば誰もが菫さんのことを一途な女性だと思うはず。

 ところがどっこい、思い出を語り終えると態度は一変。

 まるで般若の如く怒髪天を衝く勢いで表情を歪めた。


「それなのに、あいつは浮気がバレた直後に銘柄を変えたんだ。社会人になった途端

 に女もタバコも取り換えるなんて酷いじゃないか……凛久もそう思うだろう!?」


 まさかタバコが地雷だなんて思わない。

 マジで面倒くさいけど仕方がない。


「まぁまぁ、そう泣かないでください」


 俺も失恋の辛さは理解できるから無下にもできない。

 菫さんが落ち着くまで背中をさすってあげながら話に耳を傾ける。こういう時は解決しようとせず、ただ女性の話を聞いてあげることが大切だってなにかで読んだ。

 女心って難しいよな。


「すまない……少々取り乱したな」

「いえ、俺も昔は恋愛相談に乗ってもらってましたから」

「人の優しさに触れるのはいつ以来だろう……凛久は優しいな」


 そう語る瞳が恋する乙女っぽいのは気のせいだろう。

 菫さんが落ち着いたタイミングでしれっと話を戻す。


「悠香や夏鈴たちの件、菫さんは全部知ってたんですよね?」

「さすがに全部じゃないさ。まさか夏鈴が花女に通っているとは思わなかったよ。まぁ猫まみれに一色を名乗る金髪ギャルが出入りしているとは聞いていたがな」


 それは全部と言って差し支えないのでは?

 それはさて置き、菫さんは俺が小学二年生の頃から猫まみれで働いていた。

 当然、悠香や夏鈴や莉乃さんのことを知っているし、三人も菫さんを知っている。そして俺が三人と仲良くしていたこと——つまり恋をしていたことも知っている。

 なんなら当時、俺は菫さんに恋愛相談をしていたくらい。


「どうして黙っていたんですか?」

「黙っていたとは心外だな。少なくも悠香の件はヒントをくれてやったはずだ」

「ヒントって、まさか俺が驚くのをわかっていて言葉を濁したんですか?」

「もちろん。生徒の失恋話を聞くのは教師の醍醐味だからな!」

「それが教師の言う台詞ですか!」

「ホームルームで見た凛久の顔は傑作だったぞ。驚きと困惑と焦りと気まずさと、おおよそマイナスといえる感情の全てをごちゃ混ぜにしたような表情だった」


 菫さんは満足そうな笑みを浮かべて電子タバコをふかす。

 いくら自分が男に振られたからって酷すぎない?

 むしろ仲間意識の一つも持ってほしい。


「とはいえ、意地悪をしたいだけで黙っていたわけじゃない」


 菫さんは一転して真面目なトーンで言葉を続ける。


「時にはあえて言わない方がいいこともある」

「確かに……結果的にですけど、教えてもらわなくて良かったと思ってます。もし事前に知らされていたら、俺は三人と距離を取っていたはずです。それはつまり、こうして猫まみれの再建に向けて協力することはなかったということですから」


 それを思えば菫さんには感謝しているくらい。


「その割には浮かない顔をしているように見えるぞ」

「やっぱり複雑ですよ……好きだった女の子との再会は」


 三人と再会して以来、改めて思ったことがある。

 今の俺には叶わなかった恋への未練——つまり三人への未練はない。

 当時のような熱量はすでになく、自分の中で過ぎ去りし思い出になっている。告白できなかった後悔はあるけど、三人への恋心は過去のものにできている。

 それなのに、どうしてか心中は複雑極まりない。


 いや……どうしてかなんて言い方は違う。

 その理由はわかっている。


「なんていうか、みんな普通なんですよね……」


 あんな別れ方をしたのに気まずさを感じさせない。

 むしろ、あの頃よりも距離感が近いようにすら感じる。

 動揺している俺の方がおかしいと思うほどに普通すぎる。


「なるほどな。お互いに少なからず好意を寄せ合っていて、酷い別れ方をしたにも拘わらず、彼女たちは全く気にした様子もない。気まずさを覚えている自分とは対照的に、むしろ再会を心から喜んでいるようにも見える」

「はい……」

「確かに、凛久にしてみれば困惑の一つや二つするだろう」


 菫さんは俺の心中を過不足なく代弁すると。


「だが、別に不思議な話じゃないさ」


 意外な一言を口にした。


「どういう意味ですか?」

「要は別れて以来、凛久と彼女たちで当時の想いに対する向き合い方が違っただけの話。凛久が失恋したと思って過ごしたように、彼女たちも思い思いの時を過ごした」

「向き合い方の違い……三人はなにを思っていたんですかね?」

「それは私にもわからんさ」


 菫さんはきっぱりと言い切った。


「ただ、それは仕方のないことだ。どれだけ想い合っていても相手の全てを理解することは不可能。某剣客アニメの主題歌を担当したロックバンドはこう歌った——『壊れるほど愛しても三分の一も伝わらない』と。しかしどうして、男の下心は全て女に伝わるから不思議なもの。男が自分の胸を見ていることなんて女からしたらバレバレだ」


「マジですか……」


「世の男性諸君が女性の胸に目を奪われるのは自然の摂理。凛久も興味のあるお年頃だろうが、なにかとうるさいご時世だ。せいぜい気を付けるんだな」


 夏鈴よろしく男の下心に理解を示す菫さん。

 男としては心当たりが多すぎて冷や汗ものだから肝に銘じておこう。

 ていうか、登校初日のラブソングの歌姫の震える件もそうだけど選曲が微妙に古い。俺は父親が音楽好きで一緒に聞いていたから知っているけど世代が二回り違う。


 それはさておき——。


「えっと、なんの話でしたっけ?」

「相手の考えていることなんてわかりゃしないって話だ」

「それはそうでしょうけど、なんだか身も蓋もない話に聞こえますね……」

「その通り。だから人は恋に限らず人間関係に思い悩む。ほんの少し勇気を出して聞けば解決することすら怖くて切り出せず、気づけば手遅れになっているものだ」

「身につまされるような話ですね……」

「そうだろう。我ながら耳が痛いよ」


 菫さんは自虐的な言葉と一緒に煙を吐く。


「それでも気になるのなら今からでも遅くはない」


 すると電子タバコをしまいながら俺を見据える。

 その瞳は、かつて憧れていたお姉さんの瞳だった。


「凛久には、叶わなかった恋の答え合わせが必要なのかもしれないな」


 菫さんは俺の肩にポンと手を置くと。


「猫まみれの再建は立派な青春だ——夢と呼でもいいだろう。だが、一度も告白することなく恋愛的な青春を放棄するのは少しばかり早すぎる。せっかく好きだった女たちと再会できたんだ、自分が失恋した理由を知ってからでも遅くはないさ」


 そう言い残して屋上を後にした。


「叶わなかった恋の答え合わせ……か」


 屋上に残り、菫さんの言った言葉を繰り返す。

 見上げる空は俺の心中を表すような曇り空だった。

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