プロローグ
——忘れられない恋がある。
誰しも思春期を迎えれば、そんな恋の一つや二つあるだろう。
物心がついた頃から一緒に過ごしていた幼馴染や、偶然隣の席になった女の子。同じ部活の憧れの先輩だったり、自分に懐いてくる思わせぶりな後輩女子だったり。
瞳を閉じれば今でも瞼に浮かぶ女の子がいると思う。
でも、甘酸っぱい記憶は少しの後悔も蘇らせる。
あの時、好きだと伝えられていたら。
もっと早く自分の想いに気づいていれば。
少しの勇気があれば、違った未来があったはず。
そんな恋の『たられば』を口にした先人の数知れず、後悔の味を噛み締めながら眠れない夜を過ごしたことや、二度と戻らない日々に枕を濡らした人も多いだろう。
じゃあ、どれだけの人が忘れられない恋を抱えているんだろうか?
一説によると、初恋が叶う確率は一パーセントらしい。
なにをもって叶うとするかにもよるけど、この場合は初恋の人と結婚する確率を指している。つまり、逆に言えば百人中九十九人は失恋を経験する計算。
そう考えると失恋は特別なことではなく、当たり前に起こる青春イベントの一つ。むしろ誰もが大人の階段を上る途中で経験する通過儀礼のようなもの。
もちろん俺も、みんなと同じ九十九人のうちの一人。
ただ俺の場合、失恋した回数は一度じゃない。
幼い頃に抱いた恋心は全て報われなかった。
まぁでも、今にして思えば仕方のないことだった思う。
幼いなりに本気だった。でも、誰かを本気で好きになるには子供すぎた。
今はもう未練はないけど、もし今の自分のまま過去に戻ることができたら上手くいくはず——なんて考えてしまうのも、誰しも経験する『たられば』の一つだろう。
でも、叶わなかったとはいえ恋は素晴らしいものだと思う。
目と目が合うだけで一日中幸せだった純粋な気持ち。
たった一言交わしただけで夜も眠れなかった純情な感情。
恋をしている時の言葉にし難い多幸感はかけがえのないものだったし、好きな人と少しでも想いを通わせることができた経験は素敵なものだったと思っている。
あの気持ちは恋からしか得られない特別なもの。
そんな感情を知ることができただけでも恋をしたことに価値はある。
だから彼女たちとの出会いには感謝しているし、失恋の痛みも含めて良い経験だったと思っている。彼女たちとの恋に未練はなく、今さら変な期待もしていない。
とはいえ、全く後悔がないと言えば嘘になるのも事実。
唯一後悔があるとすれば、一度も告白できなかったこと。
——告白すると決意したあの日、女の子は約束の場所に来なかった。
——あの子との仲を冷やかされ、恥ずかしさのあまり嘘を吐いて傷つけた。
——彼女に拒絶され、理由もわからないまま離れ離れになった。
それぞれの恋に事情はあった。
お互いに惹かれ合っている確信があった
それなのに想いを伝えられなかった後悔は尽きない。
だけど、それもいつか時間が解決してくれるだろう。
時間は時に優しく、時に残酷なまでに想いの熱量を奪っていく。
もう二度と恋はしないだろうし、彼女たちと会うこともないだろうけど、今まで好きになった女の子たちが元気にしてくれていると嬉しく思う。
それぞれの恋から数年掛けて自分の気持ちに折り合いを付け、思い出にするには少し早くても、叶わなかった恋への未練を消すことができた頃。
心機一転、高校進学を機に恋愛以外の青春を謳歌しようと決意した四月上旬。
子供の頃からの夢を叶えるべく新生活が始まってすぐのことだった。
——俺は幼い頃に好きだった『三人の女の子』たちと再会した。
はたしてこれは運命の再会か、それとも恋の神様の悪戯か。
どうやらあの日の恋は、まだ終わってくれないらしい。