63話 論考褒章の後で
特捜部が闇商会を捜査するためにいち早く部屋を退室したのを皮切りに部屋の中に残っていた残りのアルファ帝国魔王軍の面々もそれぞれ自分の職域に戻っていった。ラクサス、いやラクサス・バレンタイン子爵も部屋を退室しながら思案を続けていた。
「あいつ等大丈夫かなぁ…」
彼が心配しているのは今自分の屋敷に残してきたマンドラゴラ達魔物である。フレイムでアムドスキアス相手に激闘を見せた後このまま魔王城に馳せ参じたせいでもうしばらくは自邸に帰っていない。仲間にしたスケルトンが守っているとはいえマンドラゴラ達は別に知能が高いわけではないため屋敷が目も当てられない状態になっているのではないかと不安になってしまった。
「ラクサス!」
ラクサスの思考を遮るのは聞き馴染んだ声、マサムネである。ラクサスに駆け寄って来て肩を組んだ。
「クックックやったな…まさかお主も激闘の渦中に身を置いていたとは…これは大きな手柄だ。誇るがよい」
マサムネはそう豪語する。
「いやいや…俺なんてあの悪魔族の恥をぶん殴って追い払っただけっすよ…まぁ褒められても嬉しいですけどね!」
「嘘おっしゃい!この美しき僕が最後の最後に援護に入って爆弾を解除しなければ3人まとめて荼毘に付していただろう?ん?あぁもしかして僕のヒーロー性を引き立たせるために前座を引き受けてくれたのかな?あぁそれだったら感謝するよ!」
「ネーデル…それは最後の最後で美味しい所を持って行っただけというんじゃないか?」
いつの間にか会話に入っていたネーデルにラクサスは渋面を作る。
「ん…二人とも調子に乗るな…」
三人の横にティナが無音でたたずむ。一瞬で漂う死の香りにラクサスの肝が冷える。
「マサムネ様もボルケニアで盗賊を追い払ったらしいし…私は所用でそこに参加できなかったけど。やはりマサムネ様は最強だよ」
「クックック!やはりティナにはバレてしまっていたか!そう小生ならばあの程度の盗賊と言うか闇商人など軽く屠れるぞ!まぁあの場には他の者もいたし手柄を分散させただけのことよ!」
マサムネは相変わらずの自信過剰だ。と言うかラクサスが思うに最近その傾向が強い気もする。
「まぁ良いですけどね…俺も早く家に帰って風呂入ってふかふかのベッドで寝たい!」
「ん…怠惰すぎ。私はこれからあの騎士と盗賊討伐に行かないとならないのに…お気楽」
ティナがそう呆れるとエリスがやって来た。奥にはバロンも控えている。
「ちょっと!何イチャついてんのよ!」
「はぁ?何がイチャついてるだ!こちとらこのナルシスト蜘蛛野郎と狂信者の死神ちゃんに酷いこと言われてたんだぞ?」
ラクサスが勢いで言い返す。
「いやアンタもクソチビ童貞親の七光り悪魔でしょ?」
「うるせぇショタコン絶壁吸血鬼!でバロンは何の用だよ…」
ラクサスはバロンの方を見る。
「あ、いえ…俺としては何か旦那たちが騒いでたので様子を見に来たんですがね…」
バロンはそう言って頭をかく。そして次にバロンはとんでもない爆弾を投下する。
「まぁ許してくだせぇ。エリス嬢はラクサスの旦那のことが好きなんですよ。だからティナ嬢と会話してるのに嫉妬したんでさぁ…」
場が沈黙する。バロン・ウィリアムズはボルケニアの鍛冶職人の家の出である。毎日無骨に鍛冶仕事をしていた彼は恋愛というものにまるで無縁であったし、告白したこともなかった。彼は鈍感を超えた鈍感の田舎者なのでこの一言がどれだけ巨大な爆弾を一同に投ずるのか気づく訳もなく…
場が沈黙に包まれる。
「クックック…まさか小生のあずかり知らぬところで若者の恋物語があるとはな…やはり一緒に遺跡探査をしたのが効いたか?さすれば小生はキューピットと言うことに…」
「そうなりますね。全くこういうところでもマサムネ様の影があるとは感心しました。と言うかいったいどういうところがタイプなのか後で教えてください。やはり本を取る時に手が触れたからですか?それともやはり顔?興奮しますね」
マサムネは若者の恋物語に心を躍らせ、ティナは今までにないほど饒舌に詳細を聞こうとする。ティナは隠れて少女漫画を読みこんでいる恋に恋する乙女なのでこの手の話題にはすぐに食いつくのだ
「はぁ?アタシがこんなチビ野郎のどこが良いって言うのよ!」
エリスは大声で騒ぎ立てる。吸血鬼特有の色の白い肌は真っ赤になっていた。いわゆるツンデレムーヴである。エリスはラクサスのことがほんのちょっぴり気になっていたのだった。
「全くバロンは相変わらずこの手のことになると気が回せないのだから…まぁ結婚式には呼びたまえよ。これでも一応君たちの同僚だからね」
ネーデルはそうラクサスに微笑みかける。
「は?いや俺も御免被りたいんだが…このツンデレ女なんて…てかネーデルとバロンって知り合いだったんだな…」
「まぁ僕とバロンは同門の兄弟弟子だからね。僕の方が入ったのが先なんだけど。本当にバロンは最初のころ尖っててずっとドリアさんにボコボコにされてたなぁ…」
「ネ、ネーデルの兄御だってナルシストを極めすぎて何回か死にかけてたでしょうが!」
「お、親父の弟子だったのかよ…数人はいたことは知ってたけどこんな身近にいたとは知らなかった…」
まさかのネーデルとバロンの関係性に衝撃を受けるラクサス。するとバロンは笑って話を続ける。
「まぁとりあえず飲んで健闘をたたえ合いましょうや俺も帝都でいい店知ってるんですぜ」「確かネロとローシァもしばらくマルコシアスさんのところで騒動についての書類作業があるらしくて滞在するらしいな。後で打ち上げに誘うか!」
「へぇ…バロンもたまには気が利くじゃないか!まぁ僕のお眼鏡にかなうような店などそうそうないけど」
「無論ネーデルの兄御のおごりで」
「はぁ?」
こうして一同は街に繰り出していった。




