60話 酔草事件解決
クロムはエリスに向かって鎚を振り回し、エリスは周囲に大量のコウモリを展開しながら時々吸血鬼独特の血の刃で応戦する。
「ハァ…ハァ…コイツバカみたいな顔をしながらしぶといわね…」
「当たりめぇだ!俺はアトミックファミリー最高幹部。クロムだァ!」
エリスの前に槌が出現するのでエリスは思わず後ろに飛び退く。そしてバロンに出会った。
「エリス嬢。調子はどうですかい?大丈夫そうですかね?」
「大丈夫です!アタシもこのぐらいは対応できます。魔王軍の上位陣ですから!」
マガンはエリスを気遣うがエリスは気にすることなく言葉を返す。
するとどこかから声が聞こえて来た。
「フハハハハ!エリス、バロン!良く小生の為に時間を稼いでくれた!感謝する…」
「「何?!」」
クロムとマガンが振り返るとそこにいたのはマサムネだった。足元にあるのは酔草と山のような実験器具…隠密を得意とするマサムネはエリスとバロンに二人を引き付けさせながらいつの間にか実験器具を奪取していたのだ。これで一同の目的の大半は達成されたと同義である。
「てめぇ!俺らが戦ってる隙を突きやがったのか!卑怯だぜ!奪うならその腰に提げてるもんで奪えよ!それとも何だ?あの立派な日本刀は虚勢の為の鈍か?」
「クックック…何か勘違いしているようだが、小生は軍人ではない。神聖アルファ帝国で魔王陛下の影となり諜報員だ!血の匂いがする戦闘は本分ではない…ただ小生は一応は騎士団で鍛えられた身だから平場でも一番強いがな後これは古に封印されし魔刀だしな!フハハハハ!」
卑怯な真似だとキレるクロムの更に上からマサムネが言い返す。その上愛刀の自慢をする始末だ。それに対してマガンは表情を変えず歩き出す。
「まさか。ここまでとはな…ハメられた俺らの負けか…せっかくアルファ帝国でデカい商売ができると思ったのになぁ…」
「てかどうするよマガン!これじゃフレイムにいるアムドスキアスの野郎に情けない姿さらすことになるぜ…それに上の商会だって…」
「黙れ」
それは呼吸をするように自然だった…マガンは懐から注射器を出すとそれをクロムに突き立てた。
「え?マガン?マガンさん?」
困惑するクロムにマガンが続ける。
「お前らには完敗だよ。だから土産にこの頭だけのバカをやるよ。それじゃぁな!」
「は?お前俺を見捨てんのか…」
クロムは困惑し、そして意識を途絶えさせた。
クロムの身体に酔草が注入され体の中にエネルギーが満ちる…しかしそのエネルギーなどクロム如きに制御できるわけもない。待つのは意思泣き狂暴化だ。
「うがぁぁ!」
「マガン…仲間を囮にして逃げようなんて前よりクズになったんじゃないですかい?」
「でも諦めることね!ここには魔王軍幹部が5人。逃げようはないわ!無駄な抵抗は止めることね!」
困惑を隠せないバロンとエリス…しかしそれは次の声で全てかき消される。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
途端に急に大きな声が聞こえ、地響きが鳴る。
「あれは女性の声?!」
「どういうことなの?!」
バロンとエリスは大慌てで外に目を向ける。そこには地獄が広がっていた。
「ちょ、何なのよこれ~!」
小屋の近くに巨大な植物が繁茂しているではないか。赤い花に巨大な蔓の山、そこに女性が絡まっている。
「いやデカすぎでしょ…相手が生物ならラクサスがいれば対応できるかもしれないのに…どうしてあのバカが付いてきてないのよ!」
「あれは食人植物人食い草‥‥成分はいい薬になるけど動物なら何でも食べる危険植物よ。どうしてこんなに大きくなったのかは知らないけど…」
困惑するエリスにアンジェラが走って来て告げる。
捕まっているのはリンである。呆れた顔でマガンが声をかける。
「ったくリンの野郎…植物如きにあのエキスを使いやがって!あぁ言うのは大体怪物に使うんが筋だろうが!」
「だってマガン…あの植物に捕まりそうになってそれで溢しちゃったのよ!」
「まぁいい。俺は逃げるからな。お前ら二人で仲良く相手してな!」
「へ?」
そう言ってマガンは逃げ出す。
「ちっ…逃げやがって!俺はこの可哀そうなクロムとか言うのを相手しますんでお三方はあちらの植物の相手を頼みますぜ!」
バロンはそう言ってクロムと激突する。
エリスは植物に向かって行った。リンが困惑する。
「え?何してるのよアンタ!あんな怪物に無防備なままツッコむとか…」
「心配ないわ…アタシはこの植物には強いんだから!」
そう言ってエリスは魔力を解放しながら突っ込んでいき人食い草の蔓に捕まった…
エリスは宙づりになっている。しかしその顔に焦りの色などないのだ。
「少し、圧迫が強いわね…でも!」
エリスは思いっきり蔓に噛みついた。
「へ?」
隣にいるリンは混乱するがエリスはそのまま噛みついている。
「人食い草はね人間を養分とする草よ。人間の血を吸って肉を消化して生きる生き物、つまり血を吸う以上はちゃんと動物みたく全身に血が通ってるのよ!それならアタシの領分!アタシに近づいたのが運の尽きね!」
「ま、まさかアンタ吸血鬼?」
エリスが噛みつくと人食い草は一瞬力が弱まりエリスを離す。その隙を突いてかエリスはリンを蔓から助け出す。間髪入れずエリスはマサムネに声をかける。
「マサムネ様!頼みました!」
「了解…仕上げはマサムネの時間だ…」
人食い草は蔓が茂っているせいであちこちに影が出来ている。そこをマサムネは突き、一瞬でワープしてみせる。しかし人食い草に反応はない。
「フハハハハ!小生は死んだ身。血など通っていないし肉体も腐敗している。食うのは御免被りたいであろうな!では‥‥『影流 影の謝肉祭!』」
マサムネの周囲に影の分身ができ、一瞬で全てを切り刻んでしまう。
「すげぇやマサムネさん…」
同時にクロムを撃破していたバロンは上にいる上官を見て感心する。それと同時に人間の自分が魔王に敵うという幻想を今まで抱いていたことが馬鹿らしくなった。
「何が諜報員だ…普通に強いじゃねぇですか…」
バロンはそう笑うとクロムを引きずって合流した。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
マガンは山の中を逃走していた。後を追われないよう山の中の道なき道を走る。全て予想外だった。仲間を見捨てて自分だけ逃げおおせたことだけでも成果であろう…かつての仇敵に出会ったこと…そしてそれより強い生物が山ほどいたことなど衝撃だらけだった…
「ったく…せっかくフリージアで身内が暴れまわってるって言うのによ…」
「そうですか…身内が暴れているんですね…」
「あぁそうだよ!アムドスキアスだったか?その手の悪魔が…て、お前!」
マガンの前に立っていたのはエリザベッタだった。
「バカか…俺がどれだけ変な道を通っていると…予測できるわけないだろ!」
「バカですか?この程度の逃走ルートは予測済みですよ。」
エリザベッタはそう言って本を見せる。そこにはこのボルケニアの地図が書いてあった。
「私は知識に飢えた魔女でして…数千年の間ずっと新たな知識を求めていたせいでこんな細かいことまで勉強してしまいました…」
エリザベッタの本質それは蓄えられた圧倒的な知識量である。元素魔法、錬金術、魔法生物学、植物学、占星学、歴史学、地理学、数学などの一般的な学問から飲み会の席で披露するぐらいしか役に立たなそうな雑学に至るまでこの世の全ての理について理解し知識とする。
この世の全てを掌の上に置く全知のエリザベッタ。これが彼女の本質であり本人は希望していないが学園長を任される理由でもあった。
「あなたがどこに逃げるかなど。私にとっては手に取るように分かるんです。」
エリザベッタはそう微笑んで手を振ると目の前に魔法陣が出来る。
「舐めるなよ!クソアマ!」
マガンは飛びかかろうとする。しかしそれは空を切り動けなくなる。
「全く抵抗はよしなさいと言ってるでしょうが。勢いあまって殺しかねません…でも五体満足の状態で捕えなければ私が後で裁判所の役人に怒られるんですよ…本当にあのクソ悪魔め…」
エリザベッタはそう言ってため息をつく。
「まぁせっかくです。今回はあれを試してみましょうか…」
エリザベッタはそう言うとマガンは光に包まれる。
マガンが気を失っているとエリザベッタの声が聞こえる。
「まぁまぁ起きなさいな。」
マガンは気が付くとやけにエリザベッタが大きいではないか。
「えっデカくね?」
「デカくありません。あなたが小さいんですよ。」
マガンは驚くことに縮小魔法で人形ほどの大きさになりエリザベッタの手の上にいた。こんなのでは抵抗しようもない。
「城に着いたら戻しますって私は小人を飼ったり虐める趣味はありませんから。」
「ちょ、待ってくれ許して!」
「ダメで~す。」
マガンはそのまま虫かごに放り込まれてしまった。
そしてエリザベッタはエリスやマガンのいる所に戻っていったのだった。
こうして酔草事件は解決したのである。




