58話 アムドスキアスの過去と奥の手
巨大蟷螂の鎌がアムドスキアスに振り下ろされる。
「チッ、俺としてはあんまり戦闘はしたくないんだがね。」
仕方なくアムドスキアスは杖で迎撃する。彼の杖は魔鋼製であり、周囲の魔力を集めることで攻撃力や防御力を強化できる。そのまま蟷螂に向かって魔法弾を撃ち込む。その隙を突いてポチに乗ったラクサスが戟を持って飛び掛かるので蹴りで応戦する。
「クソ!一人で複数の魔物を操るなんて卑怯でしょうよ。ドリアさんの倅よぉ!」
「へっ!平気でガキを誘拐するアンタ等に言われたくねぇな!罪のないのを誘拐しちゃダメだろうが!」
「ふぅん…そうですか…それはキツイ。俺だって子供の誘拐を好き好んでやっているわけではないのに。」
「はぁ?」
「とある商会から頼まれましてね。子供たちをお前の力で誘拐してきなさいと。まぁどうせ目的は人身売買でしょうがね。良くて年季奉公で悪くて奴隷。全くガキの身分で可哀そうなもんだよ。流石の俺も同情せざるを得ないな。」
「いくら何でも酷すぎるだろ…ウチの国は奴隷商売を認めた覚えはないんだ。全く同じ悪魔が聞いて呆れる。仮にも上級悪魔なんだから小遣い稼ぎで身を亡ぼすんじゃなくてもっと高貴に生きるべきだろ。」
「悪口ならいくらでも言いなさい。でも私も契約上負けるわけにはいかないんでね。本気で行かせてもらおうか。」
アムドスキアスは胸に下げた笛を吹き鳴らし、辺りに綺麗な音色がこだます。すると…後ろの倉庫がガサガサ言い出した。
「ハァハァ…流石に疲れる…楽しかったけどね。」
ネロは息を切らしていた。周囲を見回すと仲間の獣人にも疲れの色が見える。久しぶりに大乱戦したのだから当然のこと。ネロは足元に目を向ける。そこには白目を剥いたビリーが倒れていた。ネロは激戦の末ビリーに勝ったのだ。生かして捕らえろという上からの命令で峰うちで済ませている。回復薬でもかければある程度は話せるようになるだろう。
ネロは疲れを振り切って洋刀を空にかざす。
「オラァ!14時35分、僕らが勝ったぞォォォ!」
「「「ウォォォォ!」」」
獣人の咆哮が倉庫にこだます。
「やりましたねネロさん!」
「獣人族なめんじゃねぇ!外道のチンピラども!」
「いえぇぇい!」
タイガ、ラビ、バッファもネロにそう答える。
そこにローシァがやって来た。
「ネロ。それとお仲間さんたち激戦お疲れ様ですわ。」
「いやいいよ。僕たち戦うことで生きてきた種族だし。それよりローシァ当然子供たちは救出したね?」
しかしローシァは不穏な答えを返す。
「えぇ一応肉体だけはね。」
「肉体?」
ローシァは子供たちを連れてくる。彼らには幸い大きな傷はついていない。しかしずっとうなだれたままだ。
「お~い!服屋の息子!僕だよ。アルファ帝国獣人部隊長のネロだよ!」
ネロは目についた少年の肩をゆする。しかし全く反応はない。
「当たり前だ…こいつらには心の枷が付いてんだ…動くと思うなよ?」
そう掠れた声で言うのはビリーだ。どうやらネロの一撃を受けてなお目を覚ますことが出来たらしい。ネロはすぐに振り返って。
「お前!まだやられてなかったか!」
「心配すんな。もう俺だって満身創痍だ。今の状態から立ち上がってお前と二回戦する気力もねぇからよ…だが俺らが捕まると思うなよ?アムドさんは俺らが高い代償を払って雇った強者だからなそうそう敗れはしない…うっ」
ビリーはそうとだけ言い残すと急に記憶の海に沈んだ。
「はぁ…急に起きたり眠ったり忙しい奴だな…」
ネロはそう言って振り返るとローシァたちに向き直った。
「それで?子供たちを助けるにはどうすりゃいいのさ。」
「悪魔族の呪いですもの。恐らくアムドスキアスとか言う悪魔を倒せば何とかなりますわ。念のために魔術での解除も検討するけれど。」
「ふぅん…じゃあ俺がちょっくら倒してくるわ。」
ネロがそう言いだした瞬間…背後に謎の影が現れる。ネロは獣人族の本能で敵意を察知し避けるが顔に傷がつく。
「何すっだってお前?!」
ネロが見たのはギャングのビリーだった。
「…‥」
しかし一言も話さない。それどころか目は赤いしどことなく力が上がっているように見える。
「ハハハハハ!どうだどうだ?俺の魔術『肉体操作』は!俺があれをガキにしか使えないとでも思っていたのか?」
アムドスキアスの魔術『肉体操作』。笛の音を聞いたものを魅了し自由に動かせる術。しかしその条件には大きな壁があった。魔力抵抗だ。魔力抵抗とは害ある精神系魔術を受ける際に自動で発動する身体の免疫反応のようなもので、魔術を弱めたりある程度差がある場合は打ち消したりもできる。これは種族や個体ごとに差があるが修行で伸ばすことも可能であり、今のアルファ帝国魔王軍の幹部たちは軒並み高い魔力抵抗を誇る。それどころかこのアルファ帝国は元々魔王の統治する国家と言うこともあり国民は例え剣の一つも握ったことのない辺境の農民であっても魔力抵抗だけはまぁまぁ高いのが国の特徴だ。しかし上級悪魔族ともあろうものならその程度の壁など突破出来てしかるべき。しかし問題があった。
アムドスキアスはただただ怠惰な悪魔であったからである。アムドスキアスは生まれながらにこの魔力を手に入れることになり喜んだ。あちこちに触れ回り自慢をした。そして自分の種族と能力に胡坐をかいた。一国の命運を握れるほどの能力がありながら、成長期に全く努力しなかったせいでアルファ帝国民の平均魔力抵抗を超えるほど魔力が伸びなかったのである。そもそもそんなことができるぐらいなら彼は魔力抵抗の低い子供を操るなんて言う遠まわしなことなどせず、世間で名の知れた豪傑でも操って田舎の村の一つでも滅ぼし支配していただろう。まぁそんな彼でも流石に気絶して抵抗機能が停止したギャングを操れない訳などなく…
今ラクサスの目の前に大量のギャングが立ちふさがった。更にアムドスキアスの周りに子供たちが集まって来る。
「ちょ、待てやコラ!」
「待ちなさい!」
慌てて獣人部隊とローシァが止めるが笛の効果によって人間としてのストッパーが取れた子供たちに手が届くことはなく、子どもたちアムドスキアスに抱き着いた。
「ハッハッハ!ガキどもを助けようったって無駄だね!近づいたらこれでドカンだ!」
アムドスキアスは懐から爆弾を出す。
「どこまで外道なんだ!」
ラクサスは遂に堪忍袋の緒が切れた。




