57話 獣人ネロvs狂犬ビリー
倉庫の外に出ていた眼帯のギャング、テルルは驚いた。目の前に巨大な蟷螂が現れたからである。
「いやビリーさん何すかあれ?!何で超虫がこんな所に…」
ラクサスがフリージアから離れたとあるジャングルから連れて来たとはいえ、あんな凶暴な昆虫など街中でそうそうお目にかかれるようなものではない。彼らにとって警戒対象になるのは当たり前だ。
それどころか自分たちに向かって何かが走ってくる始末。
「アハハ!ギャングを倒した数分ボーナスをやるよ。まぁ僕が全滅させるんで実質懐は痛まないんだけどね。」
そう恐ろしいことを笑顔で言い放つのはリスの獣人ネロである。彼は小柄な体躯を活かし先頭を走っている。
「えぇ…でも気を付けてくださいよネロさん。相手はギャング何をしでかすかもわかりませんからね。」
「まぁでもいいんじゃない?タイガ。あの人が負けるわけないでしょ。」
その両脇を固めるのはサーベルを持って走るタイガと徒手空拳のラビである。更に後ろに戦斧を振り回すバッファなどの豪傑が続く、これぞアルファ帝国魔王軍最強、いや最狂戦力の一翼を担うネロの率いる獣人部隊である。爆発的な機動力を誇り今まで集団戦法で今まで敬愛する魔王を脅かす数多くの敵を葬って来たことで知られる。そんなのが襲い掛かって来たらひとたまりもない。しかしテルルはもっと恐ろしい狂気を背後から感じた。
「邪魔だクソゴミ野郎!」
「うぐっ!」
鈍い音を響かせるのはこちらも狂人アトミックファミリー鉄砲玉のビリー日本のドスを引きずる音が聞こえたら直ぐに避難することを推奨されるほどの残虐さ。しかしビリーの視線は別のものを見ていた。
「お相手さんもずいぶんと相手も戦力を増強させたようやなァ…ちょうどいい暇つぶし相手が出来たなぁ…」
段々と口調が変わって来た…関西弁だったか、違う世界から来た人間の一部が使用していたような気がする言語だったとテルルは記憶している。
「さぁ、俺と殺り合おうや!!」
ネロの洋刀とビリーのドスが交錯し音を立てる。それから双方の心の火薬庫に火を付け、爆発させて獣人とギャングの大乱戦が始まった。
中央で斬り合っているのはネロとビリーそれを獣人部隊とギャングの乱戦が囲むが双方の剣圧で周囲には誰も近づけない。不用意に近づけば自分の主人の邪魔になると分かっているからだ。そうして生まれるわずかな隙は相手に勝負が決する暇を与えることになる。
「アハハ!もっと僕を楽しませてよ!『唐辰割』」
「ふざけんなチビガキ野郎がァ!」
ネロが首元を狙って剣を思いっきり振り下ろせばビリーも剣を横に振り払って応戦する。双方の剣で押し合う瞬間にビリーはネロの腹に蹴りを繰り出そうとするもネロが尻尾で打ち払う。
ネロはビリーの剣筋を見極めてとあることに気づいた。
「君…見た目と違って別に乱雑に剣を振ってるわけじゃないね?」
「ああん?!」
「この剣筋、ただの独学じゃなくてちゃんとした流派のものじゃないか?特に剣の都シグマニア王国の…」
ビリーはハッとする。このリス何で俺の過去のことを…
「いや僕もシグマニアには少し縁があってさ…」
「なるほどテメェもそこの出身な訳だ。俺もだよ!どこかで会ったことあるかもな!だがお前とここで逢うのが最後なのは惜しいポイントだな!」
「いや君と会うことになるよ。だって君たちは俺に負けて一応裁判にかけられるからね。その時の法廷警備は俺が持ちまわるからさ。斬首の時の介錯でもいいよ?」
「なめやがってクソチビ!」
こうしてネロとビリーの剣戟は一層激しくなった。
「あららぁ…いうまでもなく始めちゃいましたわね。」
ローシァは氷の溜息を吐きながら後ろから走って来た。倉庫の奥にいる子供たちを助けるためだ。ローシァが視線を向けるとやはり奥に震えている子供たちが閉じ込められていた。当然前にはギャングたちがいるがそんなものは凍らせてしまえば何の問題もない。
「このクソアマァ!」
スキンヘッドのギャングが鉄パイプを持って飛び掛かって来る。魔力で強化された身体は破壊力が高い。しかし…
「効きませんわよ?『氷車』」
ローシァが左手を挙げるとそこに巨大な氷の回転鋸ができ、それが無音で回転し始めた。魔王軍四天王アルフレッド仕込みの方法で高い魔力が練り込まれたローシァの氷は一般的な金属の硬度など軽く凌駕する。こんなものがぶつかればどうなるかは必然。鉄パイプが綺麗に切断された。そしてその刃はギャングの喉元を搔き切ることを狙う。
「この国は魔王の国家と言えど法治主義、私としても貴方の命を奪う権限はないので早く降伏してくださいまし。」
「何?!」
そんな男の返答などローシァの聞くところではない。一瞬で下半身を氷漬けにされ動けなくされてしまった。
「さてと…そろそろ目覚めなさいまし。」
ローシァが子供の一人を揺するが反応がなく俯いたままだ。
「ハァハァ…エルフ如きにそんな簡単に神器の呪いが解けると思うなよ!」
スキンヘッドの男がそう言い放つ。
「やっぱりダメね…向こうの笛持ちの悪魔を倒せば何とかなるのかしら。」
ローシァは報告のための通信機を耳に当てながら倉庫の入り口に目を向ける。




