55話 エリスの冒険~アトミックファミリー
ラクサスがギャングたちと対決するその少し前の魔術学院の研究室でエリスは混乱していた。向かいに座っている魔女が何を言っているのか分からないからだ。
「あの、アンジェラさん。本当にアンジェラさんが酔草を盗んだ訳じゃないんですよね。」
「そうに決まってるじゃない。だから貴方を呼んだのよ。」
エリスが座っている向こうのテーブルではアンジェラが肘をついてそれで減給になっただのなんだの愚痴っていた。本当に四天王なのかエリスですらも疑問に思っている。
アンジェラはローシァの屋敷に報告に行った後で学院に戻って来ていた。
「でもまぁ…あんなのが盗まれたら大騒ぎですね。なんせ規制薬草でしょう?」
酔草は薬草の一種であるが果実に非常に強い幻覚作用があり、一度摂取したものは暴走してもう手が付けられなくなってしまう。そんな危険な代物であることは今エリスが両手で持っている『万国植物事典』にこと細かに書いてあった。
「しかしこんなものを盗んだ犯人を探してくれと言う依頼ですか…言っておきますけど私探偵じゃないですよ?」
エリスはそう言って紅茶を飲む。頭の中ではあぁ今フリージアで働いているチビ悪魔ならできるんでしょうけどね…と最近あんまり連絡を取っていない悪魔のことを思い浮かべていた。
「ラクサスはどうしてるんでしたっけ?アイツなら何とかしてくれるんじゃないんでしょうか?」
アンジェラはため息をつくと。
「あの子は今魔物の世話と研究で忙しいみたい。最近はフリージアのギルドで依頼を受けながら新たな魔物を捕まえにあちこち飛び回っているらしいわ。」
「ギ、ギルドに…あのラクサスが人の依頼を受けるなんて…」
「そうよ。それでこの間なんか任務のついでに採って来たらしい籠いっぱいのキノコをマンドラゴラに担がせて『これ10万で買ってくださいよ。』ってニコニコしながら売り付けに来たのよ。珍しい種類だったから25%オフで買ってあげたけどね。」
アンジェラはそう不満を垂れながら言って来た。
「あの子最近傍若無人じゃないかしら。誰に似たのかね。」
エリスは心の中でその原因は目の前にいる魔女自身のせいではないかと思った。
「それで私がアイツの代わりに探せと言うことですか?国中を?」
エリスは嫌そうに答える。そもそもラクサスも暇ではないが同様にエリスも暇なわけではなくやる仕事はある。探し物と言う膨大な作業に時間を取られたくないのが本心だ。すると声が聞こえてくる。
「いいえ国中ではありません。ある程度の目星はついています。」
威圧感のある女性の声が響く。この帝国でこんな声を出すものはたった一人。思わずエリスも立って挨拶してしまう。
「エリザベッタさん。おはようございます。」
やって来たのは魔女エリザベッタ。アルファ帝国魔術学院の学園長にしてこの世界で5本の指に入る魔法学者でもある。彼女が教授する範囲は基礎魔法学から魔法生物学、錬金術学などから歴史、数学、魔界語に至るまで網羅しており彼女一人で魔術学校が回ると言われるほどだ。まぁ実際の彼女の考えとしては自身の研究に集中したいため他の人物にある程度は任せたいのだが。まぁそんな彼女だからエリスが恐縮するのも納得である。
「それで、情報は絞れたとは?」
エリスが尋ねるとエリザベッタが口を開く前に別の声が聞こえた。
「フハハハハ!この件に関してはこの小生から説明しましょうぞ。エリザベッタ様。」
そうして突然現れたのは、全身真っ黒な和装に黒い眼帯と総髪、そして腰には一本の太刀を下げている侍。魔王軍四天王のマサムネであった。後ろにはティナも従っている。
「マサムネさん。やはりここにいたんですか。」
エリスはマサムネの方に視線を送る。
「クックック、そうだエリスよ。この小生はエリザベッタ様の依頼を受けて国中を探してきたのだ。」
マサムネは堂々を言い放つ。全くこの侍は何を考えているのかエリスどころか比較的近くにいるティナにすらも分からない時がある。この男普段は相手が誰であっても自信満々に厨二満開なセリフ回しをしているド変人のくせになぜかこのエリザベッタ学園長には全く頭が上がらないらしい。一体どんな理由だろうか。
「それで?いったい何が分かったのよマサムネ?」
アンジェラがそう尋ねるとマサムネは険しい顔で地図を机に取り出した。そこにはいくつかの赤丸が書かれている。その中の一つを指さす。そこはエリスが依然とズレたことがある場所だった。エリスは面食らって言葉を返す。
「ここはボルケニア?火山街ボルケニアですか?!」
「クックック。小生の情報筋によればこのボルケニア近辺に酔草が多量に持ち込まれているとか。恐らく近辺の岩山のどこかでしょうそこなら気づかれますまい。要は麻薬密輸だよ。」
マサムネが言うにはボルケニアの周辺に酔草が持ち込まれているのではないかと言うことである。ボルケニアは火山街と言われるだけあって山に囲まれている。流石に本街で暴れることは難しいだろうが、周辺に厳しい山が連なる環境は隠れ潜むのに適しているという訳である。
「それでいったいどこがこんなことを…」
「恐らく盗賊三巨頭の一角アトミックファミリーだろうな。目撃したものはそこの制服を着ていたらしい。」
「アトミックファミリー…また面倒な連中ね。まだ足を洗ってないのかしらあのチンピラども。」
「とにかく当学園では調査団をそちらに派遣しなければなりません。それが魔王陛下との契約ですから。ついてきてくれますねアンジェラ。」
「は~い…じゃあエリスちゃん行きましょう。」
そう言って一行はボルケニアに向かって行くことになったのだった。




