54話 冒険者ラクサスと蟷螂との出会い
「アムドゥスキアス…俺を騙したのか?!」
さすがに相手が悪魔族だとまで気づけなかったラクサスは落胆した。悪魔族ならば魔力が莫大なはずだが潜入しているのにそんなへまをするわけもない。心臓近くに魔力を意図的に抑える魔道具が組み込んであったのであった。魔力探知に長けたものなら違和感に気付けたかもしれないが、今のラクサスはまだ経験が浅い存在である為うまくごまかされたのだろう。それに気づいたのかローシァは胸に下がっているものに気付く。
「胸に下がっているもの…あれは多分神器ね。」
その指摘にアムドスキアスは両手を叩いて賞賛の言葉を与える。
「ご名答!そうだよ。この笛は神器『幻惑の笛』!聞いたものに幻惑を魅せて自由に操れる。ガキ限定ですがね。」
「それを使って誘拐していたってことか。でもなぜ。上級悪魔族に子供を誘拐する目的が見えないが?」
ラクサスの質問をアムドゥスキアスは笑って返す。まるでその言葉を想定していたようだ。
「それはですねぇ…ただ雇われたからと言えばいいですかね。それ以上でもそれ以下でもない。」
「なるほど…まぁ良いですわ。後で話はゆっくり聞かせてもらいますわ。」
ローシァが右腕を袈裟懸けに振り抜くと、そこに巨大な氷の槍が産み出される。
この世界に数多くの種族があれど、その中で一二を争うほど高い魔力を誇ることで有名なハイエルフ。特にローシァたちフリージア家はその中でも氷の魔法に長けている一族であった。他人に魔術を教えることに興味が無く、生殖欲もほぼない為ほとんど一子相伝となっている究極の魔法は時に古の神話に登場する怪物たちすら恐れるという。特にこの槍など制御できるのは世界でも指折りの人物だけである。
「死になさい。『氷の大連槍』」
アムドゥスキアスに巨大な槍が放たれる。
「おっと危ない!」
アムドゥスキアスが間一髪で避けてしまう。さすが悪魔族の一端。しかしローシァの槍は辺りを凍らせてしまう。
「なるほどただ氷の槍をぶつけるだけじゃないと言う…怖いねぇ。」
「よそ見している隙なんてありませんわ。凍り付くのが宿命なのですから。」
間髪入れず次の槍が放たれる。そしてローシァはネロに向かって。
「ネロ早く行きなさいませ。恐らく先ほど出てきたギャングのいた倉庫が怪しいですわよ。」
「分かった!じゃあ僕が先陣を切ろう!」
そう言ってネロは両手に剣を携えて凄んだ。それに呼応して獣騎士たちが
「「「うおおおおおお!!」」」と叫び声をあげる。周囲に闘気が充満しネロの指揮能力の高さといかに味方に慕われているのかがうかがえる。
ラクサスはしばらく向こうにいたアムドゥスキアスを見て思案し、ローシァにこう言い放った。
「ローシァ、ここは俺に任せてくれ。」
そうしてラクサスは敵を睨む。
「悪魔族のやらかしは悪魔族でカタを付けるのが正しいんだ。それに向こうには恐らくギャングの連中がいるし、子どもたちをそれから保護するのが正しいかと。」
「まぁネロだけじゃ子供たちに恐怖を与えるだろうし不安だものね。でも大丈夫?相手は貴方やドリアさんに並ぶ悪魔族と来ているんだから単騎では厳しいのではなくて?」
「いや大丈夫だ。恐らくあの悪魔族は肉弾戦闘が強いとは思えないからさ。それに数なら俺には大した問題にならないから。」
ラクサスは懐をまさぐって中から小さな筒を出す。これは魔獣筒と言ってどんな生物でも収納できる便利な魔道具の筒である。そしてラクサスはお菓子でも開けるようにふたを開ける。ポンと心地の良い音がしてから中から生物が飛び出してきた。
「これは…超虫?」
出てきた怪物は奇妙だった。形は蟷螂を随分と大きくしたようだが、全体の色は漆黒に染まっている。そして両腕には橙色の巨大な鎌が光り輝き、恐怖心を一層煽る。
ラクサスがこの虫と出会ったのは随分と暑い夏の頃のことであった。
ミーンミーンと異世界のはずなのにどこか懐かしい蝉の声が聞こえるのにも慣れた。
ラクサスはジャングルの中を探索していた。なぜラクサスが突然ジャングルの中を探索などしているのかと言うと簡単に言えばバイトである。
「ったく他の奴に頼めよこんな採集の仕事なんかさぁ…」
ラクサスはフリージアにあるギルドで依頼を受けてジャングルの中にあるキノコを取るように言われたのだ。
魔王が治めている国では珍しいと言われるかもしれないがこのアルファ帝国にも立派なギルド組織が存在する。主に盗賊を退治したり、素材を採集したり、魔物を退治したりするのが主な役目であってこの世界の治安の維持に一役買っている。じゃあなぜラクサスがギルドで依頼を受けているかと言えば資金不足である。
ラクサスは牧場長と言う役割を与えられてはいるが実際魔王軍でその役割を完全に担っているとは言い難い、まだ管理している魔物の数も質も不足しているせいで利益を上げることができていないのだ。一応グリフォンを利用したグリフォン車だとかマンドラゴラの貸し出しとかを行う計画はあるが、いざグリフォンを繁殖させるとなると非常に手間がかかるせいで着手できる段階にはない。もっと単純な魔物でも経営しようと思ったがいかんせん魔物の数が数なので食費はとんでもなくかかってしまう。それで足りない資金を補うためにラクサスは今日も冒険者バイトをしているのだった。
幸い冒険者と言う仕事自体は難しいものではないし就職で持っておいた方がいい資格の一面が強い。そもそもEランクの下級冒険者免許ぐらいなら1日ギルドで講習を受けていればバカでも取れるような原付みたいな免許である。まぁそんな低ランクの冒険者にはまともな依頼は来ないことを除けば、良い制度である。まともにギルドで生きようと思ったらCランクの中級冒険者ぐらいは必要である。まぁこっちは試験と実技が必要なのだけれど、ラクサスはそれより上のB級冒険者である。もっと上のランクに行ってもいいのだがそれをすると別の国で試験を行う手間がある上に、別に彼は本業が冒険者ではないので必要ないと思って取っていない。ちなみにボルケニアにいたフランはS級冒険者でギルドの管理職でもあったはずだ。
そんなことを思案している間にラクサスはキノコを見つけた。大木の下に大量にキノコが生えている。
「よしこれで報酬ゲットだぜ。」
ラクサスがキノコを採ろうとしたその瞬間背後にさっきを感じて振り返る。
閃光のような刃がラクサスの近くを掠める。
「誰だ!俺のキノコを採ろうとする阿呆は!」
「シャァァァ!」
犯人は超虫の蟷螂であった。超虫とは一般的な虫より何十倍も大きく狂暴で強い魔物である。どうやらここのヌシだったらしい。
「シャァァァ!」
「面白い…男なら虫取りぐらいできなきゃな!」
そうしてラクサスは短剣を構えて飛び掛かる。その後少しの間男と虫の激闘を演じた後で公式に仲間にしたのだ。無論キノコも生態系を壊さない程度の量を持って帰って依頼人に渡して報酬を貰ってハッピーエンドだ。余ったのは取っておいて後でアンジェラ辺りにでも高値で売りつけようとラクサスは考えた。




