52話 ホムラとネーデル
フリージアから川を渡った先、そこにはフリージアとほぼ同じ大きさの街フレイムがある。その街にある小さな屋敷にはまたこの街の太守が詰めている。屋敷の特徴は西洋風の広大な庭である。この庭にはサンサンとした太陽が照り付け、地面の芝生は蒼く染まっている。
そんな青い絨毯の上に白いビーチチェアとパラソルが置かれている。
とある女性がそこで寝ていた。いや、女性と言っても純粋な人間ではない。耳は尖っており髪は紅に染まっていて後ろで一つに縛っている。ローシァと同じエルフであり御三家の一角フレイム家の令嬢のホムラ・ボルケニアである。その上でサングラスをかけてジュースをちびちび飲んでいる。別にここは南国の砂浜ではないし、彼女はそこに行くための予行練習をしているわけではない。
「あぁ~退屈。何か面白いことはない?ネーデル~。」
「早く仕事に戻り給え。御三家のご令嬢が日向ぼっこしている暇がどこにあるというんだい。そもそも君はボルケニアから出向してきている立場だろう?本領のアーノルド伯に何言われても知らないからね?」
ネーデルと呼ばれた男は少し離れた位置で日陰に辺りながら手鏡を持って髪を弄りながら立っている。ネーデルは昼間から上下を燕尾服で決めて首には赤いネクタイを下げている。
「日向ぼっこって。アタシはそんなおじいちゃんみたいなことをしている訳じゃないから!日焼けよ日焼け!大体日向ぼっこなんて生暖かくて反吐が出るわ。もっと40℃近い暑さになりなさいよ。」
「ハッハッハ!ホムラ…そんなサウナを超えた地獄の暑さに対応できるの君ぐらいだからね!全ての人種を君の地元のボルケニアにいる大鬼族とかと一緒に考えないで欲しいね。そもそも日焼けなんて僕のこのモチモチ柔肌に染みでも作るつもりかい?全く僕がこの麗しの肌を保つために毎日何時に起きて運動して食事にも気を使ってを繰り返してると…」
「はいはい!分かったから!」
ホムラは手を叩いてネーデルの話を妨害する。
「それじゃ一体何でネーデルは外に出ている訳?」
「そりゃ、今からローシァがネロを連れて来客に来るからだろう。この街の渉外は見目麗しき僕の担当だからね。君のようなじゃじゃ馬娘には任せられないよ。」
ネーデルは手鏡を持って金髪をかれこれ小一時間は弄っていた。すると守衛が走って近づいてきた。
「ホムラ様!ネーデル様!ここにおられましたか。ローシァ様がお見えです。」
「あぁローシァね。話は聞いているわ。向こうで待たせておいて。」
「ではこの美しき僕が迎えに行こう…」
「いやアタシが行くわ!」
ラクサスがローシァの後ろでネロと屋敷に入る。するといきなり燃えるような髪の女性が飛び出してきたので混乱した。
「???」
「ローシァ~!会いたかったよ~!」
どうやらその女性はローシァに用があるようで思いっきり抱きしめている。
「あの~。ホムラ姉さま。熱いですわよ…」
そこに駆け付けたネロは腕を組んで笑う。
「ハッハッハ!ホムラも変わんないな!僕だよネロだよ!」
ホムラと言う女性はどうやらずっとあんな調子らしい。奥から苦笑してきた男性も声をかける。
「ハッハッハようこそ!我らがフレイム領へ!ローシァ嬢、ラクサス卿!」
男は堂々とした振る舞いで歩いてきた。別に公的な行事があるわけでもないのに上下燕尾服なんて随分と丁寧な応対だ。
「やぁ!僕はアルファ帝国一の美男子ことネーデル。ん?反応が薄いようだね。まぁ仕方がないか!一度この僕の美しさに見惚れてしまうと3時間は余裕で経ってしまうからね。それで後々になって日が暮れるなんて言う例をここ数年で何十件も聞いているよ。それに嫉妬した帝国の高官連中が僕を今この街に置いているという訳さ。全く女神様は僕にとんでもない試練を与えてくれたね。まあ僕は泥水の中でさえ咲く薔薇だから関係ないんだけどね!あぁ薔薇って言うのはそもそも‥‥」
随分と聞いてもいない話を喋る男だ…こころなしかラクサスは彼の周囲に薔薇が見えているようだ。ラクサスはローシァに耳打ちする。
「ずいぶんと自意識過剰な男だな…」
「彼は放っておいていいですわ。どうせあと1時間はあの演説を聞かされますわ。まぁ辛うじての救いはあの方は一度自分について話し出すと自身の世界に染まって周りが見えないので素早く逃げられることにあるのですわよ。」
ローシァはそう言って歩き始めた。時々ホムラが絡んでくるので鬱陶しそうにしている。
「ねぇ~。お菓子食べない!ちょうど商会からお菓子貰ってさ~。」
「は?正気ですの?私たちは今子供を探しに来たのですけれど。そんな暇はありません。」
そうしてローシァは歩き出す。
ホムラとローシァはともに御三家として交流しているだけではなく、母親同士が姉妹の従姉妹同士である。その為昔からもう一方の御三家と3人で共に遊んでいた。だからこそここまでホムラが慣れ慣れしいのである。ホムラは元々フリージアで産まれたローシァとは違いフレイムの出身ではない。以前ラクサスが武器を取りに訪れていたボルケニアの太守の娘でありこの街には統治の勉強として出向して来ているのである。
「ネロ!『神の視点』は使えないんですの?!」
ローシァはネロに声をかける。そもそも最初からネロの神の視点で探せばいいのに範囲制限があるとかネロが騒いだので今この街に来てから探しているのであった。
「はいはい、今探してるからさ…」
ソファに座ったネロは目をつむって自身の視界を遠くに飛ばす。自分の拠点ではないのでどこに誰がいて視点を共有すればいいのかも分からず些か混乱してしまうが、次第に視界が開けて来た。
牧歌的に歌う狩人、あちこち走り回る商人。それらを経由してネロの視界はとある場所にたどり着いた。
「南だ。ここから4㎞ほど南に進んだところに子供たちが集まっている。」
ネロはそう呟いた。そしてそのまま凝視を続ける。
「子供の近くには…ギャングか何かか?やたらガラの悪い連中が集まってる…」
「それで?!大将は誰なんだ?」
「分かんないよ…だって神の視点は視点を共有できるだけで視点を乗っ取ることも操ることもできないんだよ。」
ネロはそう残念そうにつぶやく。しかしここまでの情報が集まれば十二分である。ラクサス達はネロが言うところに軍を興して向かって行った。




