51話 大失踪
ラクサスとネロはソファに高貴そうな来客を案内した。
「そちらは前からこの街にいらしていられるバレンタイン家の倅さんですか。初めまして私はエドワード・マッキンリー。このフリージアで銀行家をしている準男爵です。」
エドワードと名乗った男性がそうラクサスに話しかける。ネロはラクサスに耳打ちした。
「この街の多くの商店に融資をしている大物だよ。実質あの人の機嫌は損ねない方がいい。まぁ悪い人ではないんだけどね。現にこう頼まれて来てるわけだし。」
「ん?どうかなさいましたかな?」
「い、いえ!何でもないです。それにしても穏やかじゃないですね。街の子どもたちが集団失踪とは…」
ラクサスがそう呟くと服屋の男性がまた大声を上げる。
「そうなんだよ!ウチのガキがね。もう朝起きたらベッドから居なくなってて!」
「落ち着いて。今ここで慌てては解決するものもしないですよ!」
すぐ隣にいた女性が慌ててたしなめる。ラクサスはその女性に見覚えがあった。
「あれ?ユリカ?何でこの街にいるんだよ。」
「あ、ラクサスさん。実は私あの後独立してこの街で魔道具屋をすることになりまして。」
「ふぅん。魔導具屋ねぇ…まぁよろしく。俺も使う機会あると思うからさ。」
ラクサスがそう言うとネロはそれを横目で見ながら手をパンと叩いた。
「落ち着いて!話を整理するぞ。つまり失踪したのは約30人。全員子供ってことだね。」
ネロはそう復唱すると隣にいるラビにメモを取らせた。ラクサスはその情報を聞いて呟く。
「この人数が一斉に消える…偶然ではなくて恐らく何らかの能力によるものか…」
すると奥にいた老婆がしわがれた声で口を開く。
「いえ、消えたのではありません。自ら出て行ったのです。」
「出て行った?!あんな夜中に?」
ネロは驚愕した顔で言う。完全に予想外だったようだ。
「私は孫娘と二人暮らしをしております。それである夜ふと目が覚めましたらベッドで就寝していた所急に孫が起きまして、自らドアの鍵を開けて出て行ったのです。」
「ふむ。それで何で止めなかったんで?」
「便所に行ったものと思いまして、あの恥ずかしがる年頃でしょうわざわざトイレにまでついて行くのもできず…」
「娘さんの年は聞いていないんだけどね…」
ネロはそう苦笑するとソファから立ち上がって叫んだ。
「まぁ良いでしょう。代々この街に本拠を置いてるだけにそろそろ俺らが役立つところを見せないと…タイガ!今何人動かせる!」
「はい。今動けるのは負傷中の連中等を除き獣騎士は100名ですが。」
「全軍出せ。ローラー作戦だ!」
ネロはそう言って拳を突き上げた。
ラクサスは混乱した。ネロはまさかの人海戦術で子供たちを探そうというのか。いわゆる非効率の極みの方法ではないか…
仕方がないのでラクサスは手を上げる。
「ウチに魔狼がいるのでそいつらの嗅覚で探したほうがいいかと。」
「なるほどでは失踪した子供の使っていたタオルを持ってこさせます。」
ラクサスは準備を整えるとタロウに失踪していたとある少年が使っていたとかいうタオルの匂いを嗅がせる。
「さぁ野郎ども!これと同じ匂いを辿ってもらおうか。」
ラクサスの狼たちはすぐに反応し匂いを辿って走っていった。
先導するのはタロウジロウサブロウの3頭で手綱をラクサスが握っている。それでラクサスは歩いているのであった。ラクサスの肩の上にはマンドラゴラがしがみついている。それ以外に懐には霊剣が数本収まっているし、その他スライムなどの魔物も連れてきている。後ろにはネロとその部下60人が付いてきている。(ネロは全軍呼び出すつもりだったがそんなことで国の防衛を無視するわけにはいかないので何とか説得して減らしてもらった。)
それに後ろには失踪した子供の親たちがぞろぞろと付いてきている。
それでその中に一台の馬車、いやグリフォン車があった。馬車なのだが引いているのが馬ではなくグリフォンのポチである。なお御者はラクサス肝いりのマンドラゴラである。ラクサス以外でも操縦できるように騎乗訓練を積んでいるのだ。
「しかし珍しいものですわね。グリフォン車なんて。ねぇネロ。」
その女性、ローシァは窓の外からネロに声をかける。
「ん?あぁどうもグリフォンを馬車として売り出して儲けるための試験をしてるんだってさ。どうも繁殖させたいんだって。」
「ふ~ん。わざわざ私をそれに付き合わせようと…」
ローシァは苦言を呈するがネロは慌てて止める。
「おいおい主目的はそれじゃないぞ。失踪した子供を捜索するのが主目的だよ。で?お前は何で来てるんだ?いつも通り温室屋敷で茶会でもすればいいのに。」
ローシァはため息をついて。
「あのね…この事件は自領で起きた誘拐事件なのよ。つまりフリージア領主である私の問題。裁くために私が出ない訳がないでしょう。それにあなたたちに任せると犯人が死体になって帰ってきそうですわ。」
「ふ~ん…信用されてないなぁ…」
そんなことを話している間にいつの間にか領土の端に来ていた。
「ふぅん…この先かぁ…」
フリージアと隣の領地の間には大河が流れている。この河はいずれ大きな川となり向こうの帝都を流れて海に流れて行く。
「本来はフリージア領の兵士達は無許可でここを超えて戦闘することはできませんわ。」
「でも俺らはフリージアの兵士じゃねぇから自由に超えられる!」
ネロは助走を付けてから大河を飛び越える。
「獣人族は帝国内ならどこをほっつき歩いててもいいんだ。まぁ本部はあそこだし自己責任だけどね。」
ネロはそう言うと振り返って叫んだ。
「ローシァ!どうする?住民たちには一旦お帰り願うか?」
「そうしたほうがよろしいかしらね。ラクサスはどう思う?」
ローシァはラクサスに尋ねる。
「えぇ恐らくここまでの話になると下手を打つと王国中を揺るがす事件になる。危険は少ない方がいいな。」
こうしてラクサス、ネロ、ローシァは住民たちを少しの兵士と共に国境においてそのまま隣の領土に入っていった。




