48話 探し物をするときに行き倒れるのは止めましょう
ある日自宅の前にこの間会ったばかりの魔女が倒れていたらどう思うだろうか。少なくともラクサスは混乱した。
「あの~。アンジェラさん…何で俺の家の前で行き倒れてるんです?」
アンジェラは面倒くさそうにラクサスを見上げるとこう言い放つ。
「ん?あぁラクサスね…どうかしら?魔物は集まった?」
「えぇまぁ…ところで貴方はいったい何をしてるんです?こんなとこまで来て…」
「あぁそれはね…とある薬草を探してるのよ。学園長に言われてね。それが見つからなくてここに来たところで行き倒れて…」
「いやバカですかアンタ!てか、探し物ならウチの太守にでも頼めばいいでしょうが!」
そうラクサスは怒るのでアンジェラは観念して。
「はいはい。えっと今ここはフリーザン卿じゃなくて、ローシァちゃんの担当領域だったわね…」
アンジェラはメモを読むとラクサスの方を向いた。
「あなたのグリフォンに乗せなさいよ。」
「へ?」
「乗せなさい。上司命令よ?」
ラクサスは困惑した。何を考えてこの人はポチに乗ろうとしているのか。
「あのあれはタクシーじゃないんすけど…立派な魔物で俺の戦力なんですけど…」
「いいから!早くしないとあのババ学園長に怒られるのよ!」
そう言ってアンジェラは走ってポチに乗り込んだ。一拍遅れてラクサスも前に乗る。
「はぁ…貸しっすからね…で?どこまで行くんで?」
「ローシァちゃんの家に連れて行きなさい。」
「へい…それじゃ見張りを立てときますね。」
ラクサスが胸に下げていた笛を鳴らす。すると…地面から手が出て来る。その腕は周囲の土を掘り返し、その内ガイコツ数体が姿を見せた。
「きゃぁぁ!ガイコツ?!!!なんて驚くと思った?」
アンジェラは驚くふりをしてから真顔に戻って言った。どうやらこの程度ではビビらないらしい。ガイコツは剣を持つとラクサスに敬礼をした。
「あぁ頼んだぞ!」
そう言ってラクサスとアンジェラは飛んで行った。
「新しい魔物が増えたのね。あれはスケルトンかしら?」
「えぇ。この前のネクロマンサー騒動の時に何体か拝借を…」
「あぁ、スケルトンってネクロマンサーに動かされることが多いけどある程度魔力貯まると自分で魔物化して自律するものね。そのレベルになるともはや下手な術者の制御すら超えて危険だけれども、あなたなら制御できるのね。」
「えぇ。一応心臓には魔石を付けてるのでエネルギーが切れる心配もないんで。」
「へぇ…その手の改造をしてるのね…本当に魔術向学の進歩には驚かされるわ。」
二人がそんな話をしていると奥にローシァの屋敷が見えて来た。
「ここがあの女のハウスね。」
「浮気相手の家に突入でもするのかな?」
ラクサスは呆れながら屋敷の前の庭にポチを止めた。
「あの~!ローシァ嬢はご在宅か?」
ラクサスが門前で大声を出して聞くと奥から黒服でメガネをかけた女性が出て来て答える。恐らくメイドか何かだろう。
「はい、お嬢様ならば現在お仕事中でございますが。何か御用でしょうか。正直事前のご予約が無いのでして下さるべきかと。」
インテリ風のメイドはメガネをくいっとやって牽制する。まぁ確かに急に平日の昼間に来られても太守としても困るのかもしれない。
「私が来たと言いなさい。魔王軍四天王のアンジェラが。」
「承知いたしました。」
メイドは廊下の奥に消えるとローシァが入室を許可する声が聞こえた。
「久しぶりね。ローシァ。」
「あら?アンジェラさんではありませんの!」
ローシァは急いで本を仕舞ってしまうと戻って来た。
「ラクサスもいますのね。一体なんの御用でしょう。」
ローシァは手を叩いて使用人を呼ぶと茶を出すように言いつけた。
しばらくして変わった色の紅茶がやって来た。
「私のコネで某商会から手に入れた超ウルトラスーパー高級茶葉の紅茶ですわ。価値が分かる方にだけお出しいたしますの。まぁそれ理解できる人がこの国に何人いるかというお話ですけれど。おほほ。」
ローシァはそう言って超ウルトラスーパー高級紅茶を飲む。そもそもそんな超ウルトラスーパー高級紅茶を何でラクサスみたいなよく分からない奴に出してくるのか。バカにしたいのかそれともただのいい人なのか。ラクサスにはそれが分からない。
アンジェラは急に畏まってこう告げる。
「学園からまた薬草が無くなったのよ。しかもかなりマズいやつ。」
アンジェラはそう言ってうつむくが、隣にいたラクサスはそれを聞いて顔をしかめる。
「でもアンタ確か前の件で勝手に魔術学院の薬草使ったとか言われてなかったでしたっけ?」
「違うのよ。確かにそのことで魔術学院における私の信用度は地に落ちたどころかマイナスになったけど!これはそんな問題を遥かに超越した話なのよ。問題のヤバさはその数倍は行くわ。」
いやそれじゃあ五十歩百歩だし一応振り回された身分としてラクサスが面倒くさく思っていると、アンジェラは言葉を続ける。
「酔草って知ってるかしら?」
「酔草?すみません俺魔物には詳しいんですが植物はちょっと…人を食う花くらいしか知らなくて…」
ラクサスはそんなものを知っているわけがないので首を横に振って顔をローシァの元に向ける。ただローシァは酔草がどういう代物なのかと言うことくらいは理解しているようで顔を上げるとこうつぶやいた。
「酔草ですわね…。あの草はこの周辺に自生しているものではないですわよ?」
ローシァはそう言って紅茶に口を付ける。
「え?酔草って何?いったい何なのそれ!」
ラクサスは一人だけ話に置いて行かれて少々悔しいが、聞かぬは一生の恥とアンジェラに聞くことにした。
「酔草はねぇ…大雑把に言えば薬草なんだけれども。これが危険で…一般には出回らないものなのよ。」
「はぁ…そんな草があるんすね…」
いやさすがにラクサスもどこかで話は聞いたことはあるのだろうが、生憎ほとんど右耳から入って左耳に流れ出ていくので覚えていなくともしょうがない。いやしょうがないという訳では決してないけれども。アンジェラは続ける。
「葉は十分に効能が薄まっていて、それでも大分危険なのだけれど、最も危ないのは果実でこれは見た目は本当に小さくて赤い綺麗な果実なのだけれども、なんせ生成された成分がぎゅっと凝縮されているせいで一個食べれば目の前に幻覚が宿り、五感は狂い正常な受け答えが出来なくなり、挙句の果てには死ぬというとんでもない植物。」
なるほどつまり人間世界で言う麻薬という訳だ。成分まで同じかはさすがにラクサスでは理解できないが。
「それはとっくに一般社会には出回らないけれども、学園では少々研究用に保存されているの。」
「それが賊にでも盗まれたということでしょうか?」
ローシァはそう答える。
「えぇ…倉庫の中からね。現在学園にいる人間が総がかりで行方を捜索しているわ。それであなたの元に来たの。」
アンジェラはそう言ってローシァの方をじっと見る。
「はぁ…分かりました。情報は頭に入れておきます。」
「助かるわ。それじゃあまた何かあったら連絡するから。」
アンジェラは紅茶を飲み干して立ち上がる。
「ん?俺を連れてかないんすか?」
ラクサスはてっきり彼女に強引に連れていかれると思ったので面食らった。
「いや、だって別にあなたも一国一城の主でしょ?連れてかないわよ。」
「は、はぁ…」
アンジェラは呆然とするラクサスを残して帰っていった。




