44話 魔王軍幹部の邸宅はやはり大きい
魔王城からほど近いところに巨大な日本家屋があった。周囲をわざわざ植えて来た竹林に囲まれ、鯉の泳いでいる池が目立つやや広い庭に縁側付きの平屋建ての建物は築何十年の雰囲気を出している。ただ実際に作られたのは大分最近であると言われている。その証拠に至る所に魔術的装飾が隠されているし、なぜこんな変な状況になっているのかと言うと家主がなぜかここが落ち付くと言って家を建ててしまったのだ。そのせいで魔王軍幹部なのに随分と日本的な暮らしをしている。
和室で座布団に座り、黒い着物を着た家主は相手の影を見ながら将棋を指している。
「ふむ…あの街にまたネクロマンサーの群れが来たのか…」
「はい。ネロとラクサスが撃退しましたが。」
髪を後ろに一つ縛りにしたティナがそう報告する。
「ネロか…奴の獣の剣は最高だ…まさに闇獣のうねりを感じるぞ。」
「はっ、やはりそうですか。マサムネ様。実は私も思っていました。彼は異常なまでの戦闘狂が無ければ良いんですけどね。」
「でもだ。お主が問いたい問題はそれ以外にあると見えるぞ…」
ラクサスは金を動かして言う。すると向こうからパチンという音が聞こえる。その先にいるのは全身真っ黒な存在。その正体はと言うと自身の影である。この男マサムネは自身の影と将棋を指しているのであった。
「だがここで予定外のことが起きたと…」
「さすがに勇者相手はきついですか?」
「勇者が来たか…厄介な問題だな…っと隙を見せたな。これで詰みだ。」
マサムネは苦笑しながら将棋を指し終える。
「クックック見ろ。これで小生は小生の影に99連勝中だ。」
「お言葉ですが。今世間ではマサムネ様が遂に、遂に友達が居なくなって一人遊びを始めたとか言う噂が出ています。」
「クックック、あ奴らに小生の崇高な精神が理解できるかね。まぁいい。それであそこの太守はどうなっている。確か出かけてたと思われるが‥」
「あぁなんだかんだ言ってお怒りでしたね。娘さんの方が。」
「クックック…大変よの。御三家とは言えエルフの世話も…」
そう言ってマサムネはまた次の対局を始めた。
その一方で太守の屋敷は非常に冷たい空気に満たされていた。
小さなテーブルで水色髪の令嬢と獣人が話している。
「ふぅ~ん…それでネロは単騎で敵に突っ込んでいったということですわね?また随分と野蛮なことで。獣臭いですわ。」
そう扇で口を隠しながら嘲笑するのは水色の髪に絢爛なドレスを着たエルフ ローシァである。
「ん?獣臭いって。僕は獣人族だが?」
そう言ってテーブルの向こうで渋面を作るのはネロである。
「全く何で私に報告しなかったんですの?」
「僕らが最強だからね。」
「へ?」
「だから!僕ら獣人族が街を守ったんだ。その点は評価していただきたいな。ローシァ。」
そう言ってネロは椅子を倒して笑顔になって笑う。
「ったく…生意気ですわよ?あなたみたいなバカが一応騎士団率いられるのは誰のおかげだと思ってるんですの?しかもローシァて…私は御三家ですわよ!貴族ですわよ!」
周囲が凍えそうなほどに冷たくなる。しかしネロは関係ないように
「誤解しないで欲しいな。僕は魔王様直属の獣人部隊で本部兼訓練場をここに置いてるだけだから!別に御三家の令嬢のローシァと直接の主従関係にあるわけではないんだぜ?あくまで協力関係だということをお忘れなく。大体僕も貴族の端くれではあるし。」
そう言ってネロは笑みを浮かべて続ける。彼にとってはより重要なことがあるのだ。
「はぁ…それで…件の勇者はどうしたのかしら?正直これが一番の問題ですわよ。」
ローシァはティーカップを置くと隣にあったケーキにフォークを入れる。
「あぁ…それは…今陛下に報告しているバレンタイン親子が話してくれんだろ。僕も正直これについては分からない。僕は向こうの塔で手いっぱいだったから。あぁ!勇者と殺し合いたかった!」
「これだから頭戦闘狂は…まぁ貴方はネクロマンサーを捕らえた功績はありますわ。そこは正直評価してあげてもいいわよ。チビで小さい脳みそでよくここまで考え付きましたわね。」
ローシアは皮肉たっぷりにパフェを口に運ぶ。
「しかしやっすいパフェですわね。これどこで仕入れたのかしら。」
「ハハハ、さすが御令嬢にはパフェの味が分かると言いたいのか。正直僕みたいな軍人にはパフェの違いなんて分からないけど、この上にあるナッツが美味いのは知ってる。」
「はぁ、あなたが羨ましいですわ。この程度で満足できて。」
落胆するローシァにネロは笑顔で
「まぁ、君のダイエットにはいいんじゃないかな。あんま甘いのは体に毒だってウチのラビも話してたぞ。」
そう鬼畜に言い放つ。
「ふぅ~ん…じゃあダイエットしましょうか。」
瞬間部屋の中が凍り付く。無論ネロも氷漬けに巻き込まれてしまう。
「きゃぁ!冷たい~!」
「しばらくはレディーに対する恥を知りなさいな。それにあなた寒さは感じないんじゃなくて?」
氷を操るエルフ、氷人形ローシァはそう言うと部屋を出て行って乱暴に扉を閉じた。




