34話 思いがけない死神の正体
足元でクラーケンが暴れまわる中でヴェールの元に連絡がやって来た。
「はいはい、ヴェールですよっと。あぁオランジュさんですか。」
通信機の向こうでオランジュと名乗る者から連絡があった。
「まぁ作戦の進捗はと言えばノワールとブーロンが敗れましたね。まぁ何一つ期待はしてなかったですけれど。特にノワールの方なんかはあれで良く私に預けて来ましたねと言う感想しか出ません。あぁこれはブルさんにはご内密に。」
ヴェールはそうため息をついて言う。
『じゃあ加勢必要な感じ?』
「必要ありません。聞こえるでしょうクラーケンは解放したんです。もしかして私のことを信用なさっていないのですか?」
『キャハハ!そんなこと無いって。ウチはヴェールっちのこと信用してるよ?さっきのは冗談だよ。冗談!いくらヴェールっちがウチより弱いったって負けたら示しがつかないでしょ!』
「と り あ え ず!私はきちんと任務を遂行していますのでご心配なきよう。そう陛下にも一言一句間違えずにお伝えくださいね。後ルージュさんにも」
『は~い。』
そう言ってヴェールは通信機の電源を落とすと懐にしまいながら
「ったくこれだから小娘は…」と呆れた。
それが早いかヴェールの前にラクサスがやって来る。
「これはこれは予想よりお早いご帰還で。」
ヴェールはラクサスに恭しく一礼をして仕込み杖を取る。
「よくクラーケンに肉塊にされなかったですねぇ。それとも私に肉塊にされることをご希望で?」
「そのどっちでもねぇよ…俺達はお前を倒す!ヴェール!」
ラクサスはそう言うと矛を構える。
「ふぅむ。隙のない構えですねぇ。しかし…甘いんですよォ!」
ヴェールは風の刃を何重にも放つ。
「みじん切りがお好みですかね。慌てることはありません。直に…ッ!」
ヴェールはセリフを止める。なぜなら彼の首筋に寒気を感じたからだ。背後にいたのは死神であり大鎌が頸に触れそうになっている。
(何だ…私でも感知できなかった…)
ヴェールの頬に汗が落ちる。ヴェールは一呼吸おいてから。
「さすがは死神。私の背後を取るとは…この巨体でも気配は消せるものなんですねぇ。」
「‥‥…」
死神は何も答えない。それを知ってかヴェールは風の刃を背後に出す。死神はそれを無音で避ける。
「甘いんですよォ!」
ヴェールは逃げた先を剣で突く。その間にもラクサスにも風の刃を出して隙をなくす。ヴェールの剣が死神の外套に当たり少し裂く。しかし中身は無かった。
(死神ってのは中身がスカスカなんですかね。)
そう考えながらヴェールはニ撃目を繰り出す。その剣は死神の仮面に当たって割った。
「クックック。ご尊顔を拝見いたしましょうか。」
ヴェールはニヤリ、と笑みを浮かべて言う。割れた仮面の下には…可愛い顔をした少女がいた。
「へ?」
きょとんとしているヴェールを尻目にその死神は
「…私の素顔を見ましたね‥‥」
と屈んで顔を覆う始末だ。その上屈んだせいで倒れ込んでしまい。中から竹馬が出てきた。ラクサスはこれを見て
「え?あのでけぇ図体した死神ってこんな可憐な少女が化けてたん?てか今こいつ竹馬に乗ってたよな……じゃハリボテってこと?」
ラクサスはそう言ってまた顔を見る。顔は可愛らしい方だが目は冷酷な雰囲気を帯びている。。と言うかラクサスが今まで見た中でいちばん可愛い。髪は黒髪を伸ばしていて腰まで伸びている。
「お、お~よしよし。」
エリスが彼女の頭を撫でている。
「この娘はね。無口でシャイな死神ちゃんことティナよ!」
困惑するラクサスにエリスがそう紹介する。どうやらエリスは彼女のことを知っているらしい。
「どうも。ティナです。毎日日陰に生きるものなのでご承知を…いやしてもらわなくても結構です…」
「それよりもティナは何でこの街に?」
「そ、それは…大鎌を鍛え直してもらっていまして……あぁ大鎌はこれです。」
そう言って彼女は大鎌をラクサスに見せる。
「はぁ…かなりいいもの使ってるな。」
「はい…私の相棒です…」
そう言って彼女は大切そうに鎌を抱きしめる。ラクサスはこれを見て可愛いと思ってしまった。
「私のことを忘れないでいただきたいですねぇ!」
ヴェールはそう言って風の刃を展開していく。
「たかが小娘の一人増えたところで…そちらの戦況は変わらないんですよ!」
ヴェールはそう言ってエリスとティナにも仕込み杖を向ける。
「だが。頼みの綱のクラーケンは既にアルフレッドさんが攻略している最中だ。」
ラクサスはそう言って指を鳴らすとポチを呼び出して飛び乗る。
「クックック。残念ながら。そちらの御大将もクラーケンに勝てるとは思えませんけれども…」
「でもお前も制御できないだろ?お前らが飼っているわけじゃないんだから。」
「なっ。」
すると足元のクラーケンの触手がヴェールに伸びてくる。
「おのれ!」
ヴェールはそれを一瞬で切り裂く。
このクラーケンは元々アルファ帝国にあったもの。別に外来のヴェールが制御できるわけないではないか。事実上クラーケンは己の生物としての破壊衝動で動いているに過ぎない。逆にベータ帝国にも脅威になりうる諸刃の剣だ。しかしそれが今ヴェールの首を絞める。
「この……ッ!」
ヴェールは周囲に風を引き起こして飛び上がる。
「しかしそれはそちらにも言えること!しかもそちらは街に被害をもたらしてはいけないというおまけ付きですねぇ。」
ヴェールは飛び上がって風の刃を出す。
(この風の刃の法則性を見抜けないと…)
ラクサスは苦戦する。ただでさえ仕込み杖の攻撃がある上にそれと連動しないで刃が出て来るのが恐ろしい。
「ぐおッ!」
ヴェールの仕込み杖を何とかかわす。
「やっぱり、あの風の刃が恐ろしいわね。」
エリスがそう呟く。
「エリスさん。どうしましょうか……」
「そうね……何かあるはずなのよね…」
エリスはしばらく思案してあることを思いつく。
「ティナ。お願いがあるのだけれども……」
「な、何?エリスちゃん。」
ティナは怖がりながら聞く。エリスはティナに耳打ちをした。
「ハッハッハ!避けるだけですか?」
ヴェールはそうラクサスを煽る。
「お前は本当に命令に従っているだけなんだな。」
「ん?」
「本当はお前もこんなの望んでいないんじゃないのか?」
「何ですか。そんなことですか。悪魔に言われるとは心外ですねぇ。私は皇帝の言うがままの駒ですよ。」
ヴェールはラクサスの言葉にそう返す。
「私はただの駒。醸造ワイン以外何にも興味はありません。たとえ己の生死であろうとも。人命がなんだというのです。」
ヴェールはそうして高笑いする。
「お前‥‥」
ラクサスはそう歯ぎしりしてから。
「背後に注意しろ。」
「は?」
その瞬間ティナが大鎌を振るってヴェールを切り裂いた。




