1話 異世界転生だと
古より魔族とは古代現代問わず人間が恐れ敬い崇拝する、多くの人ならざるものの総称である。そしてその荒くれどもの上に君臨し彼らを統べるは他の誰でもないただ一人の魔王軍の悪魔族。一説には魔王は世界中の魔物を治めるとされている。
「で?俺にそれになれってことかよ!」
椅子の上で、このある男性は向かいにいる存在に怒鳴りつける。
「いえ、魔王ではなく魔王の部下の悪魔です。」
そう威圧的に答えたのは美しい女性だ。その見た目は八頭身かつ白髪で顔は恐ろしいほどに整っている。その姿はむしろ人と言うより何か一種の芸術作品のようだった。初めて会ったとき彼は女神の存在を見たことはなかったがその覇気で感じた。
「ここは異世界転生の場か!なんだよ漫画とか小説の中だけかと思ってた。」
男の動揺を知ってか知らずか、それともどうでもいいと思っているのか彼女は拍手で迎えてきた。
「おめでとうございます!今日からあなたは悪魔に転生するのです。」
その言葉を聞いて返す言葉は一つ。いや誰でも同様の言葉を返していたかもしれない
「そんなこと言われてすぐ納得できる奴がいるものか。今までもいなかったろ!」
彼は混乱してそう言い返す。
(そもそも俺はほんの数時間前まで普通に大学生をしていたんだぞ・・・)
彼はとある大学で心理学を専攻している男だった。学位もそこそこあったのだがどうしてこのようなことになったのか分からない。両親は死別していて兄貴が一人の貧しい生活。思い出すのは辛うじて通学中に車で突っ込まれたことくらいか。よくある事故である。それで気が付いたらこの女神の前にいた。それで今ここで転生の儀というものを行っているようなのだが、正直彼はそんなことをまったく気にしていなかった。どこかの人間にでもなるのかそれとも名も知らない魚になるのかとか気になることは多いが、別にいざ転生したら忘れてしまうようなことなんだから今更気にして来世に不安を残すまでもない。だが、さすがのラクサスもいきなり告げられた悪魔という職には抵抗があった。
そこで彼は恐る恐る聞き返した。
「あの・・・魔王軍って、あれですよね。ゲームとかに出てくるような。」
「ええ、正確に言えば魔法が異常に発展した世界で、独自の進化体系を遂げた生物集団ですが。」
女神は何を1+1=2のような当たり前のことを聞いているのかという口調である。
「そんな細かい分類あったんだな。でもつまり俺って魔王側になるわけじゃないですか。てことは、俺は勇者に殺されるってことかよ。ちょっと待て、そりゃないぜ。」
彼が頭を抱えて騒いでいると、向かいにいる女性(後で紹介されて女神だと分かった。)が耳をふさぎながら呆れてたしなめる。
「そんなに騒がないでくださいよ。別に今すぐ殺されるってわけじゃないんだから。」
「じゃあ、今の状況を説明してくれ。」
「仕方ないですねぇ~。貴方はさっき車に撥ねられてそれで死にました。ここまではオッケーですね?Are You OK?」
「あ、あぁ。」
女神は子供にでも説明しているかのように易しく説明する。
「そしてあなたはこの転生の間に来て、私が新しい生命にご案内することになりました。」
「で、その行き先が魔王の部下ってこと!」
まさか、それでこの魔王軍の幹部と言う職に就くことになったのか。
「まあ、正確には魔王軍の四天王の跡継ぎとしての出生ですが。」
女性はそう言って答える。そこで俺はさっきから抱いていた質問にけりをつける。
「でもどうして俺なんだよ。他に適正者なんて吐いて捨てるほどいるだろうに。」
「それは極秘秘密です。」
女神は口に指をあてて答える。
「まあ、辛うじて言えることはそもそも完全ランダム制ですから。」
「そうか、じゃあ俺は宝くじの何倍もの幸運を引き寄せたということか。望んでいたのとは違うけどネ!」
彼はそう苦笑する。
「あの~それで具体的に魔王軍の職務ってのは・・・」
「多くの魔物・魔族の統治です。それがメインの職務になります。」
その言葉を彼は嘘だと感じた。
「え?世界征服とかないんですね。」
「いや、普通ないでしょう。と言っても今まで何人かその行いをしようとしていましたね。いずれも勇者によって止められましたが。ま、いたずらに権力欲に取りつかれるとそういう末路に陥ってしまう可能性もありますからせいぜいお気を付けてください。そこまでは私たちの不干渉領域なので。もちろん今までこの時点での忠告を真に受けていた人はいませんが。」
女神が苦笑して言っていると、途中で鐘がなった。教会のような音がこだましている。
「おやおや、そろそろ上が催促してきたようです。こういうお役所仕事は苦労しますねぇ。」
そう言うが早いか彼女は左手を俺の頭に乗せると、意味の分からない呪文を唱え始めた。
その呪文に合わせて急に意識が遠くなる。薄れゆく意識の中で、最期に彼が聞いた言葉は。
「では、次の人生頑張ってください。ファイトです!」
そう言って女神はサムズアップをする。
いやいったいどういう了見だよ!
という訳である男は異世界転生をすることになってしまった。