5話 先で待つ者
甲冑騎士の女性はなぜ、ごめんなさいと言ったのだろうか。彼女は、戦闘なんてものとは無縁といった優しい雰囲気を纏っていた。だが、彼女はまるで機械のように私を圧倒していた。なんだ…この違和感は…
考え込んでいたシュバルツの肩に、優しく手が触れる。「大丈夫ですか?シュバルツ様。思い悩んでおられるようですが」とロムらの声が響く。
シュバルツは我に返ってロムラの方へ視線を送り、「すまない、なんでもないんだ。それより、ライエを追いかけよう。彼女1人で進むのは危険だ」と足早に彼女を追う。
路地を進むと、イージス邸が目の前に迫った。表通りに面した大きな邸宅は、人の気配なく静かに佇んでいた。
シュバルツ達は警戒しながら門を抜け、邸宅に入っていく。
イージス邸 エントランス
豪華な邸宅の中に入ると、大きな窓やステンドグラスから差し込む月明かりが神秘的な情景を作っていた。そして、そこに1人の男が佇んでいた。
男はシュバルツ達を一瞥し、拍手を送る。「よくここまで辿り着いたな。星の民と人間。根本が違う者達だとしても、彼らは獣のように理性を持たないわけではない。彼らは君達と同じように自我を持ち、対話する。そんな彼らを感情を乱さずに殺し、進むことはさぞ心が傷んだことだろう」
男はゆっくりとシュバルツ達の方へ視線を向ける、蔑むように見下しながら「それで?君達は何をしに来たんだ?」と吐き捨てる。
シュバルツは男を睨み、「私達はこの無意味な戦闘を終わらせる為にここに来た。お前が…ディオスだな」と怒りを含みながら答える。
男は冷笑し、「いかにも。私はディオス・アルマータ。今回の騒動の発端であり、君達の敵でもある。今すぐに平伏させても構わないが、それでは面白くない。人類の力とやらを見せてみろ」と一本の剣を顕現させる。
シュバルツはそれを見て水晶大剣を顕現させ、地面を蹴る。
その背後で、少女は静かに口角を上げて入り口の方へ歩いて行った。「後は任せますわ、英雄様方」と呟いて。
ディオスは構えもせずに立ち尽くしてシュバルツの接近を待つ。直後、勢いを乗せたシュバルツの大剣がディオスの眼前に迫った。だが、その剣はディオスを貫く事はなく、大きな金属音を立てて天を仰ぐ。
シュバルツはすぐさま後退し、再度地面を蹴る。しかし、幾度挑んだとしてもシュバルツの剣はディオスには届かず、彼は片手で全ての攻撃を受け流し続けていた。
「ふむ…。やはり興醒めだな。あのアーツとかいう男の方が幾分かマシだった。奴はお前のように星の民の力を操れていなかったというのに、この私に力を使わせたのだぞ。だというのに、お前はその力を持ってしても私を楽しませる事すらできない。残念だと言わせてもらおう」と言って、噛み付くように剣戟を繰り出し続けていたシュバルツを片手の膂力で押し返して吹き飛ばす。
シュバルツは地面を削るように吹き飛ばされ、獣の爪痕のように二本の線を地面に刻む。仲間達の前で膝をつき、今にも地面を蹴ろうとするディオスを見上げる。
ディオスは剣を両手で握り込み、静かに構えを取ってシュバルツに向かって一直線に突撃する。しかし、シュバルツに向かったディオスの歩は甲高い金属音と共に止められる。
「いやはや、中々恐ろしい技量ですな。老兵相手ではつまらないかもしれませんが、このロムラとお手合わせいただきたい」と言いながら、涼しい顔でディオスの攻撃を受け止めていた。
ディオスは嬉しそうに口角をあげ、「星の民の力すら持たぬ人間が、私に立ち向かうとは面白い。いいだろう。相手になってやる」と言ってスッと後退する。そして、ロムラと絶妙な距離感で睨み合いを始める。
ロムラはすぐに拮抗を破り、地面を蹴る。間合いに入り込み、ディオスの剣戟を華麗に回避する。リーチを読み、ディオスの癖を見切るように、滑らかに懐に迫っていく。ディオスは一瞬驚きの表情を見せ、ロムラから距離を取ろうと後退しようとする。
ロムラはその瞬間を待っていたと言わんばかりに瞬時に動きを早め、ディオスの振り下ろした剣を間一髪のところで回避しながら、スッと彼の脇をすり抜ける。直後、ディオスの体からは鮮血が少量飛び、彼は傷口を触りながら後退する。
「ほう…。この私に傷をつけたか。なかなか素晴らしい腕前だ。だが、こんな傷をつけたところで意味はない。私は星の民。君達と違ってこのような傷は傷とさえ呼べないのだよ」と話しているうちに傷口が塞がっていく。
「流石は星の民ですね。私達の常識では測ることができない。ですが、リソースにも限界はありましょう。私達と根比べといきましょう」と言ってキースの隣に立つ。
キースはロムラに合わせるように大剣を構え、地面を蹴る。
ディオスはその様子を面白そうに眺め、「いいぞ。このディオスに傷をつけた勇士の戦術ならば興味がある。さあ、我を驚かせて見せよ」と剣を振る。
キースとロムラはお互い距離を取り、ディオスを挟むように展開する。そして、立ち尽くすディオスに矢の雨が到達するのと同時に、一気に距離を詰める。
ディオスはすぐさま剣を両手で握り、ニックの方へ一振りする。風圧が迸り、矢は勢いを失ってパラパラと地面に落ちる。そして、矢を構えていたニックの体勢を簡単に崩してしまう。
すぐさま低い姿勢をとって反転し、一切視界に捉えていなかったキースの大剣を斬りあげる。そのまま勢いを殺さずに、迫ってきていたロムラの剣を止める。空いた片手を体勢を崩したキースに向け、開いた手を握り込む。直後に何かに殴られたかのような衝撃がキースを襲い、恐ろしい速度で邸宅の壁に突き刺さる。
すぐさまロムラの剣を弾き、体を捻って回し蹴りを叩き込む。ロムラは咄嗟に剣で受け止めたものの、その衝撃は大きく吹き飛んでしまう。膝をついたロムラの手元には、ヒビの入った剣が残されていた。
ディオスは手を止めず、すぐさまロムラに向かって地面を蹴る。そして、膝をつく彼に剣を振り下ろしていく。その瞬間を、2人の間に大きな影が割って入り、金属音を響かせる。
「邪魔しないでもらえるかな。私はそこの彼と戦っているんだ」と言って力を込めて剣を弾く。
シュバルツは地面に叩きつけられた剣を握り直し、ディオスを睨む。力を込め、ディオスに向かって再度剣を振るう。
「君では力不足だと言っただろう?未熟者は指を咥えて見ているといい」と簡単にシュバルツの攻撃を受け止め、徐々に力を込めてシュバルツを跪かせていく。
その時、風を切る音が響き渡りディオスが後退する。直後に2人の間を幾重もの矢が通り過ぎ、邸宅の壁に突き立てられていく。シュバルツは即座に剣を握り直し、さらにディオスに詰め寄っていく。
ディオスはそんなシュバルツを無視し、スッと地面を蹴る。彼は全員が瞬きもしないうちにニックの背後に立っていた。握られた剣には鮮血が付着していた。
ニックは驚いたように目を見開き、「バカな…。早すぎる…」と声を漏らす。体を抑え、苦痛の表情を浮かべていた。その口端からは血が流れ出ていく。
ディオスはニックを一瞥し、「場を制する者を先に仕留めるのは通りだ。そうだろう?複数人で行動する場合は役割が重要だ。お互いが支えあうことでより効率的に、優勢に戦闘を行える。だが、その負荷率は均等であるべきだ。なぜなら、このように負荷率の高い者が居なくなると一手で大きな打撃となってしまうからだ」とシュバルツ達に悠々と告げる。その傍らには、ゆっくりと崩れ落ちたニックの姿があった。
シュバルツは一瞬の動揺を見せて目を泳がせる。手が震え、怒りで表情が歪む。しかし、その一瞬の隙を彼は待たなかった。ディオスは瞬時に地面を蹴り、シュバルツに剣を突き出していた。「言い忘れていた。人間というのは、感情で動く側面がある。感情が大きく揺れるとき、人はそれを飲み込めずに動きを止めてしまう。つまり、私が何もしなくともキッカケを作れば簡単に隙が作れるてしまう。君達は一手目を打たせた時点で負けなんだよ」と大柄の男性を貫きながら、悠々と肩越しにシュバルツをあざ笑う。
シュバルツは目の前の大男に突き刺さる剣と赤く染まった刀身を見て崩れ落ちる。「ああ…そんな…そんな事って…」と力なく項垂れ、ゆっくりと抜き去られる剣とバタリと地面に伏すキースの姿を視界に捉え、硬直する。
ディオスは剣を振って血を払い、折れた剣を握って立ち上がったロムラに向かって手を降ろす。直後、ロムラは重力に叩きつけられるように再度膝をつく。「断罪の時だ。星の民の力を人類が扱うなど、忌々しい事をしてくれたな。人ならざる力を得て楽しかったか?英雄にでもなれたか?よかったな、お前の伝説はお前が帰らない事で完成する。お前は人類を危機から救い、星の民に勇敢に立ち向かい死んだ。最高の英雄譚だな、シュバルツ」
ゆっくりと剣を構え、慈愛に満ちた表情を見せながら「さらばだ。人類の英雄。よくやった。心配せずとも、そこの勇士も一緒に送ってやる。皆で逝けるなら怖くないのだろう?」といって剣を振りおろす。
その時、シュバルツとロムラを包み込むように金色のオーラが展開される。「お願いします。アスター」と少女の声が響き、奥のガラスが割れる。その先から、流星の如く一筋の光がディオスを貫く。
直後、とてつもない熱波と衝撃が地面を通じて響き渡り、周囲を燻らせる。シュバルツの前には、先ほどであった青年が佇んでいた。そして、彼が見つめる先には体を抉られて膝をつくディオスの姿があった。