3話 開戦の狼煙
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少女は優しい風に揺られながら、屋上で景色を堪能する。「アリエス、状況はどう?」と彼女は景色を見ながらひとりで呟く。
すると、声に呼応するように少女の隣に影が現れ、その姿を現す。いつの間にか姿を現したフードを被った女は「順調よ。ハインドゴーンは壊滅。アルマー家の現当主は本当に愚かな人間だったわ。スレイヴ家と呼ばれる、アルマー家に代々仕える汚れ仕事のエキスパート。星の民を悉く葬り、こちらを劣勢に追い込める力を有した影の英雄。この私と戦いになるほどの力を有した人類。彼らは事態をすぐに把握して動いた。アルマー家当主を騎士団屈指の精鋭に預け、離脱させて後始末を遂行する。完璧な作戦。けど、アルマー家の当主様は手柄に目が眩み、戻ってきてしまった…」とクスクスと笑う。
「こちらにとってスレイヴ家はとてつもない脅威だったと断定できた。けれど、あのお馬鹿さんはそれを理解していなかった。私の為に彼らに隙を作ってくれるほどに。だから、その行為に甘えて有難く使わせてもらったわ。一瞬にしてアルマーを護衛したハインドゴーンの精鋭騎士を壊滅。市民も誰一人逃さないといった勢いで始末してくれたわ。でも、あと少しの所で現れた緋色の大剣を持った男に彼らは倒されてしまったわ。結果としてはハインドゴーンは壊滅したし、貴方の要望は完遂できたけれど惜しかったわ。あんなに他の生命体に興味を持てたのは久しぶりだったのに」と残念そうに呟く。
少女は溜息を吐き、「そう。目的が達成できたならそれでいいわ。それで、彼らはディオスの配下としてちゃんと動かせてるの?」と質問を続ける。
フードを被った女は口角を上げ、「もちろん。奴は気づいてないわ。あの子たちはしっかりと役割を全うしてる。まあ、それしか出来ないようにしてるんだから当然ね」と吐き捨てる。
少女は景色を眺めるのを止め、「上出来ね。明後日、最後の駒を動かすわ。貴方には、それまでにその緋色の大剣使いを始末することを命じる。貴方の話を聞く限り、その子は私達の作戦の障害となるわ。数えきれないほどの歳月を投じた作戦よ、ミスは許さないわ。必ず仕留めなさい。いいわね」と言い放ち、その場を去る。
残された女は溜息を吐き、「やれるだけの事はやるわ。ロード」と呟いて影となり霧散する。
次の日
扉がノックされる。ライエが離れた後、まともに眠れていなかったシュバルツは、視線だけを向けて扉が開くのを見守る。そこには、旅の初めに出会った剣術の師匠であるロムラが立っていた。
「返事がなかったもので、勝手に入らせていただきました。シュバルツ様、体の具合はいかがですか」と優しい声が響く。
シュバルツはその紳士的な姿をしっかりと捉え、目を見開く。「ロムラ…?どうしてここへ…?」
ロムラは微笑みながらハンカチを差し出す。「私はアインツマイヤーに用がございまして、そちらに滞在しておりました。すると、外が騒がしくなったものですから様子を見に行ってみたのです。そこで、ニックと名乗られた方が声をかけてくださいまして。彼は私がシュバルツ様と面識があることを察されて今回の騒動をお伝えくださいました。その話を聞いた後、私はシュバルツ様が休まれているというこちらに参ったというわけです。大変なことを経験されたようですね」
「ああ…。ニックから話を聞いたのならもう知っているのだろうが騎士団は壊滅した。ニックとキースが救援に来てくれたおかげでなんとか勝利を収めたが、受けた傷は計り知れない」
「そうでしょうな。今回の戦闘では多くの勇士が天に帰りました。残された人々は悲しみに暮れておられるでしょう。ですが、結果は勝利となった。であるならば、シュバルツ様。貴方はどうしてそこまで悩んでおられるのですか?失礼なことを申しますと、貴方はそのことを悩んでいる様には思えない。貴方は今のようにすべてに絶望し、生気を失ってしまうことはなかったはずです。貴方はまだ、大きな重責を背負っているように思えてなりません。違いますか?」
シュバルツは驚きながら顔を上げる。「どうしてそれを…?」
ロムラは優しく笑い、窓際に歩き出す。「わかりますとも。これでも私は多くの人々と関わってまいりました。それに、貴方様には柄にもなく剣術の指南もいたしました。私には、貴方様の考えていることを少しは理解していると自負しておりますよ」
シュバルツはその言葉を聞いて口元を緩め、「ロムラに隠し事は出来ないな。その通りだ。私は大きな選択を迫られている」と言って昨日のライエの話を打ち明ける。
静かに話を聞いていたロムラは自分の顎を摩り、「そうでございましたか。確かに、それは難しい選択でございます。私もそのような選択を迫られたなら立ち止まってしまうでしょう。ですが、私はこうも思うのです。シュバルツ様、貴方様が紡いできた縁、横に立ってきた人々。彼らは本当に、今の貴方の隣に立つことが許されないのかと」と真剣な表情で見つめる。
シュバルツは首を横に振り、「それは…許されない。ロムラやキース、ニックやアリシア…君達が足手まといと言っているのではない。むしろ、隣に立っていてほしいと、君達が共に戦ってくれるならこれほど心強いものはないとさえ思っている。だが…君らを失ってしまったら…私を支えてくれた騎士団の人々のように、落ち葉のように簡単に零れ落ちてしまうのではないかと…。私はそんな姿を…現実を…受け止められない。だから、私は君らと共には戦えない」とロムラに伝える。
ロムラは優しく笑う。「変わっておられませんね、シュバルツ様。貴方はいつだってそうです。自分を犠牲にしてでも周囲の人々の幸せを願う。たとえその選択が自らの首を絞め、殺してしまうとしても躊躇しないでしょう。貴方には、そんな事よりも大切な人々が苦しむ姿の方が耐えられないから」
「私と修行していた頃もそうでした。どこからか迷い込んだ獣に襲われそうになっている人と出会ったとき。貴方様は丸腰のまま獣に立ちはだかり、吹き飛ばされながらもその方を守っておられた。野党に襲われる商人に遭遇した時も、訓練用のなまくらしか持っていなかったのに飛び出してしまわれたり。貴方はそうやって、目の前の人が傷つかないように努めておられました。私はそんな優しい貴方だからこそ、剣術を指南したのです。貴方は私と別れた後もそうやって人を助けて回ったのでしょう。私に今回の話をしてくださったニック様もその一人なのではないですか?私は彼の事を詳しく知りませんが、彼も貴方様のそういった内面に触れ、救援に走ったのではないのでしょうか。そして、今も貴方の力になろうとしているのだと思います。」
「私はこう考えております。貴方様がそのように我らの事を大切に思ってくださっているように、私達も貴方様の事を大切に思っております。貴方に傷ついてほしくないですし、幸せに生きていてほしいと願っております。ですので、今一度お伝えします。明日、貴方様と肩を並べる事は許されませんか?」と話す
シュバルツは真剣に、優しく話をしてくれるロムラを見つめ、沈黙する。ロムラは静かにそれを見守り、彼が口を開くのを待った。
「分かった…改めてお願いする。私に…力を貸してはくれないか…」と頭を深く下げる。
ロムラは満足そうに微笑む。「はい、私のような老骨でもよければ喜んでお力になりましょう。シュバルツ様」
シュバルツはその言葉を噛み締めながら、「ありがとう…ロムラ…」と呟き、静かに涙をあふれさせる。
そして、背後から声が聞こえる。「シュバルツ!俺らも当然行くからな!」「当たり前です。何のために駆けつけたと思っているんですか。貴方に死なれては寝覚めが悪いんです」と二人の声が。
シュバルツはバッと頭を上げ、優しく見守るキースとニックの姿を見上げる。2人はその姿に微笑み、静かに頷いた。
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暗い暗い闇の底。シュバルツは静かに目を開ける。「ここは…」
目の前にシュバルツの姿が映る。「ここは精神世界だ。人類は夢とも呼んでいるな。お前は今現実で眠っている」
シュバルツは驚き、「お前は誰だ…」と呟く。
目の前のシュバルツは口角を上げ、「お前は私だ。シュバルツ。どうせ夢なんだ。少し話そう。そうだな、昔話なんてどうだ?」と言っていつの間にか手にしていた杖で地面を突く。すると、情景が一変し、ライエや優しそうな赤毛の女、甲冑騎士、シュバルツ自身の4人が机を囲んでいた。
ライエは無邪気に笑いながら、「ここは凄いな!アリエス!ここの文明は本当に興味深いよ!」と赤毛の女性に話しかける。
アリエスと呼ばれた赤毛の女性はそんなライエを見て優しく笑い、「そうですね、このような素晴らしい文明に触れられることも、私達に劣らない原生生命体の知性の高さにも驚かされます。彼らは独自の文明で機械を作り、生活を豊かにしている。彼らの技術があれば、いずれは私達も自由の身となれるやもしれません」と同意するように頷く。
ライエは身を乗り出し、「ああ!これで皆を自由にできるかもしれないっ!早速研究を始めようっ!」と腕を上げる。
映像を見ていた杖を持ったシュバルツが口を開く。「あの頃は良かった。全てが輝いて見えたものだ。ライエ嬢は星の民を救える手がかりがあると信じ、研究に没頭した。私達もそれに続き、人類とも手を取り合った。私達は共に知識を出し合い、大きな文明を築いた。だが、そんな時だった。奴らが来たのは」と言って杖を突く。
場面が変わる。先ほどとは違い、レンガとは違う、滑らかな材質で作り上げられた美しい建物の屋上から、悲しそうに景色を眺めるライエの姿があった。「どうしてこんなことになるの…?私達はただ、発展した先を見たかっただけなのに…その先には、きっと彼らにも私達にも想像のつかない神をも超える文明が手に届いたかもしれないのに…」と眼下で鳴り響く甲高いレーザーの音と人々の悲鳴、燃え盛る街並みを見下ろす。
側に付いていたアリエスはライエに手を伸ばし、「ここは危険です。ライエ嬢。早く街を出ましょう」と肩を叩く。
ライエは寂しそうに頷き、「ああ。そうしよう。アリーゼ達とは連絡はとれたかい?」と話しかけながらその場を去る。
映像を見ていた杖を持ったシュバルツが口を開く。「野蛮な人類め。奴らは私達が築き上げた高度な文明に気が付き、その全てを欲しがった。私達はずっと対話という方法を選んでいたというのに、欲深い奴らは提供した研究結果だけでは満足しなかったのだ」
「当時の私達は知らなかったが、惑星トルンにはアーカム以外にも人類を纏める勢力が数多く存在していた。人類は欲深く、日夜他の勢力が作り上げた文明を欲し、奪い合っていた。その結果、強い勢力は最先端の研究を独占し、力と影響力を身に着けていた。そうした連中は、次の獲物を探して嗅覚を研ぎ澄まし、誰も手だししていなかった孤島であるアーカムが急成長を遂げていることに気が付いた。奴らはすぐさまアーカムに使者を送り、その全てを手渡せと言ってきた。だが、我らと人類が知恵を絞って作り上げた文明は、彼らには到底扱いきれない数世紀先の未来の物であった。我らの知恵が混ざったものが人類に広く知られてしまえば、トルン内の文明レベルに影響を与えることとなってしまう。だから、我らは築き上げた文明のほとんどを手渡せなかった。だが、そのような態度を許せるほど他の勢力は穏便ではなかった。多くの勢力に影響を及ぼすほどの力を有した勢力は、往々にして他の勢力を潰し、奪う事でその地位を確立していた。彼らはもう、対話という選択肢を待てるほど穏便ではなくなっていたのだ」と残念そうに呟き、杖を突いた。
「アリーゼ、いいかい。これは、私達の今までを否定することだ。文明は崩壊し、アーカムも他の勢力も大きな打撃を受け、文明レベルは数世紀前に逆行することになるだろう。こんなことはしたくない…けど、私達の知識は彼らに知られてしまってはいけないんだ。分かってくれるかい…?」と切羽詰まったように、ライエは白髪の美しい女性に語り掛ける。
女性は頭を抱える。「本当に、そこまでしないといけないの?私達人類と貴方達の知識の結晶達。ライエ、貴方は言ってたわよね。私達は神にも匹敵する文明を作り上げた。これで、私達星の民も自由になれるかもしれないって。貴方と共に研究してきたからわかる。今まで築き上げてきたこの文明は、そんな一瞬で消せるものじゃない」と喚くように吐き捨てる。
アリーゼは表情を曇らせ、「だけど、先代から引き継いだ唯一の貴方達と結んだ約束は「文明を他者に知られない事」だけ。そして、今それが破られようとしている。分かってる。分かってるわ。この島の代表として私は決定しなければならない。クリスタリア家の者として、私達が築き上げた物を消滅させることを…」と呟き、頷く。
「アーカム統治者代表、アリーゼ・クリスタリアが命じる…。この時をもって現文明の全てを放棄し、新世界の構築を行うと…」と涙を流しながらライエに告げる。
ライエはその様子を涙を流しながら見守り、背後に控えるシュバルツとアリエス、甲冑騎士に「聞いたわね。塔を起動しなさい…」と悔しそうに呟く。
三人は静かに頷き、その場を一瞬のうちに後にする。
映像を見ていた杖を持ったシュバルツが口を開く。「こうして、愚かな人類によって神をも脅かしたアーカムの文明は消滅した。塔が起動され、番人であるマザーロード、ダーインスレイヴ、スィフィルが解き放たれ、アーカムとこの惑星の全ての人類に、無慈悲に、公平に裁きを下した。結果、人類のほとんどは消し去られ、残された人々は逆行した世界の中で新たな歩みを始めた」
杖を持ったシュバルツが「最後だ」といって杖を突く。
場面が変わり、曇った表情のライエが石に祈りをささげる。「アリーゼ。人類の賢者よ。貴方と共に歩んだ時間は私達にとっては瞬きもしないほどの短い時間だった。けれど、その意志や歩んだ道筋は永遠に私の中に刻まれる。聡明な友人よ、安らかに眠って…」と静かに目を閉じる。彼女の背後には、黒髪の杖を持った男性と金髪の女性、そしてシュバルツ。彼ら以外誰も立ってはいなかった。
映像を見ていた杖を持ったシュバルツが口を開く。「神をも脅かした時代は終わり、全ての文明は動物に劣るレベルの時代まで逆行した。聡明な友は死に、子孫達はアリーゼの死を機に我々の元を離れた。私達は人類との関りを断ち、その行く末を見守り続ける事を誓った。」
「しかし、私達が見守った人類の歩みは良い方向には進まなかった。結局人類は欲望のままに奪い合い、争い合い、存在しない玉座を争奪しながら競争し、かの歴史を繰り返そうとしている。その証拠に、お前は武術を学び、今もなお戦場に立っている。哀れな事だな…貴様らと歩むと、結局は争いの道に進むこととなる。そういう本能を持つように…そうでもしないと先には進めないと言っているかのようにな…」と天を仰ぐ。
杖を持ったシュバルツは目の前のシュバルツを睨む。「私達は失望した。これより、我々は再び禁忌に触れる。私達はもう期待も譲歩もしない。人類を統制し、再び文明を築き上げる。そして、その先にある星の民の自由をも勝ち取って見せる。」
シュバルツは相手が放つ覇気に圧倒され、目を閉じる。そして、目を開けると宿の天井と綺麗な夜空が視界の端を照らした。
「今のは…何だったんだ…」とべったりと汗をかいたシュバルツは窓を開けてベッドの端に座り、夢を思い返す。しかし、覚めた夢は一瞬にして鮮明さを失い、内容のほとんどは霧に包まれるように消えていった。
深夜
目を開くと日は落ち、静寂が辺りを包んでいた。シュバルツは静かに準備を始める。装備を整え、甲冑を着こむ。そうしている間に、戦友が揃い始めていた。
ロムラ、ニック、キース、シュバルツは装備を整え、部屋で待機していた。そこに、ノックが響く。「どうぞ」とシュバルツが答えると少女が姿を現す。
少女は4人の姿を見て微笑み、「ふふっ、決心したのね。シュバルツ様、出撃の時です。よろしいのですね?」とシュバルツに問いかける。
「ああ。戦う。そして、全員で故郷に帰って見せる」
ライエは満足そうに頷く。「承りました。では、これよりアーツバルトを攻め入ります。目標はマザーロードの復活を阻止する事と首謀者であるディオス・アルマータを始末することです。彼を始末すれば有力な星の民は姿を消すこととなり、統率が失われます。こうなれば今回の騒動はゆっくりと収束に向かう事でしょう。ですが、もしマザーロードが復活してしまえば全てが手遅れとなります。ですので、マザーロードを復活させず、ディオス・アルマータを始末する。この二つが成し得られて初めて作戦の成功となります」
「作戦についてですが、マザーロードの復活阻止については私が担当いたします。ですが、私は皆様方のように戦いには向いておりません。ですので指揮の塔への護衛をお願いいたします。その後、ディオス・アルマータの姿がなければ私はそのままマザーロードの封印を目指します。皆様はディオスの始末をお願いいたします。私の予想ではディオスは指揮の塔に居ると考えておりますので、彼を始末した後に封印の流れとなると思われますが」
四人は頷き、「了解した。ライエに指示は一任する。私達は君を護衛し、星の民を打ち倒す。では、行くぞ」とライエに伝える。
彼女は頷き、静かに魔方陣を展開する。「では、参ります。アーツバルトの人気の少ない場所へ転送いたします。転送後は私がルートを案内いたしますので、護衛をお願いいたします」と伝え、手を横に振る。魔方陣が輝き、視界が白一色となる。