第19話 疑の巻
いつも平和でのどかな里見村に、ある大事件が起きた。
国の一方的なダム建設の計画により、里見村が人工の湖の底に沈められてしまうことが発覚したのだ。
そのダム建設計画の話は、里見村の村長である似星連太郎の耳に入った。
ダム建設計画を知った連太郎は、いつものようにドタバタと慌ただしく家に帰って来る。連太郎の一人娘である伏夜とニャン太郎は、息を切らせながら慌てる連太郎の話しを聞いた。
「大変だ、大変だぁ。 伏夜、ニャン太郎!」
「お父さん、そんなに慌てて一体どうしたの?」
「ダンナ様、どうかしましたか? ひょっとして奥様が家出でもしたんですか?」
かつてこの家では、娘の伏夜が家出をするとかしないとかの騒動があった。いつも適当なことばかり言う連太郎は、家族の中であまり信用されていない。
しかし今回の連太郎は真っ赤な顔をして、冗談を言うニャン太郎に向かって怒った。
「ママが家出? ニャン太郎、冗談言っている場合かっ! 先ほど国から知らせがあって、ダム計画でこの里見村が湖の底に沈められてしまうんだよ」
山奥にある東野郡には4つの村があり、里見山に囲まれている1番山奥に里見村があった。そして国からの知らせとは、その里見村を人工的に湖にしてダムを建設し、東野川の決壊を防ぐという大規模な計画だった。
連太郎からその話を聞いた伏夜は、家がビリビリと震えるくらい大きな声で叫ぶ。
「えええっ! この里見村が湖になって沈められるって、お父さんどう言うことなのよぉ!」
ちなみに伏夜の大声は、里見村では有名な話である。
「ふ、伏夜様、あまり大声出さないで下さい」
「伏夜、あまり大声を出すな。 お前の大声は、村の会議でも問題にされてるんだぞ」
「お父さんそんなことはいいから、一体どういうことなのかちゃんと説明してよ!」
「あの大和田村の村長と建設会社の社長が、どうやら勝手に国と話し合って計画を進めているらしい。 そしてダム建設の工事現場はもう村に出来て、すでに工事も進めているんだ。 あの大狸のヒフミンめ!」
大和田村の村長は大俵一二三といい、里見村では『大狸のヒフミン』と呼んでいる。
「ダンナ様、そんな話は無茶苦茶じゃないですかぁ! 僕は納得しません」
「私も全く納得いかない。 今からそのダム建設現場に行って、工事を中止してもらうように話しをしてくる!」
伏夜はプンプンと怒りながら家から慌てて出て行くと、連太郎は伏夜を引き留めるようにニャン太郎に言った。
「おい伏夜、工事現場なんてそんな危険な所に行くんじゃない。 ニャン太郎、早く伏夜を止めてくれ!」
「分かりました。 伏夜様ぁ、待ってくださぁい!」
激怒している伏夜とそれを止めようと追いかけるニャン太郎は、里見村の上の方でダム建設を進めている工事現場に着いた。ここはもう建設作業員やトラックが続々と入って来て、予定通りダム建設の工事を進めていた。
伏夜は工事現場の中に建てられているプレハブの事務所へ行き、大声で怒鳴りながら扉をバン!と開く。
「ちょっと、あんたたちぃ! 勝手にこの村に入ってきて、ダム建設の工事なんかしないでよ!」
工事現場の事務所の中には、タバコを吸っているガラの悪い建設作業員の男たちが大勢いた。その作業員の男たちは、いきなり入って大声を出す伏夜をジロリと睨みつける。
「何だぁお前? 大声でうるせぇネエちゃん、ここは女や子供が来る所じゃねぇぞ!」
「何んでこの里見村でダムを作ってんのよ!」
「おネエちゃんには関係ねぇことだから引っ込んでろっ! もうこの村にダムを造ることは決まったんだよ。 ここから出ていけっ!」
「里見村はそんなこと許した覚えはない。 あんたたちこそ、この村から早く出て行きなさいよ!」
「うるせぇなぁ、この小娘が! ギャンギャンと大声でやかましいんだよ」
イライラした作業員がドンと突き飛ばすと、伏夜は激しく床に倒れた。
「キャー! いった~い!」
その乱暴な作業員に向かって、ニャン太郎は伏夜を抱えながら激しく怒った。
「伏夜様ぁ、大丈夫ですか? おい、お前たち! 伏夜様に一体何するんだ!」
「ヒステリーネエちゃんの次はワケの分からない猫が出て来やがった。 お前も一緒にこうしてやるぜ!」
ニャン太郎も作業員に突き飛ばされると、壁に強くあたり床に倒れた。
「うわぁぁぁ、くっそぉ!」
「はっはっは、分かったか! これ以上痛い目にあいたくなかったら、2人とも早くここから消えな!」
「伏夜様、今日のところは一旦帰りましょう」
ニャン太郎は倒れている伏夜を起こし、とりあえず建設現場の事務所から出て家に帰った。事務所をトボトボと出て行く2人を見ながら、作業員の男たちは大声で笑っていた。
その日の夜。似星家の夕食で、興奮している伏夜は食卓をドンと叩きながら連太郎に怒鳴った。
「お父さん、このままで本当にいいの? あの工事現場と建設作業員は何か怪しいよ!」
「そんなこと言っても、俺の知らないところで国が勝手にダム建設が決めてしまったのだ。 だからこれはしょうがないことなんだよ」
「冗談じゃないわよ。 明日から村の人たちを大勢引きつれて、ダム建設反対デモをやるからね!」
「伏夜、危ないことはやめなさい! お前に何かあったら、俺はどうしたらいいのだ?」
「はぁ? なぁにノンキなこと言ってんのよ! お父さんも私と一緒に明日からデモをするの!」
「はい、すみません。 だからもう大声を出さないで」
伏夜から叱られて連太郎が小さくなっている頃、ニャン太郎は家の庭でウロウロと歩いていた。ダム建設計画の件で一人悩んでいると、ニャン太郎は八ニャン士軍師のニャン蜜のことを思い出す。
「そうだ! ニャン蜜ちゃんは八ニャン士の軍師だから、何かいい作戦を考えてくれるかもしれない」
そう思ったニャン太郎は首についている『仁の玉』をムニュっと握った。
「ニャン蜜ちゃん、ニャン蜜ちゃん。 実は君に大事な相談があるんだ」
「ニャン太郎、いきにゃり相談ってどうしたのにゃん? 私、今お風呂中にゃんだけどにゃあ」
ニャン太郎 顔を赤くする。
「お風呂? あ、ごめんね」
「別にいいにゃん。 それより相談ってにゃに?」
「実はね・・・」
ニャン太郎はダム建設で里見村が湖に沈められてしまうことや明日からデモをすることなど、湯船でリラックスしているニャン蜜に話しをした。
ちなみにニャン蜜は風呂好きのニューハーフである。
「ええ! 村が湖に沈められるってホントにゃの? それはヤバい話しだにゃあ」
「そうなんだよ。 だから、軍師のニャン蜜ちゃんなら何か考えがあるかと思って連絡したんだ」
「ニャン太郎、分かったにゃん。 とりあえず今夜いろいろ作戦を考えてみるから、明日の夜に里見神社に八ニャン士で集まらにゃい?」
「ありがとう! ニャン蜜ちゃん、頼りにしてるよ」
そして次の日の夜、里見山にある里見神社に八ニャン士が集まる。すでにダム建設計画をニャン蜜から聞いていた他の八ニャン士は、皆んな深刻な顔をしていた。
「ケッ、ニャン太郎、ダム建設の話はニャン蜜から聞いたぜ。 その建設作業員はとんでもねぇ奴らだな」
「か弱い伏夜さんを突き飛ばすなんて、まったくふざけた野郎たちっす! ああ腹減った!」
「おやおや。 何だか平和な里見村も、こりゃまた大変なことになっちまったね〜」
無謀なダム建設計画を中止させようと、ニャン太郎は必死で八ニャン士に説得した。
「だろ? だからこのダム建設を中止するように、皆んな伏夜様と一緒に反対デモをしようよ!」
しかしニャン太郎がデモの話をすると八ニャン士は急に黙り、周りは重い空気となる。そしてニャン蜜が小声で静かに話しを切り出した。
「ニャン太郎、無理を言っちゃいけないにゃん。 ガラの悪い奴らにデモをするのは危険すぎるし、八ニャン士の皆んなだって生活があるからにゃあ」
「国がやるダム建設を反対デモをしようってん、いくらなんでもそれは無理な話しだよん」
「僕は最初からケンカが嫌いだからさぁ、そんな恐ろしいデモなんて無理だよぉ」
「あ、僕もケンカやデモなんて嫌いです。 だから早く家に帰りたいです」
その意外な言葉を聞いたニャン太郎は、協力してくれない八ニャン士をもう一度説得した。
「何だよ、皆んなぁ! 僕たちは里見村を守る為の八ニャン士だって、猫上様から言われたじゃないか!」
少し涙ぐみながら叫ぶニャン太郎のその言葉に、八ニャン士はまた黙って静かになる。
「やっと仲良くなって仲間だと思っていたのに、やっと結束ができたと思っていたのに、皆んなを見損なったよ! よしっ、僕1人でもあいつらと戦って里見村を守ってやる。 皆んななんか、大嫌いだぁ!」
ニャン太郎は泣き叫びながら神社から飛び出し、どこか遠くへ行ってしまった。暗い神社に残った八ニャン士は、そんなニャン太郎を見ながら溜息をつく。
「チッ、まったく相変わらずあいつは熱いヤツだぜ。 だから俺はキラキラしている奴は嫌いなんだよ」
「ニャン丸、まぁいいじゃないか~。 そんなキラキラしている太郎ちゃんのことを、あたいは嫌いじゃないよ〜」
ニャン蜜は泣きながら走っていくニャン太郎の後ろ姿を見て、寂しそうに呟いた。
「ニャン太郎、デモに協力出来にゃくてゴメンにゃあ」
そして次の日から、毎日ダム建設計画の反対デモを行われた。伏夜とニャン太郎と里見村の村民は、一方的な建設工事を中止させようと必死に声を上げている。
「ダム建設、はんた~い!」
「私たちの村を返せぇ!」
「里見村は決してあきらめないぞぉ!」
すると現場の扉から作業員の大型トラックが出てきて、大勢いるデモ隊に突っ込んで来た。暴走するトラックに危険を感じたデモ隊は、その場から離れて逃げ回る。
「うわぁ、トラックだぁ。 皆んな、逃げろ!
「毎日毎日朝から大きな声を出してうるせえなぁ! あんまりしつこいとケガするぞ!」
その時、暴走するトラックから逃げる伏夜は激しく転んで足をケガしてしまった。
「キャー! いたぁい、いたぁい」
「伏夜様、大丈夫ですか? 貴様、伏夜様になんてことをしてくれたんだ!」
すると1人の男がトラックから降り、倒れてケガをしている伏夜とニャン太郎の前に立った。その男の額には傷があり、大きな体には龍の入れ墨が彫られていた。
「俺はこの建設現場の責任者である黒竜文太だ! ネエちゃん、だから痛い目に合うと言ったんだ」
「やい、黒竜! よくも伏夜様をケガさせたなぁ。 僕はお前を許さないぞ!」
「今度はこれくらいじゃ済まさねぇぞ。 分かったなら毎日デモなんかやめて早く帰れ!」
「くそぉ、とりあえず足をケガしている伏夜様を早く病院へ連れて行かなきゃ」
ニャン太郎は足から血が流れている伏夜を背負い、とりあえず救急病院に連れて行った。
幸い伏夜のケガは切り傷と打撲ですんだが、知らせを聞いた連太郎は慌てて病院に飛び込んで来た。
「伏夜伏夜、大丈夫か? 毎日デモをするなんて、だからあれほど無理はするなって言ったのだ」
「お父さん、私は軽いケガだから大丈夫よ。 明日になったら、またダム建設反対デモの続きをしなきゃ」
「まったく、お前は昔から男みたいにヤンチャだったから困ったヤツだ。 あれ、ニャン太郎は?」
「さっき病室を出て行ったわ。 私が足をケガしたのは自分のせいだって、かなり凹んでいるみたい」
「正義感の強いニャン太郎は、子猫の頃から伏夜のことを大事なお姉さんだと思っているからなぁ」
そして連太郎は深刻な顔をしながら伏夜に言った。
「あれからいろいろ分かったんだが、どうやら大和田村の大俵村長と建設会社の琴梅社長は里見村を国に売って、賄賂をいっぱい貰っていたらしい」
建設会社の社長は琴梅春夫といい、ガラの悪い作業員を集めて強引に工事をする悪徳経営者である。
「じゃあその賄賂のことをメディアに言って全国に広まれば、国も中止にするしかないじゃない?」
「伏夜、これがそんな簡単なことじゃないんだよ。 メディアに賄賂のことを売るには、ちゃんとした帳簿や録音とかの証拠が必要なんだ」
「賄賂の証拠かぁ、困ったなぁ」
ここは似星家にあるニャン太郎の部屋。ニャン太郎は電気も点けず暗い部屋の中で怖い顔をしながらハチマキとタスキ掛けをして武装していた。
そして八ニャン剣をシュンシュンと何度も素振りしながら叫んだ。
「伏夜様をケガさせたのは僕のせいなんだ。 もうあいつらを絶対に許さない!」
ニャン太郎の目がキラリと光った。
強い風が吹く夜、ニャン太郎は1人で建設現場に向かって歩いていく。そして工事現場にだとりつくと、ニャン太郎はプレハブの事務所をジロリと睨みながら呟いた。
「大切な里見村は、里見八ニャン士の僕が絶対に守ってみせる!」
さあ、里見村がダム建設で湖に沈んでしまうかもという大変なことが起きました!
伏夜が反対デモで足をケガして、それは自分のせいだと思い込むニャン太郎くん。
怒ったニャン太郎くんは、たった1人で里見村を守ることができるのでしょうか?
次回「光の巻」をお送りします。
八ニャン士激闘! 光れ、八ニャン剣!
お楽しみニャン!




