第1話 序の巻
江戸時代後期、曲亭馬琴によって描かれた長編伝奇小説
『南総里見八犬伝』
室町時代に里見家の伏姫と八犬士たちが、あらゆる敵と戦う痛快娯楽の物語。
仁義礼智忠信考悌の8つの徳目をもった八犬士の活躍は、今もなお映画や舞台で表現され、多くの人々がこの物語を知っていることであろう。
いや、知っている人だけ知っている有名な物語である。
しかしここに描かれている『里見八ニャン伝』とは、山里外れた里見村を守る為に8人の猫剣士があらゆる敵と戦うスペクタル・アドベンチャー・ストーリー!
と言いたいところだが、どうやらそうではないらしい。
この物語に出てくる8人の個性的な猫剣士は、いつもケンカばかりしてお互いに全く性格が合わない。
そもそも猫というのは自由気ままな生き物であるから、それは仕方がないことである。
ただ唯一共通点と言えば、8人の猫剣士の首には『仁義八行の玉』と呼ばれる白い玉がついていることだった。
果たして、その玉の意味とは?
その玉を託された8人の猫剣士の運命は?
里見八ニャン伝は、そんな8人の猫剣士のドタバタでハチャメチャな物語である。
日本の山奥のさらにまた奥に『東野郡』という集落があり、そこに小さな村があった。村の名は『里見村』と言い、そこには村民と多くの猫たちが平和に暮らしていた。里見村は1番地から8番地に分けられ、村民と猫はお互いに協力し合いながら村を大事に守ってきた。
その里見村1番地に大きな屋敷があり、村長である似星連太郎が住んでいる。そして連太郎は、昔から可愛がっている『ニャン太郎』という少し個性的な猫を飼っていた。
ある日のこと、連太郎はニャン太郎を呼び出し広い御座敷で2人正座していた。普段から着物を着ている連太郎は、深刻な顔をしながらゆっくりと熱いお茶をすすり、じっと座っているニャン太郎に語りかける。
「おい、ニャン太郎。 実はお前に大事な話をしなくてはいけない」
「はい、ダンナ様。 いきなり呼び出して一体何の話しでしょうか? 緊張します」
「それはな、お前の首につけているその玉のことだ!」
突然連太郎に言われ目をキョトンとしているニャン太郎の首には、白くて丸くて柔らかい玉がついている。
「この白い玉ですか? これは小さい頃からずっと首につけている玉ですが、これが何か?」
「その白い玉はな、お前がまだ小さくてこの家に来る前からつけている玉なのだ」
ニャン太郎は昔、白装束を着ている年老いた猫に抱えられてきた子猫だった。その年老いた猫から話を聞いた連太郎は子猫を預り、ニャン太郎を今日まで大事に育ててきた。そのニャン太郎が子猫の時には、もうすでに白い玉は首につけられていたのである。
しかし、ニャン太郎はこの白い玉のことなど全く興味がない。むしろそんなことで呼び出したのかと呆れたが、一応自分の主人であるダンナ様に気を使い、いつものようにワザとらしく大げさに驚いてみた。
ちなみに連太郎は、ニャン太郎のこのワザとらしく大げさなリアクションは嫌いではない。
「ええっ? この首の白い玉は、里見村の皆んなから愛されている村長の猫だからつけているんじゃないんですかぁ?」
「ニャン太郎、いいこというねぇ。 ナイスリアクション! そしてその年老いた猫から、お前と一緒にこの手紙を渡されたんだよ」
「手紙? 僕は小さかったから覚えていませんが、この手紙って何ですか?」
ニャン太郎は恐る恐る手紙を開く。
『首に玉をつけた猫たちよ。 22年2月22日の満月の夜に神社へ集まるのだ』
雑で意味の分からない手紙を読み、ニャン太郎の目は点になる。
「何だかニャンニャンとうるさい手紙ですね。 それに猫たちよって、僕以外の猫がいるんですか?」
「そんなの知らん。 そして神社に集まる2月22日というのが、実は明日の夜なんだ」
「ええ、明日の夜? ダンナ様ぁ、それをもっと早く言って下さいよ」
「はっきり言おう。 忘れ~て~たぁ!」
ニャン太郎 コケる。
連太郎は冷や汗をかきながら扇子を取り出し、パタパタと顔をあおいでいた。
「たまたま押入れから手紙が出てきて、慌ててお前に伝えたんだよ。 いやいや間に合ってよかったよかった、ハッハッハッ!」
「たぶん、そんなことだと思いましたよ。 で、この神社の場所はどこなんですか?」
「おそらく、あの里見山にある里見神社だと思う。 あそこには猫の神様がいるからな」
「猫の神様? なんか怪しさ満点ですが、首に玉をつけた猫を集めてどうするんですかね?」
「そんなの知らん! なんせ僕は皆んなから愛されている村長で、猫ちゃんではないんでね」
ニャン太郎は怪しい目をしながら、いい加減なことを言っている連太郎を見つめる。連太郎は知らんぷりをしながら、またパタパタと扇子をあおいでいた。
「(独り言)この人はいつも適当なんだよなぁ」
「だから明日の夜に神社へ行ってこいよ。 分かったか、ちゃんとお前に伝えたぞ」
「へ〜い。 分かりましたぁ、ダンナ様」
連太郎はニャン太郎に手紙のことを伝えると、そそくさと座敷から出て行った。適当な連太郎を見て溜め息をついたニャン太郎は、手紙をじっと見つめていた。
「白い玉をつけた猫って、一体どんな猫たちが来るんだろう?」
そして次の日の夜、ニャン太郎は手紙に書いてある里見山の里見神社へ行った。ニャン太郎は急ぎ走って神社に着いたのだが、神社の境内は真っ暗でまだ誰もいない。少し気が抜けたニャン太郎は神社の上で横になり、ちょこちょことヒゲをいじっていた。
「な〜んだ、他の猫なんて誰もいないじゃないか」
すると暗闇の林の中から猫の目がパチッと光り、誰かの声が聞こえてきた。
「フッ、おめぇが最後の猫だよ!」
また暗闇の林の中から多くの猫の目がパチッパチッと光り出すと、ゾロゾロと7人の猫が出てきてニャン太郎の前で横一列に並んだ。その7人の猫たちの首には白い玉がついていて、ニャン太郎と同じ手紙を見てこの神社にやって来た。
「俺は6番地に住んでいる暴れ猫のニャン丸様だ。 バ〜カ、お前が1番おせぇんだよ!」
「シッシッシ。 俺は5番地に住んでいる忍び猫のニャン助だよん。 俺が後で忍術を教えてあげるよん!」
「ホッホッホ! あたいはね〜、3番地に住んでいるセクシーニャン子ってもんだよ〜」
「にゃんにゃん! 私は4番地に住んでいる可愛い可愛いキューティーニャン蜜ちゃんだにゃん」
「は〜い、僕は7番地に住んでいるイケメンのニャン斗さんだよぉ。 よろしくぅ!」
「ガッハッハ、俺様は8番地に住んでいる怪力猫のニャン平様だぜぇ。 ああ腹減った!」
「あ、僕は2番地に住んでいるニャン吉と言います。 僕は早く家に帰りたいです」
暗闇の林から出てきたのは、里見村に住んでいるとてもクセの強い猫たちだった。その7人の猫たちを見たニャン太郎は慌てて自己紹介をした。
「あ、初めまして。 僕は1番地に住んでいるニャン太郎です。 皆んな、よろしくね!」
するとニャン丸は睨みながらニャン太郎の顔にゆっくりと近づき、不機嫌そうに言い放つ。
「ああ、お前1番地ってあの村長のとこのボンボン猫かよ。 へっ、偉そうに!」
「なにぃ、僕は偉くなんかないよ。 だいたい初対面でいきなり偉そうだなんて、お前こそ何だよ!」
村で暴れ猫で知られるニャン丸はとても口が悪い猫である。そして何か気に入らないニャン太郎に対し、ニャン丸は早くもケンカを売っていた。ニャン太郎とニャン丸がしばらく睨み合っていると、ニャン助とニャン平がそのケンカを止めに入った。
「おいニャン丸、いきなりケンカはやめなよん。 そんなことより、これで全員の猫かなん?」
「そうだニャン丸、やめろやめろ。 ところでニャン助、お前さっきから『よん』とか『なん』とか言ってるけどなんなんだ? ああ腹減った!」
「ニャン平こそん、お前もさっきから『腹減った腹減った』ってうるさいんだよん!」
ニャン丸のケンカを止めるはずのニャン助とニャン平もまた、同じようにケンカを始めてしまった。4人のケンカに呆れた女猫のニャン子は、少し面倒くさそうにケンカを止めた。
「まったくお前さんたち、いい加減におしよ〜。 それより一体あたいらをこんなとこに呼んで、これからど〜するのかしらね〜?」
「っていうか、あなたさっきからウソくさい江戸弁だにゃ? 何かすごく気になるにゃ」
「ちょいとあんた、このあたいにケンカ売ってんのかい? この小童!」
今度はニャン子とニャン蜜で女猫同士のケンカが始まり、お互いバチバチと睨み合ってしまう。この気まずい空気を無視して、ちょっとキザ風なニャン斗と小声のニャン吉がケンカを止めた。
ちなみにニャン斗とニャン吉は、大のケンカ嫌いである。
「もう、皆んなケンカなんてやめなよぉ。 僕たちをここへ呼んだのはさぁ、きっと僕たちが賢くて良い猫だからご褒美をくれるんだよぉ」
「僕はケンカが嫌いです。 早く家に帰りたいです」
ニャン太郎とニャン丸、ニャン助とニャン平、ニャン子とニャン蜜はずっと睨み合い続けていた。
すると暗い里見神社の扉がバタンと開いて激しい風が吹くと、神社の中が突然光り出した。神社に集まった8人の猫たちは、その光を見て大声で叫んだ。
「おお! 何だぁ、この光はぁ?」
そしてその激しい光の中から、白装束を着て長い杖をついた年老いた猫が笑いながらゆっくりと出てきた。
「ホーッホッホ!」
神社の光りの中から現れたのは、8人を集めた猫の神様である猫上様だった。
こんな感じで始まりました里見八ニャン伝ですが、いきなりケンカを始めてしまっては先が思いやられますね。
さて、この白装束の怪しい猫上様とは一体何者なんでしょうか?
そしてこれから8人の猫たちはどうなるでしょうか?
次回「志の巻」をお送りします。
猫上様が8人の猫を集めた目的とは?
お楽しみニャン!