表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio tre 冥界の城
9/75

Due donne nel cortile. 中庭の二人の女

 屋敷の中庭に出ると、陽光がちらちらと目を刺激した。

 二ヵ月のあいだ死体になっていた身体は、まだ陽光には慣れて切っていないというところか。

 冥界に行くまえに咲いていた春咲きの薔薇(バラ)はとっくに花の季節を終え、庭師によって剪定(せんてい)されていた。

 アルフレードは、中庭の出入口からいちばん近い薔薇の木を見やった。

 母との最後の思い出の木になってしまった。

 自身が願った蘇生のためというのが、何とも複雑だ。


「アルフレード様」


 庭木のあいだから繊細な声がした。

 飴色がかった金髪を綺麗に巻いた令嬢が、洗練された仕草でドレスのスカートをからげる。


 許嫁(いいなずけ)のクリスティーナだ。


「ほんとうに生きていらっしゃったのですね」

 クリスティーナは、目を(うる)ませた。

「心配をかけたな」

 アルフレードは微笑した。

「じつはもう父はほかの嫁ぎ先を考えていたみたいですの。でもわたくしアルフレード様を忘れるなんてすぐには……」

 クリスティーナは静かにうつむいた。

「奇跡を起こしてくださった神に感謝いたしますわ」

 可愛らしい。

 やはり女性はこうあるべきだとアルフレードは思う。

 出会い頭に男に平手打ちを食らわせたり、男の胸倉をつかんで罵倒(ばとう)するようなどこぞの女性はぜひ見習うべきだ。


「なるほど、これはつまらん女だ」


 まばたきしたつぎの瞬間。

 黒髪の美女がクリスティーナの顔を覗きこんでいた。

「ナザリオの評価は、ここだけは適切だな」

「な……」

 アルフレードは目を見開いた。

「べ……」

 ベルガモットだ。

「……昼間から現れるのか」

「なにと混同している」

 ベルガモットは上目遣いで睨みつけた。

「どなたかいらっしゃいますの?」

 クリスティーナが周辺を見回す。

 彼女には見えてはいないのかとアルフレードは気づいた。

「何でもない。その、黒いカマキリが」

「カマキリですの?」

 クリスティーナが不安げに周りを見回した。可愛らしいことに虫が苦手なのだ。

 ベルガモットが不機嫌そうに目を眇めた。

主人(あるじ)をカマキリあつかいとはたいしたものだの。いますぐ頭からバリバリ食うてやろうか」

「……クリスティーナ、少し待っていてくれるか」

 アルフレードは、ベルガモットの手を引いた。

 中庭に面した廊下。クリスティーナからは見えない場所に連れこむ。 

「許可も得ず主人の手を引くとは無礼な」

 ベルガモットが手を振り払う。

「彼女のまえで来てくれと声をかけるわけにもいかんだろう」

「来てくれ? 主人にたいする言葉は “こちらへお越しください” だ」

「……なぜあんなところに現れているのだきみは」

 アルフレードは語気を強めて尋ねた。

「用があれば呼ぶと言ったであろう?」

 ベルガモットが手を差しだす。

「同行をゆるす」

 アルフレードの都合など、いっさい配慮する気はないらしい。

「重要な用事なのか?」

「なぜおまえがそれを問題にする」

 ベルガモットが目を丸くする。

「許嫁と会っている最中なのだが」

「それはわたしも気を使ったつもりだ」

 ベルガモットは、中庭への出入口からクリスティーナの様子を伺った。

「あの女と話していても、さぞかしつまらんだろうと思ってな。わざわざ用事を作ってやったのだ」

「べつにつまらなくはない」

 アルフレードは眉をよせた。

「ほお」

 ベルガモットがつぶやく。

(しつ)けられたことだけを話し、二言目にはすべて神様ですます思考停止な女はおもしろいか?」

「おもしろいも何も、女性とはそういうものだろう。きみも見習ってあのくらい男を立ててみたらどうだ」

 ベルガモットが怪訝(けげん)な表情でアルフレードを見る。

「それはなんの冗談だ」

「なぜ冗談に聞こえるのだ」

 アルフレードは憮然として言い返した。

「なるほど。おまえも冗談など言うことがあるのか」

 ベルガモットが絹糸のような黒髪をさらりとかき上げる。

「センスのあるジョークではないが、主人を楽しませようとした心がけは誉めてつかわす」

 皮肉を言っているのか、それとも本気でどこかズレているのか。

 アルフレードは困惑した。

「ほら、行くぞ」

 ベルガモットが鎖を引く仕草をする。

「彼女にひとこと言ってくるくらいの時間はとれないのか」

「しかたないのう。早く行って、おまえの話はつまらんからさっさと帰れと言うてこい」

「そんなことを言うわけがないだろう」

 アルフレードは眉間にしわをよせた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ