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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dopo 後日談:見えていない月

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Riunione di famiglia. 親族会議 I

 略式の正装に着替え、アルフレードはつかつかと応接室に向かっていた。

 大勢の客をむかえたときに使う広めの応接室。

 掃除を言いつけていたが、アルフレード自身はこの応接室のある棟に来るのは数ヵ月ぶりだ。

 部屋のまえまで来ると、何人かの使用人がなかを覗きこんでいた。親戚の叔父たちはもう集まっているらしい。

 とくに大事な用というわけではない。一族の主導権を握りたいがためのいちゃもんづけだ。


 アルフレードが跡を継いだのは、十五歳のときだった。


 十五の子供なら簡単に丸めこめるだろうと、たびたび(なだ)めすかしたり揚げ足をとりにきたりしていたが、思い通りにならなのでここ数年はいちゃもんづけに徹底しだした。

 こちらは跡を継ぐまえから、先代の父とピストイアの叔父に対応のしかたを指南されているのだ。

 十五歳の子供といえど、そうそう簡単に丸めこまれたりはしない。

 いっせいにこちらを向いた使用人たちと目が合う。

「ぼ、坊っちゃま、えと」

 赤毛の女中が気づかうように話しかけた。

「何を溜まっているんだ。いつものことだろう」

 アルフレードは叱咤した。

「でも、いつもより人数が多いような……」

 若い馬丁がおずおずと言う。

 女中のほうはともかく、何でこいつがここにいるんだとアルフレードは眉をよせた。

 執事が応接室から出てくる。なかに向けて一礼しドアを閉めた。


「大丈夫です。ピストイアの叔父上さまも来ております」


 執事がアルフレードのそばまで来ると耳打ちする。

「そうか」

 アルフレードは返事をした。

「茶はいらん」

 使用人たちに告げる。

「出入りするのは執事だけでいい。あとは各自いつもどおりの仕事をしていろ」

 そう言って、手をふり使用人たちを追いはらった。




 叔父たちのいっせいの視線を感じながら、アルフレードは暖炉まえの上座に座った。

 花がひかえめに飾られた長テーブルでは、集まった叔父たちがそれぞれに手を組んだり(ひじ)をついたりしている。

 アルフレードは、叔父たちをゆっくりと見回した。

「叔父上がた、ご用の向きは」


「アルフレード、少しまえにおまえが死んだという知らせがきたのだが」


 待ちうけたように発言したのは、父の兄弟の順番で言うと三番目の叔父だ。

「どういうことだ」

「どうもこうも。こうして生きているのですから、何かの手違いとしか」

「しかしそういった知らせが来たということは、いちどそれに近い状態に陥ったということでは」

 叔父はいったん言葉を切り、改まった口調に変える。


「健康不安などは」


「いたって問題ありません」

 アルフレードは答えた。

「しかし遠駆け中に心の臓がとつぜん止まるなど、回復したからよいというわけではあるまい」

 なるほど。この叔父はそういう死因と認識しているのか。

 アルフレードは腕を組んだ。

「待ってください」

 手を上げたのは五番目の叔父だ。

「わたしは暴漢におそわれ刃物を交えて死んだと聞いたような」

 これはじっさいの死因にまあまあ近いなとアルフレードは呑気(のんき)に評した。

「女と揉めて刺されたのではなかったのか?」

「わたしは亡霊に呪い殺されたなどと聞いたが」

 それぞれに四番目の叔父と大叔父が発言する。

「亡霊? なんですかそれは」

 三番目の叔父が、ほかの叔父たちのほうを向き言う。

 ……ある意味あたっている。アルフレードは表情だけ神妙そうにしながら、そう思った。

「いや……わたしも首をひねったのだが」


「叔父上がた」


 アルフレードはおもむろに口を開いた。

「言いたいことをまとめてからおいでくださいませんか」

「いや、その」

 アルフレードは背もたれに背をあずけ、叔父たちを見回した。

「私の死因が何だったのかなど、このさいどうでもよろしい」

 そういうことにして煙に巻いてしまえとアルフレードは思った。

「しかし、いちど死んだという知らせが入るほどの重病に陥ったのでは、当主として健康上……」

「重傷では」

「いや、なんならいちど悪魔祓いなど」

 アルフレードは笑い出しそうになったのをこらえて、さりげなく口元をおさえた。

「何ともまあ。私ひとりの死因すら、どなたもきちんと記憶できていないとは」

「アルフレード」

「しかも死因とおっしゃるが、私はこのとおり生きておりますが」

 アルフレードは、わざと呆れたような表情をしてみせた。

「叔父上がたも大丈夫か。お年を召すと記憶が曖昧(あいまい)になるというが」

 叔父たちをゆっくりと見回す。


「まさか全員、()けられたわけではあるまいな」


 叔父のうちの何人かが、うっと言葉に詰まる。

 自覚でもあるのか。

「そうなると、各所有地の管理を任せておくのも不安なのですが」

 アルフレードはため息をついてみせた。

 叔父たちがおたがいに表情を伺い合う。各々がだれかに発言させようとしていた。

 発言したらしたで揚げ足をとって()けの疑いをかけてやってもいいが。そう思いしばらく待ったが、だれも発言してこない。

「この話は、ここまででよろしいか」

 アルフレードは言った。

 叔父たちが表情を伺い合う。

「ではこれでお開……」

 叔父の一人が、すっと右手を挙げた。


「三件の親戚が全滅していたというあれは」


 アルフレードは内心で舌打ちした。

「あれは、私でも原因は分かりかねます」

 手を組み、神妙な口調で答える。 

「疫病なのか?」

「それにしては、あとから入った者はなんともなかったのだろう?」

 叔父たちが口々に言う。

 三百年もの間チェーヴァに異常な執着を向けていた偏執者の悪霊の説明をして欲しいか。 

 アルフレードは眉根をよせた。

「屋敷周辺の住人の状況を見ても疫病とは考えにくいのですが……」

 アルフレードは言った。

「いずれにしろ適切に手続きをし、埋葬はすでに終えております」

「葬式を後回しにした理由は」

 大叔父が右手を挙げる。

「すべて一気に参列するのは難しいでしょう。どなたもお忙がしい身でしょうから」

 叔父たちは返す言葉を選んでいるのか、しばらく目線を泳がせていた。

 ここに反論したら(ひま)な役立たずと自己申告したことになるからなと思う。

「しかし、埋葬まえに最後の別れをしたいものではないか」

 叔父のひとりが言う。

「そうだ。とくに懇意(こんい)の者など」

 いきおいよく発言に乗ったのは、三番目の叔父だ。

 舞踏会を楽しんだままでミイラ化した遺体など見せたら、親戚中が混乱してよけいな仕事が増えそうだ。


 まして、見せたその場で失神などされたら。

 女性二人ならともかく、むさ苦しい年配男性の介抱など勘弁してほしい。





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