Visita dei morti. 死者の訪問
本編、無事完結いたしました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ここから本編の後日談です。ひきつづきお楽しみいただければ幸いです。
「客?」
ベルガモットの居城内にある私室。
赤色の敷物やタペストリーで飾られ、中央の小さな丸テーブルには白い花が飾られている。
この城のなかで、唯一華やいだ場所といってもいい部屋だ。
配下の白い女性に来客を告げられ、ベルガモットは肘かけにあずけていた上半身を起こした。
「冥王がよこしたのか?」
目の前にひかえた白い女性がゆっくりとうなずく。
「どんな者だ。男か女か」
白い女性がふたたびうなずく。
「女?」
ベルガモットは首をかしげた。
「訪ねてくるような女の知り合いはおらんが」
白い女性が、ベルガモットの顔を伺う。
「まあよい。とりあえず入室を許可する」
白い女性がうなずく。
べつの白い女性が二人ほど姿を現し、重厚な扉を開けた。
向こう側に手を差し伸べ、客をまねき入れる。
「入ってもよろしい?」
高く繊細な声がした。
ていねいな話し方は、良家出身の女性と思われる。
アプリコット色のドレスを上品に着こみ、しずかに入室したのは、若い令嬢だった。
飴色がかった金髪をきれいに結い、レースの手袋をつけた手には品よく扇をにぎっている。
「まあ、あなたは墓地でお会いした……」
ベルガモットの姿を見て、令嬢が声を上げる。
「おまえは」
ベルガモットは思わず椅子から立ちかけた。
令嬢がドレスをからげると、うつくしい姿勢で膝を折る。
「ごあいさつが遅れました。わたくしクリスティーナ・グエリと申します」
クリスティーナはゆっくりと姿勢をもどすと、上品に首をかしげた。
「それであなた様は、どちらのお方でしたかしら」
「お、おまえの元婚約者の主人だ」
ベルガモットはとっさにそう自己紹介した。「元」のところを、ことさら強調する。
「といいますと……大公家の御方ということかしら」
クリスティーナが疑うこともなくそう尋ねる。
「た……?」
「失礼いたしました。そんな御身分の姫君とは知らず」
クリスティーナがほほえむ。
「冥王という方に、退屈しているようだから話し相手になってやってくれと言われましたの」
白い女性たちが椅子を運んでクリスティーナにすすめる。
クリスティーナは上品な仕草で腰を下ろした。
「なんのお話をいたしましょう?」
ベルガモットは肘かけにすがるようにして顔を逸らした。
わざわざこの女をよこすとは。
冥王め。
なんという質の悪いいやがらせを。
「勝手に話したいことを話しておれ」
ベルガモットは脚を組みそっぽを向いた。
「と言われましても」
クリスティーナが微笑する。
「わたくし、ずっとある方のよい奥方になることしか考えずにおりましたから、話題など少なくて」
「ほう。それはつまらん人生だったの」
肘かけに頬杖をついて、ベルガモットはクリスティーナに完全に背を向けた。
「ほかの方にはそうお見えになるんでしょうけれど、わたくしには、その方はこれ以上ないくらい素晴らしいお方でしたの」
「ほう。あの野暮天がか」
ベルガモットはそう返した。
「アルフレード様をご存知ですの?」
「ものすごく知っておるぞ。おまえなどよりもな」
「まあ。では赤ワインが苦手でいらっしゃるのもご存知なのね」
クリスティーナが品良く笑いをもらす。
なにを笑っておるのだとベルガモットは眉間にしわをよせた。
「も……もちろん知っておる。ワインを飲んでいるところを訪ねたこともあるからの」
たしかモルガーナの件で食堂広間に行ったとき、テーブルの上にあったような。
ベルガモットは記憶をたどった。
あのときの会話もこちらから聞いていた。
白しか飲まんとやつは言っていた。
「し、知っておるぞ。白しか飲まんのだ」
「そうですの。子供のころに従兄のラファエレ様のまねをして赤ワインを一気に飲んでしまって、ひっくり返ったことがおありなのですって」
クリスティーナが扇で口元を隠しクスクスと笑う。ベルガモットは思わず目を見開いた。
なんだその可愛らしいエピソードは。
やつに子供のころがあったのか。
「わたくしはロゼが好きなので、ロゼならおいしいですわとお話したことがありますの」
クリスティーナがつづける。
「それ以来、わたくしといるときだけはロゼを飲んでいらしたんですの」
クリスティーナがにっこりとほほえむ。
「おやさしい方でしょう?」
わたしはもしかして、のろけられているのか。
この女はわたしを相手にのろけに来たのか。
負けてたまるものかと思う。
わたしはあの男の主人だ。
元許嫁など、ほとんど他人ではないか。
「お、おまえは知らんだろうが」
ベルガモットは、フッと余裕の笑みを浮かべてみせた。
「やつはさいきんは麦酒も飲めなくなったのだ」
「まあ。なぜ」
「原因は知らんが、急にそうなったらしい」
そういえば飲めなくなった原因はなんなのだ。ベルガモットは首をかしげた。
ナザリオに「お前のせい」と言っていたが。
「あなた様は、アルフレード様にはよくお会いしますの?」
「毎日会っておる」
ベルガモットは長い髪をさらりとかき上げた。
「でしたら馬術や武器の鍛練のあとには、甘いものを届けてさし上げてくださいませ」
「あま……」
ベルガモットは唇をポカンと開いた。
「ああ見えて、甘いものお好きですのよ」
クリスティーナがにっこりと笑う。上品に胸元に手をあてて身を乗りだした。
「よろしければ、わたくしがよく届けていたオレンジのパイのレシピなどお教えいたしますわ」
ベルガモットは、足元からスッと力が抜けていく感覚を覚えた。
椅子の背もたれに背をすりつけるようにして、つい姿勢を崩す。
なんだこれは。なぜ私が敗北感など覚えなくてはいけないのだ。




