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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio diciassette 地下室の薔薇

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Rose nel seminterrato. 地下室の薔薇

 地下の暗い通路をロウソクで照らしながら行く。

 前方にむかし風のドレスを来た少女がいた。

 長い波打った金髪に白い肌、大きな鉄紺色の瞳。

 ナザリオが描写したルチアの外見によく似ている。


「先祖どの」


 アルフレードは敬意を表して(ひざ)をついた。

「おそくなった。約束どおりご遺体を埋葬させていただく」

 少女はクルリときひを返すと、案内するように奥へと進んだ。

「もっと奥なのか?」

 アルフレードは立ち上がりつつ尋ねた。

 不要物で埋まっていたのは入口ちかくだけで、奥はむしろガランとした部屋と通路が続く。

 だいぶ奥まで連れられたあたりで、アルフレードは周囲を見回した。

 屋敷のどの位置の下なのかよく分からない。

 自身が生まれ育った屋敷内にこんな場所があったとは。古い屋敷なのでありがちだとは思いつつも困惑する。

「ずいぶん奥なのだな」

 少女の小さな背中にアルフレードは声をかけた。

 それだけ三百年まえのチェーヴァの者たちからすれば、ないことにしたかった子なのか。


 この少女は、じっさいのところナザリオのことはどう思っていたのか。

 ナザリオと同じ年月チェーヴァに居続けたことになるのだが。


 永久に聞けるわけはないか。

 靴音が、石畳の床に響く。

 地下水が漏れている箇所があるのか、水滴のしたたる音が聞こえる。

 細いヒールの靴音がした。

(ひつぎ)を用意してやったぞ」

 ベルガモットが姿を現す。横にならんで歩きはじめた。

「手間をかけたな」

「人の城をがらくた置き場にしおって」

 ベルガモットが唇を尖らせる。案内する少女の背中を見た。

「この家の者として埋葬するのか?」

「とうぜんだろう」

 アルフレードは答えた。

「ルチアはその後女子修道院に入り、そこで修道女として埋葬されている」

 そうベルガモットが話す。

 「そうか」とアルフレードは返した。

「その後が気になってはいたんだが」


「さぞや毎日毎晩ナザリオへの呪詛の祈りを繰り返したであろうに、おまえらの神も無慈悲なものよのう」

「……とうとつに禍々(まがまが)しい想像を語らないでくれ」


 アルフレードは眉をよせた。

「あんな少女の(なり)をしているが、あの者はじっさいは赤ん坊だ。ルチアといっしょに埋葬してやるという手もあるが」

「修道院側に説明がむずかしいだろう」

 アルフレードはそう返した。

「ルチアがあの子をどう捉えていたのか」

「ルチアはとっくに転生しておる」

 ベルガモットが答える。

「いまさら墓になにを入れられようが文句は言わん」

 古い煉瓦(れんが)の壁のつづく通路。奥に行くにつれて鉄錆(てつさ)びのような匂いがする。

 ふいにベルガモットがドレスの片側をからげた。

 足元に棒状のものが落ちていることに気づいて、アルフレードは手をさしだした。

 落ちているものを確認する。

 ()びた鉄格子のような。

 ベルガモットが睨むような目つきでこちらを見る。

 さしのべた手の上に自身の手を置いた。


「よ、よいか。いちど踊ってやったからといって、おまえの女になったわけではないぞ。勘違いをするな」

「何を言っているんだきみは」


 文句を言うわりにきっちりと手は乗せるんだなと毎回思う。

 ベルガモットの手をとり、通路の先に促す。

「そういえば」

 アルフレードは切りだした。

「舞踏会のとき、皆に姿が見えるようにしていたらしいな」

 そう問う。

「なぜわざわざ」

「おまえが以前、一人で踊るなどできるかと言っていたからだ」

 ベルガモットが答える。

「そうか」

「なかなかうまかったであろ?」

 アルフレードは苦笑した。

「舞踏会をたびたび見ていたそうだな」

「だれが言った」

「冥王が」

「人のことをぺらぺらと」

 ベルガモットはフンと荒い息を吐いた。


「べつにおまえの踊る姿を見ていたわけではない」

「聞いていないが」


 先祖の少女が立ち止まる。

 通路の先に、(ひら)けた場所があった。

「着いたらしいな」

 ベルガモットが言う。

 アルフレードは周囲を見回した。ひんやりとした通路をずいぶんと来たが、執事の言っていた地下牢とはどこだったのか。

 違う通路もあったのだろうか。まるで迷路だなと思う。

 さらに進むと、二人ほどが横になれる程度の狭いスペースがあった。

 ここは半地下になっているようだ。

 上方に小さな窓がある。草木にさえぎられながらも陽の光が射しこんでいた。


 壁の一角には小さな十字架。

 すぐ下に(ひざ)ほどの高さの台があり、古びて変色した子供用のドレスが置かれていた。

 少女が着ているものと同じドレスだ。

 ドレスの下から、小さな頭蓋骨が覗き見えている。アルフレードは切なく目を眇めた。


「ルチアが着せたのかな」

 アルフレードはつぶやいた。

「殺せと言いつけられた使用人ではないか?」

 ベルガモットがそう返す。

 ドレスに隠れて、ロザリオが置かれていたのに気づく。

「ルチアが着せたものだと思いたいが」

 アルフレードはふりむいた。

(ひつぎ)は?」

 ベルガモットが宙を見上げる。小さな棺が空中から押し出されるようにして現れた。

 ベルガモットの配下の白い女性たちか。

 コトンと小さな音を立て、棺は石の床に横たえられた。

 アルフレードはかがんで(ふた)を開ける。

 なかにはぎっしりと深紅の薔薇(ばら)がつまっていた。

「ええと……」

 アルフレードは、困惑して死の精霊の顔を見上げた。

「花をそえるものなのだろう?」

「そうなんだが……薔薇か」

 高飛車なイメージの大輪、剣弁高芯咲き。色はどぎつい真紅。

 アルフレードはつい顔をしかめた。

「わたしのいちばん好きな花だ」

 ベルガモットが悪気もなさげに笑む。

「子供の埋葬につかう花かな……」

「華やかでうつくしくてよいであろ?」


「きみが出してくるのなら、炬花(ベルガモット)のほうがらしくないか?」

炬花(ベルガモット)は冥王の好きな花だ」


 ベルガモットが答える。

「大むかしに懸想(けそう)した女が好きな花だったとかいう話だ」

「ああ、なるほど」

 とりあえず薔薇をのけて遺骨をまず並べるべきだろう。

 アルフレードは薔薇を一つ一つ棺の蓋にうつし、なかを(から)にしはじめた。

「好き者のあやつらしい話であろう?」

「その女性が転生して冥界から去ったのちにきみが生まれたのか」

「なぜ分かる」

「さすがに見当がつく」

 (から)にした棺のなかに小さな遺骨を並べる。

 頭蓋骨以外はすでに風化し欠片(かけら)しか残っていなかったが、もとの位置の見当をつけて並べた。

 遺骨にドレスをかけてロザリオをそえる。

 周囲に真紅の薔薇を一つずつ飾っていった。

 ひととおり終えると、先祖の少女が目のまえに現れた。

 ドレスのはしをからげてカーテシーの礼をする。

「気の利かんやつだの」

 ベルガモットが言う。

「何が」


「当主として名をつけてやったらどうだ」


「ああ……」

 そういえば名前はないと言っていたか。

 アルフレードは、少女の幼い顔を見つめた。

「では……マリア」

 ベルガモットが不満そうに顔を歪める。

「……何だ」

「どこにでもある名ではないか。もう少し違うものは思いつかんのか」

「女性としてはいちばんの名前だろう」

 ベルガモットは先祖の少女のまえに歩みよると、身体をかがめた。

「よいのか? なにか注文をつけてやってもよいのだぞ」

 アルフレードは(ひたい)に手をあてた。

 まだ子もいない身で、命名で揉めるはめになるとは。

 遺骨を埋めるように並べた真紅の薔薇を見つめる。


「ではミドルネームでク……」

「や、やはりマリアでよいか」


 ベルガモットは身体を起こし、一転してそう声を上げた。

「なんだ急に」

 アルフレードは眉をよせた。

 ベルガモットがそそくさとドレスの(すそ)をからげた。





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