表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 仮面舞踏会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/75

Mascherata 仮面舞踏会 V

 鈴のような音が聞こえた。

 軽く清涼な音。

 大音量で演奏される音楽のなか、はっきりとその場をつらぬき耳に届いた。


「……ベルガモット」


 アルフレードはつぶやいた。

 ベルガモットのもつ鎖の音だ。

 復活したのか。

 アルフレードは宙を見回した。

 ナザリオが、アルフレードの首のあたりを凝視する。チッと舌打ちして、アルフレードと同じように宙を見上げた。

 ベルガモットがつけた首輪(コラレ)のあたりか。

 何か変化があったのか。アルフレードは自身の首をさすった。


 したたり落ちる水音のように、涼しげで軽やかな音がさらに響く。


 招待客で埋めつくされた広間内を、アルフレードはぐるりと見回した。音源を目でさがす。

 招待客たちの背後から、わき上がるようにして黒い()(ぎぬ)のようなものが舞いあがる。

 ほどなくして垂れ絹は黒いドレスに変化し、長い黒髪がバサリと広間の天井に向けてなびいた。

 目の覚めるような美貌。

 大きめの黒い瞳に怒りの表情を浮かべ、ベルガモットは空中で叫んだ。


「ナザリオ!!」


 広間いっぱいに広がる巨大な鎌。

 古木の幹の柄を両手でにぎり、ドレスの上体を大きくひねる。

「きさまあああ!!」

 ナザリオは宙が見上げて、鼻で笑う。

「せっかく若様と二人で遊んでいるのに」

 するどい風切り音が楽隊の音楽すらかき消す。

「忌々しい女だ。どんなわけでまた湧いてでた」

 ナザリオが、クッと口の端を上げる。


「モナルダ――」


 アルフレードはとっさにナザリオのほうをふり返った。

 ナザリオの腹部を殴りつける。

 グッと呻いてナザリオは上体を折り、言葉をつまらせた。

「どけ!」

 ベルガモットが叫ぶ。巨大な鎌をふり下ろした。

 アルフレードは、憑かれた従者の身体から離れて後ずさる。

 首のあたりで何かがこすれて外れた感触を覚えた。

 黒いモヤのようなものが従者の身体から(うね)りながら湧きだし、人型になって流れでる。

 従者がふらついた。顔をゆがめ、腹部を押さえる。

「ゆるされよ。手加減する余裕がなかった」

 アルフレードは従者にそう声をかけた。

 従者が、とりかこんで見ている招待客たちをポカンと見回す。

 音源のさだかではない「クソッ」と言い放つ声が聞こえた。


「アルフレード……」


 人型のモヤが、手を伸ばしてアルフレードの腕をつかもうとする。

「よけんか!」

 ベルガモットが黒いドレスをからげて、空中から駆けよる。

「分かっている!」

 アルフレードは後ずさった。

 駆けよったベルガモットが、まえのめりになりアルフレードの肩を押す。

 アルフレードは両腕を差しだしてベルガモットを抱き止めた。

 背中に回した手を、絹糸のような黒髪がサラサラとおおう。

「もどったのか」

 アルフレードは言った。

 空気が頭上で大きく(うず)を巻く。

 ナザリオを呑みこんだ黒い霧が、はげしく(うね)螺旋(らせん)をえがく。

 霧にひきずられそうになったアルフレードを、ベルガモットが(かば)うようにぎっちりと両手でつかんだ。

 黒いドレスと黒髪が、渦に煽られてなびく。


 ややしてから、突如として大音量の音楽が耳にもどる。


 アルフレードは、とりかこむ招待客たちを見回した。

 招待客たちの様子は先ほどと変わらず、つぎの余興の展開がまだあるのかと期待しているようだった。

 片手で腹部をおさえた従者が、招待客たちを見回す。

「ええと」

 従者が、どうしたらよいのかというふうにこちらを見た。

「余興につきあわせてすまなかった」

 アルフレードはそう告げた。

「余興……ですか」

 従者が困惑した顔をする。

「グエリ家のご当主もさがしているであろう。早々にもどって差しあげてくれ」

「ええ……」

 従者がもういちど周囲を見回す。

 しばらくしてからこちらを見た。 

「というか……アルフレード殿?」

「……名前を言うな」

「失礼した」

 従者が一礼する。招待客のあいだをかきわけて退場した。

 女性たちが興味ぶかげに従者の顔をながめる。

 何が何やら分からないだろうが、それでも姿勢よく歩き去るのはさすがだ。

「いつまでくっついておるのだ」

 身体を密着させたままベルガモットが唇を尖らせる。

「ああ……」

 アルフレードは手を離した。

「もどったのか」

 改めてそう問う。

 音楽はまだつづいていた。

 高みに(いざな)うクラリネットの音階、追随するホルンとファゴット。

 招待客たちが顔を見合わせる。少しずつ開けられた空間に入ってきて、銘々にダンスをはじめた。

 ベルガモットが腕を組み、あさってのほうを向く。

「今日くらいは踊ってやってもよいぞ」

 アルフレードは苦笑した。手を差しだす。


 

お手を(ミ ディーア )どうぞ(ウナ マーノ)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ