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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 仮面舞踏会

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Mascherata 仮面舞踏会 IV

 舞踏会会場の中央。

 アルフレードは、大きくスペースの空けられた場に踏みだした。

 スペースの真ん中までくると、演奏に合わせて一人でウィーン風ワルツのステップを踏みはじめる。

 相手の女性をリードすべき両手は、即興でふりをつけ加える。

 長めの(すそ)をひるがえしターンした。

 ざわ、と声が上がる。


 一気に音程を上げるヴァイオリンの旋律。

 呼応して音を上げては、しずまるフルートの音色。

 わざとリズムをずらして踏むステップが、不穏(ふおん)な雰囲気をかき立てる。


 招待客たちは顔を見合わせた。

 しばらくして斬新な余興ととらえたようだ。

 やがて何人かの女性が「お相手してあげましょうか」というふうに手を差しだす。

 アルフレードは、ステップの合間に一人一人にていねいに礼をして断った。

 おもしろがった女性たちが、つきつぎと手を差しだす。

 断るところまでが余興ととらえたようだ。


 不穏な旋律がつづく。動揺をむりやりに押さえているような。

 気の狂う直前のような不協和音。

 絶望を自嘲しているかのような旋律、不気味なしずけさを覚える和音。

 とつぜん攻撃的に盛り上がっては、また繰り返される不協和音。


 曲の退廃的な雰囲気が、匿名で楽しむ場に異様な盛り上がりを加える。

 疑惑をつぶやくような旋律。

 極端な音程の上下をなんどか繰り返すと、音楽はおだやかな部分に差しかかった。


 広間の一角で曲を奏でていた楽隊が、何の気をきかせてか通常よりテンポを少し上げる。

 会場は盛り上がったが、ステップを踏むほうの身にもなれとアルフレードは顔をしかめた。

 手を差しだす女性たちにクルリと背を向け、スペースの端を流れるように移動する。

 見えない女性をリードするような動きを入れると、はしゃいだ声が上がった。

 一礼する。さらに声が上がった。


「ブラーヴォ! アルフレード!」


 叔父がいつの間にやら最前列で見物していた。

 大仰な仕草で拍手をする。

 名前を言うな、名前を。仮面をつけてる意味がないではないかとアルフレードは内心で(なじ)る。


 豪快なシンバルの響き。

 攻撃的につらぬくトランペットの音。


 女性たちが扇をゆらしながらながめる。

 そのあいだをかき分けるようにして、長身の男性がゆっくりと最前列に進みでた。

 仮面をつけていたが、グエリ家の従者と思われる。

 しばらく何のリアクションもなくこちらを見ていたが、ややして下を向いて肩をゆらした。


 笑っているようだ。

 指先で仮面を押さえる仕草をすると、アルフレードと同じスペースに進みでる。 


 こちらと対角線上の位置に立ち、口の端をクッと上げる。

 ナザリオか。 

 アルフレードはステップを踏む足を一瞬止め、進みでた男性を見つめた。

 ナザリオが楽隊のほうをながめる。テンポのやや早くなった音楽に合わせて、ステップを踏みはじめた。


 アルフレードのものとは違う。古風なステップだ。

 派手なターンが加えられているが、即興のものだろう。


 挑戦するようにもう一人が加わったことで、ふたたびザワッと声が上がる。

 ナザリオはステップを踏みながらアルフレードに近づくと、(のど)の奥を鳴らしククッと笑った。


「こんなお誘いは、生前を含めてもはじめてだ」


 ターンしながらいったん離れ、ダンスの流れに見せかけてふたたび近づく。

「やはり若様はたまらない」


 天井高く渦巻くようなイメージで貫くクラリネットの旋律。

 絶望の泣き声のように寄り添うオーボエの音。

 不安な吐息のように後を追うフルート。


 数え切れないほどのロウソクがゆれる広間。化粧と香水と酒の香りが熱気を帯び(こも)る。

 ナザリオが、ステップとも駆け足ともつかない足どりで走りよった。

「うっ」

 アルフレードは、小さく声を上げ身をかわした。

 ナザリオが袖に隠すようにして持ったナイフでアルフレードの首筋をねらう。

 招待客らが、わっと声を上げる。

 アルフレードが平然とステップをつづけたことで、余興の一部だと解釈したようだ。

 ナザリオも、何事もなかったようにアルフレードから離れる。

 ふたたびダンスの流れをよそおって、アルフレードに近づいた。


(いざな)ってみるものだ」


 ナザリオが背中合わせに密着する。

「こんどは若様から決闘のおさそいとは」

 ナザリオが、振り向きざまもういちどナイフで首をねらう。

 女性の何人かが、ハッと扇で口をおさえた。

 アルフレードは、ターンをするふりをしてかわす。

「こんな(きら)びやかな場所で、また若様の耳元にふしだらな言葉をささやけるとは」

 ナザリオは口の端を上げると、こんどは鋭い動きで連続してナイフでの攻撃を仕掛けた。


 曲のテンポが速くなる。


 懇意の男性二人の打ち合わせの上での余興と受けとったのか。演奏は心音の激しさを誘うような速い調子になっていった。

「くっ」

 歯を食いしばり、アルフレードは速いステップでナザリオのナイフをかわす。

「若様、どうした」

 ナザリオがステップを踏みながら離れ、背中をすりつけるようにして近づいては攻撃をくりかえす。

「決闘に誘っておきながら、ご自分は武器をお使いにならないのか」

 アルフレードはナザリオを睨んだ。

 ナザリオがアルフレードの手をとる。


「攻撃してはどうだ。他人の身体など気になさらず」


 ナザリオが耳元でささやく。

 アルフレードを女性側に見立てた形で手を引き、ステップを踏みはじめた。

 ナザリオの手を勢いよくふりはらう。

 アルフレードは間髪入れず踏みこみ、ナザリオに殴りかかった。

「おっ」

 ナザリオがおもしろそうな声を上げ、うしろにかわす。


「やりますなあ。その手があったか」

「そういえば、おまえには平手打ちも食らっていたな」


「ああ、あれか」

 ナザリオがククッと笑う。

「あの瞬間は(しび)れた。若様を女のように征服した気になれた」

()れ者が」


 はげしい目眩(めまい)のような旋律のクラリネット。

 悲鳴に似たヴァイオリンと、低音で呻くヴィオラ。

 気の触れる直前を思わせる旋律をなんどもくりかえし、心の臓に穿(うが)つシンバルで正気に引きもどされる。


 離れてそれぞれのステップを踏み、ターンをくりかえす。

 ナザリオがふたたび踏みこんだ。

 頸動脈(けいどうみゃく)を一気にねらってくる。

「くっ」

 アルフレードは首をかたむけてかわした。

 とっさに手をのばす。

 ナイフを持ったナザリオの手をつかもうとしたが、口元に笑いを浮かべて素早く避けられた。

 もういちど手をのばす。

 ナザリオの二の腕をつかんで、強引にこちらを向かせた。

 腕をひねり上げる体勢にもちこもうとしたが、その腕を大きく上げふりはらわれる。

 ナザリオがまた背中合わせに密着する。

「なかなか楽しいが」

 ナザリオが長めの(すそ)をひるがえし、ターンして離れてはまた近づく。

「だが若様、これをつづけてどうする」

 アルフレードは、背後からささやくナザリオを睨んだ。

「けっきょく私を一発二発と(なぐ)りつけたところで、傷つくのは憑いた身体の持ち主だけだ」

 ナザリオが言う。

「たのみの死の精霊はもう花になって消滅してしまったし。キリがないですな」

 アルフレードは、ダンスの流れのふりをしてナザリオから離れた。

 長めの(すそ)が動きに合わせてひるがえる。


 無論、ただ遊んでやるつもりはない。


 時間かせぎだ。 

 招待客に手出しをさせるわけにはいかない。

 ベルガモットが呼びだしに応じて現れるまで、ナザリオをここにつなぎ止めておく。  

 アルフレードは、(きらび)やかな天井を見上げた。


 まだか。


 ロウソクの灯りがゆれ、大広間内のレリーフの影が震えるように動く。

 だが、待ちのぞんでいる姿はまだどこにもない。

 復活したら、何か前兆のようなものがあるのか。

 それともこちらが呼ぶのを待っているのか。





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