Mascherata 仮面舞踏会 III
広間には大勢の人が入り乱れていた。
熱気とロウソクの火で少々暑い気がする。
首を伸ばして叔父の姿をさがしたアルフレードを、先に叔父が見つけ大きく手をふる。
「おお、やっと来おったか、アルフレード」
アルフレードは叔父のほうに駆け足で走りよった。
「仮面をつけているのに名前を呼ぶのはやめてください」
「まだだれも持ち帰っておらんかったのか」
「そもそもこの屋敷に遊びに来たわけではありませんので」
アルフレードは、あたりを見回した。
「せっかく息ぬきの場を提供してやったのにのう」
叔父が周囲の人々を見やる。
「ほら、あそこのお胸の豊かなご婦人などは」
「あなたは胸しかないんですか」
「ドレスを着て顔をかくしとりゃ胸しか分からん」
鴇色のドレスの女性と目が合う。女性が口の端をクッと上げた。
なんども見た笑い方だ。アルフレードは目を眇めた。
叔父が「おっ」と声を上げる。
「こちらに笑いかけておるぞ。興味をもたれたのではないか?」
アルフレードは、無言でべつの方向を見た。
数人の客にまぎれて背中を向けていた男性が、こちらをふり向きやはり口の端を上げて笑う。
「ゆたかなお胸に興味はないのか? どんなのが好みだ」
叔父が耳打ちする。
「グエリ家の令嬢のような、淑やかなタイプか」
「淑やかさだけにこだわりはしませんが……」
アルフレードはまた違う方向を見た。
離れた場所にいた女性が、こちらに視線を向けたとたんに扇をずらして笑うように肩をゆらす。
「気の強いのでもいいのか」
「とくに気にはしませんね……」
反対の方向を見る。
談笑していた若い男性が、唐突にこちらを向き口の端を上げた。
「嫉妬深いのとか」
「そうですね」
アルフレードは上の空で返事をした。
「嫉妬して刃物をふり回すタイプとか」
「ええ」
さらにべつの方向を見る。
目線の先にいた男性が、肩をふるわせ笑いをこらえるように下を向いた。
ここにいるすべてが人質と言いたいわけか。
私室でむりやり決闘にもちこんだときと同じだ。
「おまえ女の好み変わったか?」
叔父が顔をしかめる。
「何のお話でした」
アルフレードは空中を睨んだ。
ベルガモットはまだ復活しないのか。
豪華な天井をぐるりと見回す。
夜にはと冥王は言っていたが、もう少しかかるのだろうか。
音楽が変わった。
テンポはよいが、短調の不安を煽る出だし。
流れるようでありながら、不穏なフルートの音色が会場をつらぬく。
荘厳で華やかで、退廃的な印象の旋律。
「お」と叔父が顔を上げる。
「おまえの得意な曲じゃろ」
来たら演奏をはじめるようにしていたな。アルフレードは眉をよせた。
「相手も決めんうちに演奏をはじめおって」
叔父が楽団のほうを見て口を尖らせる。
「まあ、こんな会じゃ。そのへんで一人でおるご婦人でもさそって」
「けっこうです」
アルフレードは片手でマスカレードマスクを直して、まえに進みでた。
自分が標的になればいいのであろう。
望みどおり遊びを提供してやろう。




