Vigilia del ballo. 舞踏会前夜 III
客室の一部屋をあてがわれ、アルフレードはつぎつぎ持ちこまれるラファエレの舞踏会服を試着させられた。
一着着るごとに叔父がふむふむとながめ、こまかい部分の寸法の直しを使用人に言いつける。
「ラファエレは青いのが似合っとったが、おまえは赤のほうが似合うのう」
そんなことを言っていた。
もはやどうでもいいとアルフレードは惰性で着せ替え人形になっていた。
わずかな部分の違いはあるものの、ラファエレの服はおおむね寸法は合っていた。
アルフレードの目には非常な長身に見えていたが、叔父の言うとおり少年時代の記憶だったからか。
思えば、いまはラファエレが亡くなったころとほぼ同じくらいの年齢なのだ。
すべて試着を終え、叔父も屋敷の使用人たちも先ほどようやく退室した。
げんなりするほど長い時間に感じた。
窓の外をながめる。
ていねいに刈られた芝生のひろがる屋敷の庭。
自身がむかえにきた使用人が、広い通路を門へと向かって歩いている。
ここの当主の気が変わらんうちに、さっさと敷地を出ようという感じか。心なし早足に見える。
……人質にされた気分だ。アルフレードは顔をしかめた。
ふと背後に人の気配を感じ、ゆっくりとふり向く。
冥王がいた。
アルフレードのうしろで、同じように窓の外を見ている。
「呼んではいないが」
「あの子の代理として来ている。気にしなくていい」
冥王は窓の棧に手を置いた。
「貴殿の娘は、私の部屋には入りたがらなかったが」
「あの子はああ見えて初心だからな」
「ほう。そんな面が」
アルフレードは答えた。
冥王が肩をゆらして笑いだす。
「あの子も報われんな」
「何が」
アルフレードは顔をしかめた。
「私と貴殿との間に何かあったのではないかとずっと疑っていたぞ。貴殿からも言っておいてくれ」
「よいではないか。そのうちあるかもしれん」
「あるわけがなかろう」
アルフレードは窓から離れると、机の上に置いていた手袋を手にした。
「また手袋をはめてしまうのか？」
冥王が不満そうに眉をひそめる。
寝室にとあてがわれた部屋なので、とくにつけるつもりはなかった。引き出しにでもしまおうと思っただけだ。
「先日も外せと言われていたな。手袋がお嫌いなのか？」
「良家の若者の正装姿は好きだが」
「なら手袋はつきものであろう」
コツリと靴音を立て、冥王はアルフレードに近づいた。
かがんでアルフレードの手をとると、自身の顔によせ間近でながめる。
「使いこんではいるが、ふだん手袋でおおっている分、肌はなめらかだ」
「左様か」
アルフレードはそう返した。
「さわり心地はよかった」
「妙な批評をなさるな」
アルフレードは眉をよせた。
「そもそも冥王ともなると、一人の人間にかまけているほど暇ではないのでは？」
「いや、あんがい暇だよ」
冥王が答える。
「冥界では何をしているのだ」
「座って指示をしているだけかな」
「そういうものか」
冥王がアルフレードの手を唇に近づける。
「こんど見にくるといい」
「とくに見たいものではないな」
いったい何をしているのだと思ったが、どうせ問うてもかみ合わない答えが返ってくるのだろう。
したいようにさせておくことにした。
「……母と許嫁はどうしている」
「丁重にあつかっている」
「そうか」
アルフレードはホッと息をついた。
「ほかでもないおまえの身内だ。それはあつく持てなし下へも置かん扱いを」
「……平均的な扱いでいい」
冥王がゆっくりと手を離す。
「おまえなら会おうと思えば会えるが？」
「可能なのか?!」
アルフレードは目を見開いた。
「おまえは冥界の管轄の者だからな。会おうと思えばいつでも」
アルフレードは冥王の顔を見上げた。
会いたい気持ちはある。
だが少し考えて、口角を上げむりやりに笑んだ。
「……けっこう」
アルフレードはそう答えた。
意外そうな顔でもするかと思いきや、冥王は表情を変えずこちらを見ていた。
「せっかくだが、こちらで生きる決心が鈍りそうだ」
「そうか」
冥王が短くそう答える。
「むりを承知で聞くが」
アルフレードは目を伏せた。
「クリスティーナの蘇生はできないか？」
「少なくともおまえが身代わりになるのはムリだ。もうすでにこちらの者だからな」
冥王は言った。
「ほかに身代わりを承知しそうな生者がいれば考えるが」
「……そうか」
アルフレードはそう答えた。
しばらくのあいだ、絨毯の敷かれた床を見ていた。
「伝言はたのめるか」
ややしてからアルフレードは口を開いた。
「伝えておこう」
「こちらでの役割を充分に終えたら、会いに行くと」
