all'ingresso. 玄関ホールにて
日中でもうす暗い屋敷の廊下。
アルフレードはつかつかと歩きながら手袋を直した。
「ピストイアですか?」
うしろをついて歩く執事が、しわがれた声を上げる。
「様子を見てくる」
「これからですか」
「ああ」とアルフレードは返した。
「もしかしたら何日かかかるかもしれん」
「執務がたまっておりますが」
執事が言う。
「おまえの裁量で決められるものは決めてくれ」
敷物は敷いてあるものの、古い屋敷の廊下はひんやりとしている。
「ピストイアのような近場なら、すぐにもどられることも可能では」
「何が起こっているのか分からんからな。すぐに帰れるかもしれんし、何ともいえん」
アルフレードはそう答えた。
「べつの者でよいのでは」
「もしかしたら教会と揉めているのかもしれん。それだとべつの使いが行っても同じことになる」
うす暗い廊下を抜け、朝のあわい陽光の射す玄関ホールへと差しかかる。
「坊っちゃま、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませアルフレード様」
アルフレードは、ピタリと立ち止まった。
ほかの使用人に混じり、赤毛の女中と馬丁が並んでおじぎをしている。
「おまえら、またいっしょにいるのか」
アルフレードは眉をひそめた。
「違います。ここでたまたま会いました」
赤毛の女中が、両手を胸元でふりながら後ずさる。
「俺は厨房係の人にお届けするものがあって」
「そうか」
アルフレードは短く答えた。
「え……。坊っちゃま?」
女中が怪訝そうな表情で見上げる。
「イヤそうな顔はそれだけですか?」
「そんな顔してたか?」
玄関扉に向かう。従者が姿勢よく扉を開けた。
窓が少なくうす暗い玄関ホールに、陽の光が射しこむ。
アルフレードは執事の名を呼んだ。
執事が背後で返事をする。
「もどるまで、こいつらに私の部屋の掃除をさせておけ」
アルフレードは、赤毛の女中と馬丁を指さした。
「二人にですか? 女中のほうだけでは」
「こいつら二人にやらせていい。ただし」
アルフレードは二人に近づくと、声音を思いきり落とした。
「それ以外の仕事中にいちゃつくな」
きびすを返す。
「掃除中に少々会話をするくらいならかまわん。朝夕一回ずつやれ」
「え……朝夕ですか?」
女中が困惑したように言う。
「掃除の監督たのむ」
アルフレードは、そう執事に指示した。
「はっ」
「それと」
アルフレードは宙を見上げた。
「もしまたここの跡継ぎを名乗る輩が現れたら、だれを名乗ろうが追い返せ」
執事が首をかしげる。
「ピストイアに何をしに行かれるおつもりですか?」
「目的は再三話したはずだが?」
アルフレードは答えた。
「そんなことまでご心配なさってお出かけになられたことはありませんでしたから」
アルフレードは、執事から目を逸らした。
ナザリオがピストイアで何か仕かけてきたら、対処できるかどうか分からない。
先日の私室での出来事を考えたら、こんどこそ本気で殺しにくるだろう。
もどれないこともあるかもしれないという考えが、頭の片隅にあった。
「ほかに何か深刻な懸念などがおありなのでは?」
執事が問う。
「それならおまえに相談しているはずだろう」
アルフレードは答えた。
手袋を直すふりをして、さりげなく目を逸らす。
「おかしなことを聞くようですが……無事におもどりになるつもりはおありですか?」
「何を言っているんだ、おまえは」
アルフレードはそう返した。淡々と言ったつもりだったが、吐き捨てるような口調になる。
「……ラファエレの家に行くだけだろう。十二、三になるころにはひとりで行っていた。慣れた道だ」
「ええ……」
執事が返答する。
「あの御家に行くこと自体は心配しておりません。ただ」
「行ってくる」
赤ん坊のころから面倒見られていた執事だ。何かが引っかかるのだろうか。
アルフレードはむりやり話を打ちきり、玄関のエントランスをあとにした。




