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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 散りばめられた花

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Fiori costellato. 散りばめられた花 III

 ふとナザリオが天井を見上げる。

「……あれは死の精霊を目ざして来るのか? それとも若様か?」

 チッと舌打ちした。

「あんなものに来られてはかなわんな。決闘はおあずけだ」

 ナザリオは、アルフレードから離れると銃を下ろした。

 ナザリオの動作が不自然にぶれる。ゴトンと音を立てて銃を床に落とした。

 天井に人型の影が貼り付き、吸いこまれるように消える。

 ナザリオがとり憑いていた従者が、まえのめりにふらつく。片手で頭をおさえて周囲を見回した。

「え……アルフレード殿……?」

 従者が、ナザリオに平手打ちされた頬に目を止める。

「……あの」

 従者は落ち着きなく周囲を見回した。

 意識のないあいだに何か無体なことをしてしまったと思ったのか。

「落とされたぞ」

 アルフレードは、従者の銃を拾って差しだした。

「……銃がなぜ」

「わざわざ手数をかけた」

 アルフレードは、自分の銃をさりげなく机に置いた。

「あの、私は」

「地下墓地に忘れたものを届けにこられたのであろう?」

「お忘れもの……?」

 従者は真顔で自身の懐やポケットをさぐった。

「たしかに受けとった。気をつけて帰られよ」

「は……」

 納得のいかない表情で、従者がドアのほうに向かう。

 姿勢よく一礼すると、部屋をあとにする。

 ドアが閉まると、アルフレードは頬に手の甲をあてた。

 熱をもっている。跡がついているのだろうか。

 しばらく部屋から出られんな。そんなことを考えながら、ドアに背を向ける。


 部屋の中央。黒い外套のようなものをまとった長身の男がいた。


「呼べばよいのに」

 冥王だ。

 苦笑して天井を見上げている。

「汚ならしいものは退散したようだな」

「やつが逃げた原因は貴殿か」

「どうにもわたしは、気配を気どられやすくてね。あの子のように気配が小さければ便利なのだが」

 冥王が肩をすくめる。

 アルフレードは、無言で炬花(ベルガモット)が散らばる床を見た。

「おやまあ。かわいらしい姿になりおって」

 冥王がクスクスと笑う。

「私が呼んだばかりに。申し訳ない」

「なに、こんなことは以前にもあった」

 冥王が、かがんで炬花(ベルガモット)を一輪拾う。

「助かるのか」

「もとはわたしの一部だ。わたしと同化していればもどるよ」

 冥王が拾った花を懐に入れる。

 不幸中の幸いか。アルフレードは少しホッとした。

「どれくらいかかる」

「ゆっくりとやれば、数百年かな」

 冥王が答える。

「そんなにかかるのか……」

「最短で七日だが」

 アルフレードは眉をよせた。

「……何だその差は」


「時間をかけようと思えば、いくらでもかけられるということだ。何事もな」

「早く上げられる仕事なら早く上げられよ。仕事とはそういうものだろう」


「何かおまえは、余裕というかロマンがないな」

 冥王が顔をしかめる。

「娘と同じことを」

「急いでもよいが、それにあたって報酬をくれないか」

 冥王が言う。

「何を用意すれば?」


「では、握手を」


 冥王が右手を差しだす。

 契約の印ということだろうか。アルフレードは右手を出した。

「手袋をとってくれないか」

「ああ……失礼した」

 あちらの世界のマナーか何かか。アルフレードは手袋を外した。

「ほう。なかなか色気のある手だな」

 冥王があらわになったアルフレードの手をとり、じっくりとながめる。

「しっかりとしているのに、指は長くてなかなか優美だ。馬術や武器の鍛練(たんれん)で使いこんでいるのがまたいい」

「そんなものが握手をするのにいちいち問題なのか」

 アルフレードは眉をよせた。

「観察するくらいよいではないか」

 冥王が手をにぎる。

 アルフレードは握り返してすぐに手を離そうとした。

 だが冥王は握り続けている。

 しかたなくもういちど握り直してから離そうとするが、やんわりと止められた。

 眉をよせて冥王の形のよい手を見る。


「冥界の握手は長いのか?」

「まあ、いろいろだな」


 冥王がそう答える。いちどゆるめたかと思うと、また握り直した。

 アルフレードはため息をついた。

 世界が違えばマナーも違うのだろう。あきらめて離されるのを待つことにした。

「握手をしているあいだは、ただ黙って握っているものなのか?」

「相手によるな」

 アバウトな風習なのだなとアルフレードは思った。

「まだまだつづくのか?」

「そうだな」

 冥王は手をゆるめると、手首をなであげるようにしてふたたび握り直した。

 こんどは少し強めに握る。

「……話をしてもよろしいか」

「よいぞ」


「死の精霊の下僕を、なんども横どりしたとか」


 冥王が、またゆるめては握り直す。

「お言葉だが、感心しないな」

「そういうな。こちらにも、やむにやまれん事情がある」

「そういうものなのか?」

 アルフレードは目線を上げた。冥王の漆黒の瞳と目が合う。

「あの子の下僕は、ほとんどが貴族の若者なのだ」

 冥王がかがんでアルフレードの顔を覗きこむ。

「まあ、決闘で死んだ者が好みなら、そうなるだろうな」

「名誉に命まで賭けた若者だ。プライドも高い」

「そうだな」

「しかも正装といえば、将校服を身につけている」

「ああ」


「プライドの高い良家の青年の将校服を脱がせるなど、考えただけで扇情的すぎるシチュエーションだと思わないか?」


 アルフレードは無言で眉根をよせた。

 何の話に移行しているのだ。

「しかもあの子の下僕は、脱がせたら首輪がついているのだ」

 冥王が、アルフレードの首元に顔をよせる。

 ちょうどベルガモットがはめた首輪(コラレ)のあるあたりか。

「こんなに官能の条件をそろえられたら、手を出しても不可抗力だと思わないか?」

 アルフレードは、冥王の横顔と手を交互に見た。

「申し訳ないが、私が貴殿の嗜好(しこう)を理解するには、かなり時間がかかりそうだ」

「そうか」

 何がおかしいのか、冥王は(のど)の奥を鳴らすようにしてククッと笑っていた。

「では理解できたらまた呼ぶといい」

 冥王がふたたび手をゆるめる。

 袖口(そでぐち)から覗くアルフレードの手首を指先でゆっくりとなでるようにして、ふたたび握り直す。

 だいぶ長いあいだ握りつづけてから、おもむろに手を離した。


堪能(たんのう)させてもらった。今回はこの報酬で満足しておく」


 冥王がゆっくりと手を離して、きびすを返す。歩きながら姿を消した。

 何が報酬だったのだ。不可解すぎる。

 アルフレードは、眉をきつくよせて冥王の一連の動きをながめた。





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