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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 地下墓地の令嬢

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Ballo eterna. 永遠の舞踏会

 なだらかな丘とオリーブ畑のつづく土地に、遠目からもよく見える屋敷。

 たどりつくと、アルフレードは馬上から正門を見下ろした。

 やはりだれも出てこない。

 門扉から敷地内を覗き見るが、何かが動く気配は感じられない。

「だれか出られる者はいるか!」

 そう呼びかけてみるが、かすかな音すらない。

 正門横にある門番の待機所すら人の気配はなかった。

 馬から降り、門扉を片手で押してみる。

 簡単に開いた。

 すでになかの様子を暗示しているような気がして、アルフレードは唇を噛んだ。

 馬をつなぎ庭へと入る。

 庭は、明らかに長いあいだ手入れされていない様子だ。

 剪定(せんてい)されていない庭木は形がくずれ、通路には枯れた草葉が散らばる。


「アルフレード・チェーヴァだ。だれか出られる者はいないか!」


 玄関口に向かいながらアルフレードはそう叫んだ。

 返事はない。

 玄関の扉を二、三度たたく。

「返事だけでもかまわん。だれかいるか!」

 なかからは物音ひとつしない。

 やはりだめか。

 ベルガモットが言っていたのだ。心構えはしてきたが。


 サン・ジミニャーノの屋敷も、こんなふうにして入ったのを思いだした。

 あのときにはまだクリスティーナは元気だった。


 あのとき、占い師にいわれてきたと言っていた。

 あのときから狙われていたのか。

 なぜ気づいてやれなかった。

 アルフレードは、玄関の扉に(ひたい)をあずけた。

 正門から玄関まえまでは距離がある。だれにも見られないであろうことがさいわいだった。

 木々が、風にゆられ葉音を立てる。

 おだやかな風に吹かれ、しばらくうつむいていた。




 どれくらいそうしていたか。アルフレードは大きく息をついた。

 扉のドアノブを回してみる。

 開いてはいなかった。

 周囲を見回し、入れそうな箇所をさがす。

 屋敷の外壁にそってゆっくりと歩き、ときおり窓からなかを伺う。

 厨房の食材の搬入口と思われる扉に行きついた。

 ほかの窓は背より高い位置にあり侵入するのに一手間かかりそうだが、ここは簡単に窓を割れそうだ。

 泥棒のまねごとは、はじめてだが。

 アルフレードは、前ポケットから銃を取りだした。

 銃身を持ち、思いきりふり上げて窓をたたき割る。

 ガラスの割れる音のあと、食物の腐った匂いが鼻腔にとどいた。

 なんどか銃を打ちつけ、窓枠に残ったガラスを砕く。

 入れそうな程度にガラスを落としたところで、窓枠に足をかけ侵入した。

 もしかしたら、この音を聞きつけて駆けつける者がいるかもしれないと期待したが。

 だれも来ない。

 うす暗い厨房内。

 煮炊きする場所には、大きな(なべ)がかけられたままだ。

 火はとっくに消えていたが、鍋のなかには煮込まれすぎて焦げたスープの具が干からびてこびりついていた。

 中央の大きな調理台。

 均等に並べられたパンと野菜と肉は、それぞれ腐ったり干からびたり、(かび)が生えたりした状態で放置されていた。

 これから料理をはじめようとして、不意に思いついてやめたように見える。

 壁にかけられた大小の鍋。

 同じく整然とかけられた調理器具。

 (はり)には、つなげたニンニクやトウガラシがかけられている。

 ふうん、と思いながらアルフレードは見回した。

 厨房に入ったのははじめてだ。

 こんなところだったのかと好奇心で過剰に見回してしまった。

 ドアを開け、使用人がつかううす暗い廊下にでる。

 幻覚剤のラベンダーのような香りは、ここにはなかった。

 すでに日数が経ちうすれてしまったのか、モルガーナがもういなくなったせいなのか。

 静かだ。

 天井の高い階段ホールまでくると、靴音がさらによくひびく。

 音のひびき方の明瞭さで、ほかに動く者がいないと分かる気がした。

 うめき声でも上げる者はいないかと耳を澄ますが、何も聞こえない。

 静かすぎて耳鳴りがしそうだ。


 コツ、とヒールの靴音がする。


「きみか……」

 音のしたほうをふり向く。

 誰もいない。

 そうか、と苦笑する。

 とうぶんは来ないと言っていたなと思う。

 こちらも譲れない問題だったとはいえ、感情的になってきつい物言いをしてしまった。

 まだ怒っているのだろうと小さく息をつく。

 ふたたび歩を進める。


 視界のはしで、動いたものがあった。


 先ほどヒールの靴音が聞こえたあたり。うす桃色のドレスを着た女性が、ゆっくりと横切った。

 しばらく会ってはいないが、ここの一人娘か。

「無事か!」

 アルフレードは、声を上げて駆けだした。

 しかしすぐに、何かが違うことに気づく。


 女性はこちらに気づいた様子もなく、まっすぐ歩いて通路の途中で姿を消した。


 その様子を呆然と見る。

「そうか……」

 アルフレードは床の絨毯(じゅうたん)を見つめた。

 駆けてくる靴音がする。

 姿はなく、靴音だけがひびきホール内を駆け回った。

 大広間の扉が、開閉する音がする。 

 扉の向こうから大勢の靴音と音楽がいっせいに聞こえはじめた。

 走り回る音、ステップを踏む音、笑い声とはしゃいだ声。

 アルフレードは、音のするほうをしばらく見つめていた。

「そうか」

 もういちどかすれた声でつぶやく。

 上着の合わせを整え、背筋を伸ばす。

 公の場に出るときのように姿勢を正し、アルフレードは大広間へと向かった。


 扉を開けると、目に飛びこんだのは大勢の老若男女のミイラだった。


 使用人らしきものもある。

 広間全体に、重なり合ったり点在したりして転がっていた。

 走り回る靴音がひびく。

 アルフレードをとり囲むようにして、ステップを踏む足音がする。

 甲高い笑い声、裏返ったはしゃぎ声。

 もつれた足音、苦しそうに嗚咽(おえつ)する声、嘔吐(おうと)する声。

 胃液まで吐いているかのようにうめきながら、それでも笑いを漏らす声。

 モルガーナの幻覚剤で、死のまぎわまで笑い踊らされたのだ。

 生と死の区別もつかず、いまだ踊りつづけているのだろう。 

 アルフレードは目を伏せた。

 ややしてゆっくりと顔を上げると、広間中の見えない者たちに向けて声を上げる。

「やめられよ!」

 奏でられていた音楽が、ぴたりと止んだ。


「舞踏会は終わった! 各自もう休まれよ!」


 いっせいに注目されたような視線を感じる。

「チェーヴァの当主として言いわたす」

 アルフレードはつづけた。

「もう休まれよ」

 広間中から、ホッと息を吐いたかのような音が聞こえる。

 音も気配も消えた。

 しずかになった大広間で、アルフレードは立ちつくした。

 コツ、と靴音を立て広間のなかを歩く。

 息のある者はいないか。

 倒れている者を一体ずつ確認する。

 大広間を一周したところで、もういちど目を伏せた。





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