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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio undici 死の鏡

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La luna è bella. 月がきれいですね

 アルフレードが屋敷にもどったのは、予定よりかなり遅い時間帯だった。

 すでに陽はしずみ、いかがわしい雰囲気になりはじめた道を帰ったときには、執事が正門で待ちかまえていた。

 行先が近所の見知った屋敷とはいえ、遅くなるのなら付き人くらいは連れて行ってほしいと(なじ)られたのをやっとふりきる。

 ロウソクが一定間隔で照らすうす暗い廊下を私室へと向かった。


 背後に突如ヒールの靴音が現れる。


「ナザリオが接触しておったな」

「見ていたのか」

 ベルガモットだ。

 ふり向きもせず返事をすると、すっと横に並んできた。

「なぜわたしを呼ばん」

「クリスティーナのあの様子で、そこまで頭がまわらなかった」

 言ってから、アルフレードはそちらを見た。

「見ていたのなら勝手に来たらいいじゃないか」

「つまらん女の少女趣味な部屋など行きとうない」

 ベルガモットは唇を尖らせた。

「前々から思っていたが、きみはクリスティーナを嫌っているのか?」

「べつにおまえの許嫁(いいなずけ)だから嫌っておるわけではない」

「そんなことは思っていない」

 アルフレードは、私室のまえに来ると手ずからドアを開けた。

 手を差しだし、ベルガモットをなかにうながす。

「……なんですすめておる」

 ベルガモットが眉をよせる。

「話があるなら、こちらで聞くが」

「女をそんな簡単に私室に連れこむのか貴様は」

 ベルガモットは語気を強めた。

 アルフレードは鼻白んだ。そういえばそうだ。

「なにをするつもりだ、いやらしい」

「いや……すまん。何で抵抗がなかったのか、自分でも分からん」

「いつもそうやって女を連れこんでおったのだな」

「ここに入ったことのある女性は、母とクリスティーナくらいだ。私が瀕死(ひんし)の状態になったときに」

 ああ……とアルフレードはつぶやいた。

「いちど冥王が勝手に入っていたからな。それできみも似たようなものという感覚になったのかもしれん」

「冥王」

 そうつぶやいて、ベルガモットは目を眇めた。

「おまえがやつといかがわしい行為をしたかもしれん部屋など入りとうない」

 ベルガモットがそっぽを向く。

「いつまで疑っているんだ」

 アルフレードは顔をしかめた。

「では廊下で話すのか?」

 ベルガモットはそっぽを向いたままだ。

 やや間を置いてから、アルフレードは室内へは入らずドアを閉めた。

「何か用だったのか?」

 廊下の壁に背をあずけて問う。

「べつにおまえに用というわけではない。死の匂いがしたので来てみた」

「死の匂い?」

 暗い廊下に並ぶロウソクの灯りが、ゆらゆらとゆれる。

 つきあたりにある大きな窓に灯りが映り、窓の外にも延々とロウソクの通路がつづいているような錯視をおこす。


「死者がでる」

「うちか?」


「近くというだけだ」

 アルフレードは窓をながめた。

 外は灰黒色の夜空だ。街の様子はよく見えない。

「まっすぐそこに行くわけではないのか」

「どんな死者か分かるまで、ここで時間をつぶそうと思っての」

「うちの屋敷は、きみの遊技場じゃない」

 アルフレードはそう(たしな)めた。

「どんな死者かとは? 何か選別でもあるのか」

「決闘の死者か否かだ」

「……違う場合はどうするんだ」

「気分によるのう」

 ベルガモットは黒髪をかき上げた。

「送ってやる場合もあり、勝手に冥界にたどりつくのをながめている場合もあり」

「親戚の二件ほどが、安否不明なのだが」

 アルフレードは尋ねてみた。

「何か知らないか」

「聞きたいか」

 ベルガモットは間近に近づくと、何か生き生きとした目でこちらの顔を見上げた。

 その返答で分かった気がする。


「二件とも、訪ねるのなら埋葬の手配をしたほうがいい」


「ではピストイアも」

「ピストイアは、死者は出ていない」

 ベルガモットがそう告げる。

「無事なのか?」

「いまのところはな」

 コツ、コツ、とヒールの靴音を立て、ベルガモットはあたりをゆっくりとうろついた。

 長い黒髪が背中でゆれる。

 何か手持(ても)無沙汰(ぶさた)な感じだ。

 本当は何しに来たんだと思いながら、アルフレードは彼女の動きを目で追った。


「ピストイアに行った者が、いまだもどらないのだが」


「おそらく生者同士の都合であろう。生者の問題なら、わたしは知らん」

 つきあたりの窓まで行き、ベルガモットが夜空を見上げる。

「何かややこしいことでも起こったか……」

 アルフレードは宙をながめた。

 埋葬のしなおしというだけで、教会に怪訝(けげん)な顔をされるのは予想がついた。

 使いの者には、獣に掘りおこされたとでも言っておけと指示したが。

「やはり、私が行って話したほうが早いだろうか……」

 アルフレードはつぶやいた。

 親戚二件の埋葬がこれから加わるとなると、よほどうまく説明せねばおかしなウワサが立ちかねない。

 兄のように慕っていたラファエレの墓だ。いずれにしろいつか訪ねるつもりでいた。

「今夜は月もないな」

 くるりとこちらを向くと、ベルガモットはドレスのスカートをからげてもどってきた。

 アルフレードのまえに来ると、横目で見る。


「こういうときは、月がきれいですねと言うのだ」


「月は出ていないんじゃないのか?」

 アルフレードは窓のほうを見た。

「それでも言うものなのだ」

 ベルガモットは唇を尖らせた。

野暮天(やぼてん)が」

「何を怒っているんだ」

 アルフレードは眉をよせた。

 ああ、とつぶやいて窓に映るロウソクをながめる。

「先日のモルガーナの件は、感謝する」

「感謝などいい」

 ベルガモットはそう返した。





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