Mondo dei sogni. 夢の世界 III
「その叔母君も、利用していたようだな」
「やさしい叔母でね」
ナザリオは、自身のこめかみをつついた。
「こちらはちょっと壊れていたんだが」
そう言い口の端を上げる。
「知的好奇心のつよい頭のよい女など、あつかいにくい不良品としか見なされませんからな。居場所をもとめて壊れてしまったのですよ」
ナザリオが、嘆くように首をふる。
「従順でつまらん女が好みの若様には同情してももらえん話か……」
「哀れむふりなどするな。おまえにとっては、ただの駒だったのだろう?」
アルフレードは嫌悪感を覚えた。
「若様は私という人間を分かっておられない。私は叔母上を本当に慕っていたし感謝もしていたよ」
「なにせ」と続けてナザリオはずいっと顔を近づけた。
「お慕いしている令嬢と、お話しをする機会すらないと嘆いてみせたら、同情して役立つ薬をくださった」
ナザリオがククッと笑う。
「おかげでルチアととても仲よくなれたよ」
「貴様……」
アルフレードは睨みつけた。
「怖い目だな」
ナザリオがクッと口の端を上げる。
「このままいたら、殴られてしまいそうだ」
唐突にナザリオがこちらに倒れかかる。
「なっ?!」
アルフレードは防御反応で両手をだした。だが身体を受け止め切れずうしろによろめく。
意識をとりもどした従者が、本能的にアルフレードの上着をつかみ身体のバランスをとろうとした。
ナザリオのやつ。
倒れながら抜けたのかと理解する。
アルフレードはとっさにベッドの柱につかまった。
「あ……?!」
従者が戸惑いながらもアルフレードから離れる。
「失礼。いま意識が……」
従者が言う。
アルフレードは天井を見上げた。
黒い人影のようなものが天井に貼りつき、すいこまれるようにして消える。
逃げたか。
ベルガモットを呼ぶ間もないよう、従者をわざと受け止めさせようとしたのか。
「……貴殿は」
従者が問う。
「この家の従者どのか」
「……ええ」
「そこの鏡を撤去するのを手伝ってくださらないか」
アルフレードは鏡を目線で示した。
許嫁の頭を抱きよせ、異常な様子を見られないよう庇う。
「クリスティーナ様……?」
従者がぼんやりとながめる。
しばらくしてからアルフレードの素性を思い出したのか、背筋を伸ばした。
「あ……アルフレード殿。チェーヴァの」
「ほかの男手はまだか」
「はっ」
従者は廊下のほうを見た。
こちらに向かういくつかの靴音が聞こえる。
アルフレードは、許嫁の肩にふれた。
身体が冷えている気がする。何日まともに食べていないのか。
最悪の結果を想像すると目眩がしそうだ。
侍女が数人の男手を連れ部屋にもどる。
「お嬢さまのご様子は」
「変わらん」
アルフレードはそう返した。
侍女はクリスティーナに駆けより顔をたしかめると、すぐに連れてきた男たちのほうを向いた。
「そこの鏡です。外してください」
男たちが鏡のそばに駆けよる。
「温かくしてやってくれ。少し身体が冷えている気がする」
アルフレードはそう告げた。
「は、はい」
「それと、ムリにでも口に何か入れたほうが」
「はい」
侍女が返事をする。
アルフレードは出入口のほうを見た。
「医師は」
「使いの者を向かわせております」
侍女が答える。
「そうか」
アルフレードはそう返した。
「ご当主のご帰宅予定は一週間後だったか」
「はい」
侍女がクリスティーナの手をとり、両手でさする。
「人をやって呼びもどせ。遊興ならかまわんだろう」
「はい。でも」
「アルフレード・チェーヴァが、急ぎ面会したいので帰られよと言っていると伝えろ」
アルフレードは言った。
跡継ぎ息子とは違い、娘などたいして大事ではない人もいる。
だが、この事態で周囲の者に判断する許可もせずのんきに遊興もないだろう。
男手の何人かが、大工道具をもってきた。
鏡をおさえながら打ちつけてある釘をぬく。
外れた鏡を引きずり移動させると、ひとりが侍女のほうを見た。
「これ、どこに置いたらいいですかね?」
侍女がアルフレードの顔を見る。
「クリスティーナが見られない場所なら、どこでも」




